第三十話
「クソッ!」
振り下ろした拳は、無意味に大木へと落ちる。
レイラが攫われた。そして、パーシー率いる調査隊は、それを眺めることしかできなかった。その事実に、パーシーは打ちひしがれ……。
「調査は一時中断だ! ダモン、アレイル、ガットどんな痕跡も逃すな! モナ、念話を妨害しているものを割り出せ! レイラを取り戻すぞ!」
「「「おうっ!!」」」
悪魔が行使した転移の魔術に、魔晶石が使用された様子はなかった。となれば、あの二体の悪魔のうちの一体が雷の属性を持つということになる。
雷の属性は、氷の属性と並ぶ希少な属性だ。そのため、その魔力は特徴的であり、痕跡を辿るとなった時はとても分かりやすい目印となる。たとえ、転移によって姿をくらましたのだとしても、その方向くらいは容易く割り出せる。
「方角の割り出しと距離の割り出し、完了しましたぜ!」
「お頭! 妨害の元を排除してきたっす!」
レイラが連れ去られたその場所で分析していたアレイルが報告し、念話を妨害していたものを排除するために走ったモナは帰ってきた。
「あぁ、こっちも、今から繋ぐ」
はやる気持ちはあれど、報告だけはしておかなければならない。そして、もし可能であれば、他の手がかりがないかも聞きたい。それがパーシーの思惑だったのだろう。
《シェラ! 緊急事態だ!》
《パーシー? 何があったの?》
《レイラが、悪魔に攫われた!》
そう、パーシーはありのままの状況を報告して、これからレイラ奪還に動くことを告げる。
《っ……》
《説教は後でいくらでも聞く! だから、頼む! 何か情報があれば、こちらに優先的に回してくれ!》
レイラが狩人親子についてシェラへ調べるように頼んでいたことは、当然、パーシーも知っている。だからこそ、そこから進展があれば、レイラが捕まった場所への手がかりにもなり得る。そう、考えたのだろう。
《悪いけど、まだ、情報はないわ。でも、レイラから連絡が来れば、あるいは……》
《? 待て、シェラから連絡することもできるんだろう?》
シェラの苦しそうな言葉に、パーシーはそんな今更な疑問を挟む。基本的に、念話もお互いが連絡を取れる状態というのが当たり前だ。だから、パーシーのそれは疑問というよりも確認に近い問いかけだった。
《…できないわ。何度かレイラにやり方を教えてはもらったけど、私には、レイラと同じことはできなかった。私から、魂の繋がりを辿ってレイラに連絡することはできなかったのよっ》
シェラが連絡できるのであれば、そこからレイラの詳しい居場所を割り出せるかもしれない。きっと、そんな風に考えていたパーシーの表情は凍りつく。
《じゃあ、レイラが連絡してくれるまで、何も分からないってこと、か?》
《そう、ね……役に立てなくてごめんなさい》
レイラと独自の方法で連絡を取れるはずだったシェラは、自分からの連絡はできないのだと、役に立てないのだと、苦しそうに告げる。しかし、状況はさらに、パーシーを追い詰めることとなる。
《それと、ごめんなさい。今は、レイラの捜索に許可が出せないのよ》
《なっ、どういうことだ!!》
《竜が、確認されたわ。しかも、その、永劫の森でね》
竜。それは、人間にも悪魔にも属することなく、禁域と呼ばれる場所で暮らす生き物だ。
その体は獣と同様、フカフカの毛で覆われていて、四本の足と長い尾、巨大な翼を持つ存在だ。体長は、幼い子供でもない限り、三メートルから六メートルはある個体が多い。そして、彼らは争いを好まない性質を持ってはいるものの、戦うとなれば、一体一体がロゼリアの将に勝るとも劣らない力を発揮する。
古来より禁域に籠もる竜達は、過去に一度だけ、その力を発揮して、災厄のような扱いを受けることとなった。
禁域に近づいてはいけない。そして、竜が禁域の外で確認されたら、それにも近づいてはいけない。それこそが、人間の中で取り決められた竜を刺激しないための法だった。
「なんで、こんな時に……」
「お頭?」
竜の存在を、パーシー達は確認していない。しかし、この永劫の森は広い。パーシー達とて、この森の全てを確認できるわけではないのだから、それは仕方ない。
ただ、レイラが攫われた今に、そんな行動を取った竜に、ままならない怒りを抱くことしかできなかったのだろう。
《ごめんなさい。パーシー。命令をすることになるわ。……ただちに、城へ戻りなさい》
シェラとて本意ではないだろうその命令。しかし、パーシーもそれを受け入れないわけにもいかないと理解はしていた。
「クソ、が……」
自分達の過失で攫われてしまったレイラ。そのレイラの救出に、彼らが動くことはできない。たとえ、無理に強行したとしても、それでレイラが無事でいられるかどうか……。
情報がないどころか、増援もなく、帰還を命じられたパーシーは、先程以上に、強く、大木を殴りつけた。




