第四十九話
禁域、それは、竜達が暮らす、人が立ち入ることを許されない場所。しかし、最近になって、その禁域の近くで密猟が行われているという話が報告されるようになっていた。
「思った以上に、大掛かりなことになるかもしれないわね」
禁域が存在する鎮めの森ではなく、レイラがパーシー率いる調査隊とともに向かった永劫の森で竜の存在が確認され、騒然となったことは記憶に新しい。ちょうどその頃、アシュレーが鎮めの森へ調査に向かっていたところだったため、様々な事態を想定して、フィスカと話し合っていたところに、レイラが攫われたなどという報告が入った、というのが、あの日の状況だった。
「組織的な密猟だ。俺が掴めたのは、恐らくはいつでも切れる尻尾だったのだろうがな」
現在、シェラの執務室にはフィスカを除いた将達が揃い、シェラとともに現状についての会議を開いているところだった。
「元老院との法案会議も控えてるっていうのに、問題ばかりだね」
「確か、関税に関するものだったな。いや、今はそちらではなく、この密猟団の情報だったな」
「密猟かぁ……これ、絶対裏に貴族が居るやつだよな」
密猟されたと思われる動物や魔物の情報を見ながら、パーシーは『うげっ』とでも言いたげに眉を顰める。それもそのはずで、そこに書かれているものは、貴族が鑑賞用に好む動物や、珍しい魔物ばかりなのだ。
「レイラには、私達の会議の情報までは漏れないし、私達の仕事にあまり干渉しないと約束はさせているけど、気づくのも時間の問題ね。そうなれば、あの子はきっと、頑張ってしまうわ」
本来は、レイラに功績があることは喜ばしいことではある。しかし、そこに貴族が絡むとなると、そういうわけにはいかない。
貴族が犯罪を起こして捕らえられた場合、その貴族の影響力によっては、貴族社会の勢力図が大幅に変わることもある。犯罪を起こした貴族を捕まえた者は、称賛されるのも確かだが、恨みを買うこともある。
できるだけ、レイラにそうした感情を向けられたくないシェラとしては、この件にレイラが参入するのは反対らしい。
「まぁ、レイラの情報量は確かにすごいよな。けど、まだ色々と分からない部分も多いみたいだから、レイラ自身が重要だと思ってなさそうな重要事項とかもあるし」
「そうなのよね。だから、今のうちに決着をつけてしまいたいところではあるけど……アシュレーの言う通り、尻尾を掴んだと思っても、替えのきく尻尾ばかりなのよね……」
しかも、貴族が裏に居るとなると、慎重に調査を行わなければならない。レイラに気づかれず、それだけのことを成そうと思えば、とても難しいものだと思われた。
「フィスカが、上手くレイラを誘導してくれたら良いけど」
「……役に立ちたい、だったか。だが、さすがにアレは酷いと思うが……」
「かつての魔術の復活、だったか? それって、そんなに難しいことなのか?」
フィスカがレイラをどう誘導するのかは、この場の全員が知っている。しかし、その認識には差があった。
「僕も調べたけど、どうも、三百年くらい研究を続けて、それてようやく魔術復活のきっかけが掴めた、っていう話があったよ」
「そもそも、失われた魔術というのは、基本的に復活させられるとは誰も思っていない。それを知らないレイラに、その結果を期待していると告げて……落ち込まないかが心配だ」
「な、なるほど……」
マディンとアシュレーの解説は間違ってはいない。それほどに、失われた魔術の復活というのは大変なことであり、それができるだけで、歴史に残る偉業となる。
「そうね……でも、そうでもしなきゃ、レイラはこちらの動きに気づいてしまうわ。レイラが飽きるなり、その難易度に気づくなりするまでは、そのままにしましょう」
どれほどの期間がかかるか不明である今、それくらいのことをしなければ、レイラを留めることはできない。それが、シェラの考えであるらしかった。
「っと、フィスカも帰ってきたみたいね。まずは、フィスカから報告を聞きましょうか」
当然、フィスカの報告は、作戦の成功を伝えるもの。そして、レイラは知らないうちにその策略にはまり、シェラ達と引き離されることになる……はずだった。
シェラ達がこの決断を後悔することとなるのは、ここからさらに、三週間後のことだった。




