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第11話

 「うぅーん……」


 ゆっくり深呼吸をする。まるで雲の上にいるかのようにふかふかで、温かい温もりが私を包む。

 少し身じろぎしようにも、体がぎゅっと固定されて動けない。

 その代わりに頬を撫でる感触がくすぐったい。


 まるで犬に頬擦りされているような。……犬?



 「すやぁ……」


 「え」



 重い瞼を開けて、1番先に視界に飛び込んできたのは灰色の髪の女の子。頭の上にはケモ耳が二つ。


 「うぐぐ……」

 

 離れようとしても力が強すぎて動けない。接着剤で止めてるのかな。

 

 全力で離れようとする私をよそに、ぐっすり幸せそうに眠っている。


 その様子は天使に等しい。


 「かわいい……」


 「んーありがとうっ! おはようひめぇー」



 小鳥のさえずりにも満たない声で呟いたはずなのに。

 女の子は私をぎゅっとしたまま、トロンとした目で見つめてきた。



 「お、おはよう? 離して……」


 「あ、ごめーん!」



 えへへと首を傾げて離してくれた。


 ベッドから起き上がると見慣れない景色が広がっていた。そこは白い壁で囲まれた部屋で、私の今いるベッド以外には机と椅子しか置いて居らず、そのため広く感じられた。



 「ここは?」


 「えっとね、ここはひめのへやだよ!」


 「え? 私一

人にしては広くない?」


 「う? 普通は使い魔と一緒に暮らすよ」


 「まさか……」



 いやそんなわけ。頭の中に浮かんだ答えを消すべく首を振る。

 そんなはずは……。



 「姫、大丈夫ですかっ?」


 「アルガスっ!」



 ドアを壊れる勢いで慌ただしく入ってきた。ベッドの上にいる私たちに向かってきて、私の肩を凄い勢いで揺さぶった。



 「急に倒れて心配したんですよ。体調は悪くないですか? この狼に酷いことされませんでしたか?」


 「ご、ごめん……大丈夫、だいじょぶだからぁ」



 揺さぶらないで! うぅ、頭がふらふらするぅ。



 「むぅ。ぼくはひめにそんなことしないよ!」



 頬を膨らませ抗議する。


 

 「どうでしょうね」


 「なんだとぉ!」



狼の女の子は毛を逆立て睨んでいるが、アルガスは呆れた視線を向けるだけで相手にしない。


 喧嘩はだめだよ!


 しばらく睨み合っていた二人の間に割って入る。



 「2人ともまてだよ。ねぇ、アルガスこの子は?」


 私が首をかしげると、女の子はしょんぼりした。

 え? 私何かヤバイこと言っちゃったの!?


 アルガスは言いずらそうに口を開く。



 「姫、こいつはレアです。あなたが召喚した」


 「レア?」


 「うぅ……」



 レアの方に目を向けると、耳をペタンと倒して唸っている。何かと葛藤しているように。



 「だから言ったでしょう」


 「う……そうだね」



 レアは顔をキリッと引き締め、私を見て笑顔を作った。



 「ぼくがレアだよっ! 姫に喚ばれて倒れたのはびっくりだけど、よろしくね!」


 「……レア?」



 笑顔がぎこちないのが引っ掛かるが、こんなかわいい子が使い魔なんて嬉しい。



 「そういえば、私が倒れた後どうしたの?」


 「あぁ、それは……」


 「ぼくが運んだんだよ!」


 「レアが?」


 「うんっ!」



 元気よく返事をする。尻尾を褒めて褒めてと言わんばかりにご機嫌に振った。


 私はレアに手を伸ばしてよしよし撫でる。耳がもふもふ。



 「そっかぁ。ありがとね」


 「えへへ」



 嬉しそうに頬を緩めた。尻尾もゆらゆら揺れている。



 「あのね、ひめをお部屋まで運んで、眠いから一緒に眠っちゃったの……迷惑だった?」



 うるうるとした目で上目遣いで見つめてくる。私が悪いことをしたみたいなんだけど!?

 手を顔の前で振って否定する。



 「そんなことないよ! ありがとうね」



 もう一度レアの頭を撫でる。幸せそうな顔をしてるから、私の感謝は伝わったと思う。


 「むー。でもひめとぼくお昼寝しちゃったから、今日一緒に寝れないかも」


 「あれ……」



 そういえば使い魔は一緒の部屋に住むって言ってた気が……。

 レアは女の子だからいいけど。


 先程からじゃれあっている私たちを達観してるアルガスの方を向く。


 一緒に、同じ部屋で、異性と、暮らす……?



 「えぇっ!?」


 『!』



 急に大声を上げて驚いたのか、レアはその場で飛びあがった。流石にアルガスは肩を揺らすだけだった。



 「どうしましたか姫?」


 「……アルガスもこの部屋で一緒に暮らすの?」


 「?……あぁ」



 顎に手を当てて考えていたが、今思いついたと言うふうに声を出した。


 顔をほのかに染める私を見つめて、意地悪に顔を歪める。



 「同じ部屋だからと言って、一緒に寝るわけではないですよ。ですので、心配無用です。姫?」



 私の顔は茹ダコのようになっているだろう。微笑を浮かべるアルガスが恨めしい。


 この状況から抜け出すには話を変えるしかあるまい。



 「……悪魔って寝ないの?」



 多少強引だが仕方ない。アルガスは訝しげにするも答えてくれた。



 「寝ないというより、寝なくていいんですよ。ですので寝ることはあまり無いですよ」


 「えぇっ! 寝ないとか人生の半分は損してるよ……」


 「大袈裟すぎません? 人生の半分なら、私は何百年も損していることになりますが」



 何百年……単位が大きすぎる。ぬぬ、私の考えを理解できないとは。同意を求めてレアの方を見る。

 目が合うと、うんうんと頷いてくれた。



 「そうだよ! ぼくも損してると思う!」


 「だよねっ!」



 仲間がいた! どうだとアルガスにドヤ顔する。

 ふふん。一対二だぞ。



 「それに……」



 レアはそこまでいうと、私をぎゅっと抱きしめる。

 

 く、苦しいよ?



 「ひめと一緒に寝れるもん。 ひめは優しくて温かいんだよ!」



 今度はレアがドヤ顔する番だ。幸せそうに微笑む。


 「それは……」


 「ふっふー!」



 アルガスが言い淀む。やっと寝ることの素晴らしさが分かったか。


 でもレアは何でこんなに喜んでいるんだろう。


 内心首を傾げていると、アルガスの声が耳に届いた。



 「そうですね。寝ることの素晴らしさは分かりました」


 「じゃぁ……」


 「ですが、」



 たっぷり間を置く。……ですが?



 「姫は私と一緒に寝るのが恥ずかしいようでして。残念ながらここでは寝れませんね……異性として見られるのは喜ぶべきですが」



 「あ、アルガスっ」



 残念そうな声色だが絶対からかっている。顔をりんごのように真っ赤にして慌てて、ベッドから降りアルガスの口を塞ごうとする。


 が、



 「……届かない」



 手を伸ばしても首までしか届かない。なぜだ。



 「縮め」


 「無理です」



 首を絞めようとする私の手を下ろすと、窓の外に目を向ける。



 「あなた達のように寝て、時間を浪費したく無いので」



 アルガスの視線を目で追う。



 窓の外は日が傾き、所々に星が散らばっている。



 「……どのくらい寝てた?」


 「半日でしょうか」


 「は、半日!?」


 

 慌てて壁掛けの時計を見るまさか……。



 「ひめ……?」



 レアが固まった私を心配そうに見つめる。



 「授業終わってる〜!?」



 学校を初日からやらかした場合はどうすればいいのでしょう。

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