第三十三話
レイラが激しい戦闘とも呼べない、一方的な蹂躪を行う少し前、シェラは帰還したパーシーと対面していた。
「シェラ! 頼むから、レイラの捜索をさせてくれっ!」
「……無理よ」
悲壮な表情で訴えるパーシーに、シェラは項垂れた状態で否定する。
それは、どこからどう見ても、レイラの状況を悲観してのものにしか見えず、実際、あの幼いレイラが攫われたという事実に、側に居たフィスカも今すぐに動きたいのを我慢してか、その拳は指が真っ白になるほどに握り込まれている。ただし……。
「シェラ! 竜に関してはちゃんと注意も払うっ! むしろ、悪魔が居る森に竜が現れたことの方が問題だろっ!」
必死に、レイラの救出を叫ぶパーシー。そして、パーシーの肩を持ちたそうにしているフィスカは気づかない。シェラのうつむいたその表情に。
「シェラ……そのわたくしも……」
とうとう、シェラへ意見を言おうと覚悟を決めたらしいフィスカ。しかし、その直後に顔を上げたシェラの表情に、フィスカはその後に続くはずだった言葉を呑み込む。
「ふふ、無理、よ……。あの子、よりにもよって、悪魔を殲滅する気満々なんだものっ!!」
普段、レイラに甘々なシェラ。そのシェラは今、笑顔を浮かべながら、怒りをその瞳に宿していた。
「は?」
「せん、めつ……?」
シェラの言葉を聞いた二人は、まず、その言葉の意味が飲み込めずに呆然とする。
「えぇ、そうよ! 分かってたわよっ! レイラは、報復に出るはずだって! いつも、いつだって、私はレイラの力になれないっ!!」
レイラへの怒りかとも思われたそれは、どうやら、シェラが自身に向けたものだったらしい。
「え? ちょ、ちょっと待て!? 殲滅って……レイラか? レイラから、連絡が来たのか!?」
「っ、どういうことです? それならば、すぐにレイラに指示を「する前に会話を終わらせられたわっ!!」」
実際、レイラは言いたいことだけを言って、シェラとの会話を強制的に終わらせていた。シェラから連絡が取れないということを理解しているのか、していないのか……。もし、理解していてその対応を取ったというのであれば、それはそれで問題だが、レイラの場合、正確にその事実を理解していない可能性もあった。つまりは……。
「レイラはきっと、『何か指示があれば連絡してもらえる』と思って行動しているはずなのよ。だから、『悪魔は殲滅しておくから、パーシーに待っててと伝えておいて』なんて言葉で全部終わらせるのよっ!!」
もはや、シェラが何に対して怒りを抱いているのか、その矛先が多すぎて分からない。レイラの言動に、なのか、不甲斐ない自分へ、なのか、理解が足りないレイラ自身へ、なのか……。
ただ一つ分かることは、今更シェラ達が行動したところで、レイラはすでに、何らかの行動に出ているだろうということだった。
「シェラ!? ちょっ、落ち着け! それは、その……レイラには、それだけの余裕があるってことか?」
「そうでしょうねっ!」
怒っているのか泣いているのか分からない様子で怒鳴るシェラ。それを見て、混乱に拍車をかけるパーシー。そして……。
「シェラ………ちなみに、ですが、レイラを知るあなたから見て、レイラはこれから、どのような行動に出ると考えますか?」
シェラの言い分を朧気ながらも理解したのか、努めて冷静に振る舞うフィスカ。そんなフィスカを一瞥したシェラは、残酷にもその推測を告げる。
「恐らく、パーシー達を襲った報復として、無意識に、徹底的に、敵を殲滅するわ。魔法が使えない頃は言葉だけ……だったと思いたいけど、それでも敵の心をポッキリ折って、再起不能にまで追い込んだ手腕は、よくよく知っているのよ……」
シェラがレイラの中に居た頃、どんなものを見たのかは不明だ。しかし、少なくともそれは、ロゼリアの王たるシェラですらも頭を抱えるほどのものではあるらしい。
「きっと、今のレイラなら、無自覚に森を半壊くらいさせちゃうんじゃないかしら……?」
「「は……?」」
「あ、もしくは、あそこの主をそれと知らずに討伐しちゃうとか? 当然、悪魔は跡形もなく消えてるでしょうし」
そんな、あまりにも恐ろしい展開予測をするシェラ。思わず絶句したらしいパーシーとフィスカは、それらの予測を頭の中でどうにか処理をし始めて……。
「待て! なら、レイラを止めないと!」
「そ、そうです! それが事実かどうかはともかくとしてっ、レイラの力は膨大ですし、早く助けにいかなければっ!」
もはや、レイラの救出のためなのか、レイラを止めるためなのか、目的がよく分からない状態だ。
「だから、言ってるでしょう。無理よ」
そして、そんな中、シェラは大きなため息とともに頭を抱える。
「レイラはもう、動いてるわ」
「「え゛」」
シェラが言い切ったちょうどその時、レイラはダグを討ち取ったところであり、シェラの言葉が一部現実になった瞬間でもあった。




