第四十二話
「フィー! ここに、本を置いておくのっ!」
「あら? ありがとうございます。レイラ」
「ふゆっ、どーいたしまして、なの!」
ある時は、フィスカが探している本を見つけて持ってきて。
「マディン! あのね、温室でマディンが気にしてたお花が咲いてるって!」
「そうなのかい? 伝言してくれてありがとう」
「ふゆっ、どーいたしまして、なの!」
マディンがいつ開花するのかと気にしていた植物の情報を持ってくる。
「アシュレー、そろそろ模擬剣が少ないんだって」
「レイラ? ……確か、模擬剣はまだ注文したばかりだったはずだが……」
「あのね、酔っ払って全焼させて、それを必死に隠してる人達が居るの」
「何!? すぐに確認する。連絡、ありがとう」
「ふゆっ、どーいたしまして、なの!」
訓練用の模擬剣の在庫状況を報告までして。
「お姉ちゃん! 休憩なの!」
「あら、レイラ。お茶を持ってきてくれたのね? ありがとう。んー、私の好きな紅茶ね」
「ふゆっ、どーいたしまして、なの!」
シェラの好物である紅茶を持って、休憩を取ってもらえるように仕向ける。
それらの一つ一つは、本当に大したことのないものばかり。それでも、それをしてもらえたらありがたいと思える、絶妙なものばかりだった。ただし……。
「そういえば、フィスカはまだ忙しかったはずじゃあ……」
普段、フィスカに淹れてもらう紅茶を飲んでいたシェラのその呟き。それが、レイラの頑張りを明らかにするものであると、シェラ自身も気づいてはいなかった。
ただ、忙しい中、気遣ってくれた親友にもお礼を言わなければと、そう考えていただけだ。
「レイラに報告を託したのは誰だ? 模擬剣を全焼させた奴らに関して聞きたい?」
「「「えっ……?」」」
「……アシュレー様、レイラって、誰ですか?」
「む?」
キメラであるレイラへ報告を託した誰か。その人物に話を聞きたかっただけのアシュレーは、その時は言い出せないだけかと首をかしげただけだった。
「あれ……? 今日は、僕以外の入館記録がない……?」
温室へ向かったマディンは、そこで温室に入館する際の入館記録に、自分の名前以外が今日の日付の部分にないと気づく。
「誰か、書き忘れたのかな?」
レイラに花のことを教えた誰か。大して気にも止めていなかったはずの存在は、ここで少しだけ、マディンの中に残った。
「……そういえば、わたくし、この本を自分で出しましたっけ……?」
レイラが入れるはずのない禁書室。そこにも探していた本はあったらしいが、それをフィスカはレイラに伝えてはいない。それでも、今手元にそれがあるということは、自分で出したのだろうかと考えて、首をかしげる。
「まぁ、あるのであれば、問題もないですしね」
そこで考えることを止めたフィスカは、その後に知ることとなる。レイラが行うその行動は、全て、あり得ないのだと。
「さて、この場に集まってもらったのは、レイラのことについて聞きたいことができたからなのだけど」
翌日、シェラの執務室には、将の面々が全員揃っていた。
「ここ最近、レイラに何かをしてもらって、それを不自然に感じたことはない?」
そんな質問に、パーシーだけが首をかしげる中、フィスカもマディンもアシュレーも、それぞれにレイラにしてもらったことと、その不自然さについてを語り始める。
フィスカは、その本が必要だとも言っていないのに、レイラがその本を、しかも、警備の厳しい禁書室から持ってきたのではないかという話を。
マディンは、自分以外、誰も訪れていなかったはずの温室で、自分が気にかけていたとレイラには話したこともない花が咲いたと、レイラから報告を受けたという話を。
アシュレーは、模擬剣の在庫状況についてレイラから報告を受けたものの、レイラにその報告を託した者が一向に名乗り出ず、そもそも模擬剣を使えなくした者達は、自分達が酔っ払って使えなくした事実がバレていると思ってもみなかったようだという話を。
「……私も、レイラに紅茶を持ってきてもらったのよ。いつも飲む、フィスカに淹れてもらった紅茶を。でも、フィスカはその時、仕事が忙しくて、紅茶なんて淹れてないと言うの」
最後に告げられたシェラの言葉で、執務室は沈黙に包まれる。
「え、えっと、じゃあ、何か? レイラに、なぜか、色々な情報が漏れてたりするって話か?」
唯一、レイラのその不自然な行動を直接体験していないパーシーの言葉。それこそが、今回の話し合いに至った原因だった。
「その通りよ。パーシー。レイラがどうやって情報を得ているのか、何か不自然なことがなかったか、モナから報告は受けていない?」
「え? いや、そんな報告は……ん? そういえば、さっきのレイラが行動している時、モナも一緒に居たんだよな?」
そして、その言葉に、パーシー以外の全員が、顔を見合わせた。
「そういえば……」
「居ませんでした、ね……」
「僕も、記憶にないよ」
「俺もだ」
レイラのその奇妙な手伝いの時間は、ほんの数分にも満たないもの。忙しいからこそ、長く構えなかったのもあるが、そうでなければ、シェラ達もモナの不在に気づけていただろう。
「っ、ちょっと、モナも連れてくる!」
モナの監督不行き届きが発覚して、パーシーは青ざめた様子で、扉へと駆け出していた。




