第四十話
『ロウグ』といえば、今回の調査で襲撃してきたキメラの素となった人物の名前だ。そして、レイラ自身も、その人物がベルとともに連れてこられたのだと話してもいた。つまりは……。
「……マディンの故郷を襲ったのは、リディア……?」
レイラの呟きに、マディンは息を呑む。
悪魔が、自我を持ったリディアを弄ぶために、愛する人が暮らす村を襲わせた、というのは、想像に難くない。むしろ、ロウグがキメラとして使役されていたことからすると、悪魔達はロウグをリディアの目の前で痛めつけ、キメラに作り替えた可能性とてある。
「……レイラ。リディアは……彼女を素としたキメラは、まだ、生きているのかい?」
静かに、唇を震わせて問うマディンに、レイラは少しだけ惑う素振りを見せながらも答える。
「ふゆ……その、死んだってゆう話は聞いてないの。でも、私もそこは詳しくなくて、分からないの」
「じゃあ、そのキメラの外見は、分かるかい?」
「ふゆっ、それならだいじょーぶなの! 今、話した方が良い?」
レイラの答えを予想していたのか、すぐに別の質問をしたマディン。しかし、最後のレイラの問いかけに、マディンは口籠る。
「……マディン、今すぐに知らなければならないことでもないわ。少し、落ち着いてから、レイラに聞けば良いと思うわよ」
レイラの答え次第では、そのキメラが討伐されているのか、あるいは、まだ、被害を出し続けているのかも分かるかもしれない。ただ、今のマディンに、それを知る勇気はないらしく、シェラの言葉に小さくうなずくだけだった。
「……キメラの件は、分かったわ。この事実を公表するタイミングは、もうしばらく後になるだろうから、それまでは誰にも話さないように。これは、王としての命令よ」
キメラが人間を素にして作られているなど、そして、そのキメラの中に、人間の自我を保ったままの存在が居るなど、人間にとっては悪夢でしかない事実だ。キメラに故郷を滅ぼされた人々が、キメラもそんな故郷に居た誰かの成れの果てかもしれないと知って混乱しないはずがない。
シェラはこの事実を公表する方向で考えているような言い回しをしているものの、もしかしたら、公表などできない内容かもしれなかった。
全員が了承の意を示したことを確認したシェラは、改めて、パーシーへと視線を向ける。
「パーシー、悪魔の目的は、レイラでもパーシー達でもなさそうだけど、何か心当たりはないかしら?」
「あたしも、それはずっと考えてたんだが……本当に、何の痕跡も出てこなくて、今はまだ何とも……」
調査を行っている時こそ、調査隊メンバーの誰かを誘き出そうとしたのではないかという仮説があったものの、実際、悪魔はレイラを見て驚いていた。レイラが居ることを『好都合』とは言っていたものの、それは裏を返せば、レイラの存在が想定外だったということ。
「やつらは、レイラ以外には興味を示さなかった。ってことは、あたし達の誰かを狙ったって線も薄いだろうからなぁ……」
レイラ以外に執着するようであれば、それが目的の可能性とて存在した。しかし、現実は想定外の存在だったはずのレイラにしか、悪魔達は注目しなかったのだ。
「ふゆっ! 思い出したの!!」
と、その時、今まで黙ってパーシーとシェラのやり取りを見ていたレイラが声をあげる。
「レイラ?」
そんなレイラに、シェラは不思議そうな表情を浮かべて――――。
「私、けんしょーきんがかけられてるみたいなの!」
「懸賞金……って、レイラに!?」
今まで全く報告になかったその情報に、シェラのみならず、その場の全員が反応を示す。
「ふゆ、多分、ではあるけど、悪魔達がそんなことを話してるの、聞いてたのっ。えっと、私がけんしょーきんのかかったキメラかもしれなくて、それで、生け捕りにしたんだって! 確認した後に、『迎えの者に引き渡す』ってゆってたのっ」
内容として、それは一切間違ってはいない。そして、レイラが連れ去られるその場に居たパーシーは、そこで初めて、レイラが生け捕りにされていた理由を知って青ざめる。
「『迎えの者』、ね……」
シェラの呟きに、レイラはシュンとうさ耳を垂らす。
「ふゆ……ごめんなさいなの。それ以上の情報は、探れてないの。悪魔を倒さなきゃって思って、それでいっぱいで……」
その時のレイラは、確かに悪魔を倒す方向に思考を向けていた。情報の重要性は理解していても、現状打破を優先したレイラを、シェラも責めようとは思わないようで、首を横に振る。
「いいえ、レイラを責めてなんていないわ。ただ、そうなると、その悪魔達は、他の悪魔にでも合流する予定があったのかなと思っただけだから」
確かに、レイラの言い分からすると、その可能性もある。
「……シェラ」
「……分かってるわ。でも、今は無理よ」
パーシーから何かを訴えかけられたシェラは、首を横に振る。
「とりあえずは、分かったわ。他に報告がなければ、レイラはゆっくり休んでちょうだい。パーシーには、もう少し、話したいことがあるし、ね?」
その瞬間、レイラの瞳が揺れたが、その様子に気づく者は誰も居ない。
「ふゆっ、分かったの!」
ことさらに元気な声で返事をしたレイラは、そのまま、自分の部屋へと一人で戻っていった。




