第三十二話
レイラの力は凄まじい。そして、悪魔の魔力も凄まじい。
腕を破壊したはずのレイラは、擬似的にではあれど腕を土で形作り、それを放つダグへ驚いた表情を一瞬浮かべ……。
「無駄なの」
瞬時にその魔術構成を理解したらしく、その魔術を解いてしまう。
「な゛っ」
土の腕を失ったダグは、あまりにも無防備で、その心臓に向けて放たれるレイラの攻撃を避けることすらかなわない。
「『絶雷』」
この攻撃が決まれば、確実に悪魔が一匹減らせる。そんな確信を抱けるほどの威力を持つレイラの拳は、その刹那にバチッと音を弾かれる。
雷による結界魔術。悪魔側で独自に発達した魔術だった。
「『火炎槍』」
自分の攻撃が弾かれたことに、レイラはわずかに顔を歪めつつも、間髪を入れずに魔術をその口で紡ぐ。
魔術の理論は習い始めたばかり。そして、まだまだ魔術名だけで魔術を発動させるには短すぎる訓練しか積んでいない。それにもかかわらず、レイラは息をするくらいに容易く、魔術を発動させてしまう。
二メートルほどもある炎の槍が三本、レイラの頭上に現れ、レイラが合図をすれば、それは一直線に凄まじい破壊音を立てながら、邪魔をした悪魔、ヤトの方へと飛んでいく。
「ぐ、おぉぉぉおぁ!!」
今まで、どんな攻撃も避けることのなかったヤトは、ここにきて初めて、必死に攻撃を避ける。
接近戦は不利だと考えたのか、ダグはレイラから離れ、魔術を放った直後で無防備に見えるレイラへと魔術を放つ。
「『土尖』っ」
名前の通り、土を尖った棘に変えるだけの魔術。しかし、レイラが立っていた地面から凄まじい勢いで生えるそれは、部屋の床を突き破り、確実にレイラを串刺しにするための力はあった。
「邪魔なの」
ただ、レイラは自分を貫こうとするそれを、ガンッと斜めに踏みつけることによって容易く崩壊させてしまう。
「っ、『土尖』『土尖』『土尖』『土尖』んんんっ!!」
まさかそんな方法で回避されるとは思っていなかったのか、一瞬、狼狽えたような表情を見せたダグは、次の瞬間、ひたすらに同じ魔術を放ち始める。
「ふゆ……うるさいの」
宙に飛び散る砂粒や木片、小石。そのうちのいくらかをその場で立ったまま掠め取ったレイラは、それをそれぞれの盛り上がりかけた土の場所へと弾いて、魔術そのものを破壊する。それと、ついでとばかりに……。
「ぐ…………え……?」
小さな、小さな穴。胸に空いたその穴からは、ほとんど血は流れてこない。
悪魔、ダグの胸に空いたその穴は、レイラが掠め取った砂粒か木片か小石か……。穴の大きさからすると、砂粒かもしれない。そんな、凶器とも呼べないもので、レイラは、ダグの心臓に穴を空けていた。
ドサリと倒れるダグ。それを横目に、レイラはもう一体の悪魔へと目を向ける。
「っ、何を、したのですかな?」
どうにかこうにか、レイラの炎の槍を回避したヤト。ただし、そんな魔術を使うものだから、レイラが居る小部屋は、一瞬にして消し炭になった場所と、炎が燻る場所とに分かれている。
ダグが倒れ、その肉体が砂のようになって崩れた姿を目撃したヤトは、今までの余裕など欠片もない様子で尋ねる。
「ふゆ? 何って……殺したの」
そう言いながら、レイラは片手にある小石を見せつける。
「こうやって、弾いて、ね?」
パシッという音を立てて、レイラが指で弾いた小石は、まだかろうじて建物であると分かる部屋の壁に穴を空ける。
「は、ははっ……とんだ、化け物ですな……」
ヤトの額には、冷や汗がつぅっと伝う。
キメラといえば、悪魔の下僕。魔法など使えないし、魔術はキメラに組み込まれた人間が使えれば使えるかもしれない、くらいの腕力特化な存在。だから、レイラの力が常軌を逸したものだとしても不自然ではない。それでも……それを理解してなお、ヤトはレイラを化け物と呼ぶ。
「別に良いの。お姉ちゃんを守るためなら、化け物でも。悪魔を殺せるなら、化け物になっても良いの」
躊躇いなど欠片もなく宣うレイラに、ヤトは警戒を強めつつも、一歩も動かない。
「お姉ちゃんを邪魔する悪魔はイラナイの。パーシー達に危害を加える悪魔は不要なの」
一歩、また一歩と足を踏み出し、その地面を凍てつかせるレイラ。愛らしい外見とは異なり、はっきりと処断するレイラの姿は、あまりにも恐ろしいものに見える。
「だから「っ、死ねぇ!!」」
レイラが建物の外に出た瞬間に発動されたのは、魔術によるトラップ。地雷のように、その場所を踏んだ途端に雷に焼かれて死ぬ。そんなトラップは、発動と同時に、対象を見失って暴発する。
「死ぬのは、オマエなの」
脚力だけでヤトの目の前まで一気に接近したレイラは、そのままヤトへ向けて拳を振るう。
「ごっあぁぁぁあっ!!」
もう一度。今度は木々をなぎ倒しながら飛ぶヤト。それを見ながら、レイラはふと、つぶやく。
「そういえば、馬乗りになって殴った方が良かったかもしれないの」
レイラが馬乗りになって殴れば、ヤトは衝撃を逃がすこともできず、地面にめり込むであろうことが予測されたが、レイラはそこまでは考えていないのか、良い案だとばかりにうなずいて、その翼を大きく広げた。




