第四十八話
「……ふゆぅ」
「やはり、レイラの魔力でも、十分な魔力を補充、というわけにはいきませんか」
どこか不満げな様子のレイラに、フィスカは苦笑しながら現状を告げる。
レイラが所有する魔力は確かに凄まじい。しかし、その魔力をもってしても、核を輝かせるには至らなかった。
「フィー、私、メッ?」
「そんなことはありませんよ。レイラは、良くやってくれています」
実際、最も大きな核を輝かせることはできなかったものの、小さなものであれば、レイラ一人でいくらか輝かせることも可能だろう。
「核が大きければ、それだけ必要とする魔力量も跳ね上がります。そして、他の宮でも、最も大きな核を輝かせることができるのは、数年に一度くらいの頻度なのですよ」
「ふゆ……? なら、この核は、魔力を溜め込めるの……?」
「ある程度は、ですけどね」
氷晶宮……いや、氷晶宮に限らず、他の宮でも、この核が全て輝いたという記録はほとんどない。最新の記録でも三百年以上昔のものなのだ。
「核の役割は、その核ごとの属性魔力を普及させることだというのは知っていますか?」
「ふゆっ! 知ってるの! 風の核に魔力が行き渡れば、風の魔力を持つ子供が生まれやすくなるのっ!」
「その通りです。ですが、それ以外にももう一つ、役割が存在します」
「……ふゆ?」
もう一つ、と言われて、レイラは首をかしげる。フィスカは、そんなレイラに微笑みながら、もう一つの、大切な役割を話す。
「レイラは、『水宮の癒やし』も、『水晶宮の癒やし』も知っていますよね?」
「ふゆ、それはもちろん。……やっぱり、その名前は、それぞれの宮に関係あるの?」
魔術の名前は、大抵分かりやすいものばかりだ。それこそ、『水球』だったり、『土尖』だったり、単純な命名のものが多い。しかし、『水宮の癒やし』や『水晶宮の癒やし』といった、『宮』や『晶宮』がつく名称の魔術もいくつか存在している。
「あれらの魔術は、他の魔術とは発動方法が少し特殊なのですよ」
魔術は、元々魔法であったものを、簡単に作り替え、術式として確立したものだ。しかし、中には術式として確立できても、魔術として扱うには難のあるものとて存在する。
「『癒やし』や『眠り』、『飛翔』や『強化』といったものは、元の魔法も複雑で、そもそもが術式として確立できるのかさえ分からないような代物でした」
水を冠する『癒やし』、大地を冠する『眠り』、風を冠する『飛翔』、炎を冠する『強化』。それらは確かに、魔術としても複雑なものだった。
「それを補うために作られたのが、このそれぞれの宮だったと、伝えられています」
ここでも登場するのは、創世王。現在も受け継がれる、『ハスフェルト』という名の王は、たった一人で、この宮を創り上げたとされている。
「この宮に溜め込まれる魔力は、それぞれの宮と契約した者に対して、これらの魔術の補助をしてくれます。つまりは、この宮の核は、魔術の触媒としての役割を持つのです」
「ふゆ? でも、私、契約してないの。でも、ちゃんと全部、使えるの」
「そこは、シェラとの繋がりが何らかの方法で作用したのだと思いますが、わたくしも、確かなことは言えません」
実際、レイラは『水宮の癒やし』を行使したことがある。パーシーが、あの亀に吹き飛ばされた直後、パーシーに向けて行使したアレだ。
ただし、今の問題はそこではない。
「レイラ、その辺りのことは分かりませんが、今、大切なのは、レイラがこの宮を魔力で満たせば、失われたはずの魔術が復活するかもしれない、ということです」
「ふゆっ!? 『氷宮の』とか、『氷晶宮の』とかの魔術もあるの!?」
「えぇ、かつてはあったようですよ。ただし、あまりにも大昔のことで、まずは文献を見つけなければ復活の手がかりも見つからないとは思いますが……」
レイラは、殊の外、知識を吸収することが大好きだ。その中でも特に、魔術や魔法関連の知識は大好きらしく、外見からは考えられないほどに難解な本を読んでいることある。
「レイラが頑張れば、新たな魔術が復活するかもしれませんね?」
その言葉で、レイラのやる気がみなぎる様子が、ありありと分かった。
うさ耳をピンッと立て、その瑠璃色よ瞳をキラキラさせたレイラは、グッと小さく拳を握る。
「頑張るの!!」
氷晶宮の主就任初日。前任者が夜逃げし、フィスカがやむなく案内することになったものの、レイラにとってはそれで良かったのかもしれない。
「フィー、私、絶対、魔術を見つけるのっ!!」
「えぇ、わたくし達は中々手伝えませんが、頑張ってください」
レイラの氷晶宮の主という役職は、レイラを大いに喜ばせるものとなったようだった。




