第三十七話
レイラが無事に帰還したことによって、シェラ達はようやく、張り詰めていた息を吐く。
「まだ、完全には確認できていないけど、レイラは怪我もなく、森も無事らしいから、問題はないわね」
「そうですね。今のところは、ですが……」
そう確認し合うシェラとフィスカの姿に、シェラの執務室にちょうど足を運んていたマディンが不満の声を漏らす。
「結果的には良かったかもしれないけど、一歩間違えばレイラを失っていたんだよ? もう少し、僕達も対策を考えなきゃならないよね?」
「む、そうだな。レイラの自衛手段を増やすことに関しては、俺も手伝える」
レイラの状況に関して、マディンやアシュレーは、つい先程知らされたばかりだった。
マディンに関しては、ベルを失ったという絶望に苛まれていた時のことを考慮して、一時的に情報を伏せる手を取ったということで、アシュレーはそもそも話し合いの場にすぐに戻って来られなかったから話していなかったという状況だった。
「そもそも、僕に情報を伏せるってどういうことだい? 僕は、そんなに信頼できないのかな?」
レイラの窮地を知らされないまま、全てが解決して初めて知ったマディンの不満は大きい。
「マディン、よぉく胸に手を当てて考えてみて? レイラが悪魔に連れ去られたと報告を受けて、ちゃんと冷静な対処が可能かどうか。それと、レイラの力を信じられるかどうか」
「…………冷静な対処の方は、頑張ればどうにか。でも、レイラの力を信じるっていっても、そんなの無理だと思うよ?」
「シェラは、マディンがそう考えるだろうからと、内容を伏せたようですよ。わたくしも、教えられてもなお、信じられませんしね」
曖昧な笑みを浮かべて告げるフィスカへ、マディンは胡乱げな視線を向け……シェラへと向き直る。
「そうね……レイラは、とても強いわよ? ただ、今は幼児退行化を起こしているから、それなりに弱体化はしているかもしれないけど、レイラ自身の戦闘能力は、私と同等かそれ以上はあると見た方が良いわ」
「「……は?」」
シェラの説明に呆然としたのはマディンとアシュレーの二人。確かに、レイラは謎の巨大生物を訓練所で倒した実績はある。それに、その魔力があまりにも高いことだって理解はしている。しかし、だからといって、それが戦闘能力が高いということに繋がるとは限らない。
元々、戦いを生業としてきたアシュレーや、元は農民でも、今は将として戦いに身を置くことが多かったマディンでさえ、レイラにそんな実力があるとは欠片足りとも思えなかったようで、ポカンと口を開けたまま、それが戻る気配はない。
「レイラの真髄は情報収集能力……と言いたいところではあるけど、それと同じくらい、物理的な戦闘に長けてもいるわ」
「いや、待って、シェラ? シェラは、レイラの中で魂が混ざらないように大人しくしてたんだよね? それなのに、どうしてそんなことを言えるんだい?」
レイラのことを語るシェラ。その内容は、確かにおかしなものだった。レイラと魂が混ざらないようにと、あれだけ接触を控えていたはずのシェラが、どうしてレイラの実力を知れるのかと。
「……レイラのお母様が、とんでもない実力者でね? 完全に引き剥がすことはできないものの、レイラと私の魂が混ざらないように、術をかけてくれたのよ。そして、その状態で、夢の中という場所限定ではあるけど、レイラと対面できる状況があったわ。ただ、お互いに言葉が違い過ぎたのと、レイラがあまり話そうとしなかったのとで、ほとんど私が戦闘技術を教えるばかりの場になっていたけど」
「「「……はっ?」」」
今度は、フィスカも追加された『……はっ?』だ。
どこか遠い目で話すシェラの姿に、フィスカ達は理解が及ばないのか、混乱気味に固まったり、頭を抱えたりする。
「………シェラ、レイラのお母様というのは、どういった立場の方だったのですか?」
「それが……『ジンジャノミコ』という存在だったそうなのだけど、どうにもこちらの世界に当てはまる役職というのがないらしくて……そうね、ユマと似たような立場でありながら、ロゼリアの王のような立場でもある、のかしらね」
ユマ、というのは、シェラのもう一人の妹。リオーク聖教国で『三帝の巫女』として祈りを捧げる少女だ。
そこから詳しく説明を行ったシェラの言葉を纏めるなら、神職者の頂点に立つ存在であり、戦闘能力が求められる存在、ということで、あまりにも馴染みのない役職の存在に、フィスカ達もあまり上手く呑み込めていないようだった。
「とはいえ、私の情報は、ある程度してから、レイラが私の言葉を理解して、話せるようになってからのもので、何か隠された情報があったり、レイラでも理解できていない部分があれば、私も正しい情報だと断言はできないけど……」
シェラから聞いていた、レイラが異世界の存在であるという情報は、やはり、フィスカ達も情報として取り込んではいるものの、それを完全には理解できない状態だったらしい。
「では、レイラの戦闘能力というのは……」
「レイラの母親が凄まじかったのよ。魔力を使わない戦闘では、途中から全く勝てなくなったわ……」
ため息混じりに告げられたその内容に、フィスカ達は絶句した。




