第二十九話
「痛い、ですなぁ?」
「っ!?」
短剣は、確かに悪魔の首を掻っ切るはずだった。しかし、実際には悪魔の首は無傷。いや、切れるはずだった部分だけが凹んでいた。
すぐさま攻撃が効いていないことを理解したパーシーは、そのまま風の玉を悪魔へ撃ち込む。
「ぐほぉっ! おぉ、これは、確かに堪えますな。しかし……」
「ぐっ」
「お頭!!」
パーシーの、風の将の魔術をその身に受けてもわずかによろめくだけだった悪魔は、そのみぞおちの辺りを不自然に凹ませた状態でニタリと嗤い、回避しようとするパーシーの腕を掴む。
当然、それを黙って見ているモナ達ではなく、悪魔へと武器を手に襲いかかるが、それは唐突に、見えない壁によって弾かれる。
「結界かっ!?」
このままでは、パーシーが危ない。しかし、その危ない瞬間を弾かれて、モナもダモンも焦りの表情を浮かべ……次の瞬間には、別の方面でも焦ることとなる。
「みぃつけたぁっ!」
「ふゆっ!?」
警戒を怠っていたわけではない。しかし、目前の悪魔に集中していた彼らは、レイラの背後に現れた悪魔に、その瞬間まで気付けなかった。
レイラよりは背が高いものの、小柄なその男の形をした悪魔は、レイラを背後から羽交い締めにする。
「うぐっ、や、やぁっ……」
レイラの腕力は並ではない。しかし、それでも、どんなに足掻いてもその拘束から抜け出せないらしく、キツく締め上げられていくレイラの顔色はどんどん悪くなっていく。
「レイラを離せよっ!」
後方で遠距離攻撃を担当していたアレイルは、その手の円月輪を悪魔に向けて飛ばすが、悪魔はレイラを抱えたまま回避する。
「っ、『牙突の風』!!」
背後での異変に気づいたパーシーは、目の前のヒョロリとした悪魔から離れるべく、パーシーを掴むその腕に魔術を叩き込み、距離を取る。
「おや、逃げられましたな。ですが」
「コイツを殺せば問題なしぃっ」
「レイラ!!」
完全に意識を失ったらしいレイラは、敵に抱えられてグッタリとしている。そのレイラにトドメを刺そうとする悪魔を見て、パーシーは焦って叫ぶ。
「ダグ? 私の作戦に勝手に乗ったのはあなたですな? となると、私の意思が優先されるとは思いませんか?」
「えぇー? っと、それは後にして、今は逃げないと不味くない?」
レイラが敵の手に渡った事実を前に、そして、レイラがグッタリとしているその事実を前に殺気立つ調査隊メンバー。
ただ、ヒョロリとした悪魔がレイラの殺害を止めて、そのままいつでも殺せるようにその首へと変形させて凶器と化した手の爪を突きつけたため、動きを止める。
「逃がすと思うか?」
「そっちこそぉ、見逃さないなら、この場でコイツ、殺しちゃうよぉ?」
パーシーの問いかけに、酷く楽しそうに応えるダグと呼ばれた悪魔。
「確かに、我々の安全が確保できないのであれば、殺すのも致し方ありませんな?」
ゆっくりと、様々な凹んだ場所が元に戻っていくヒョロリとした悪魔の言葉に、パーシー達は誰も動けない。
意識を失ったレイラは、突きつけられている凶悪な爪を回避することなどできるはずもないのだから。
「ぶっ、アハハハッ! えー? マジでぇ? お前ら、こんな出来損ないに情でも移っちゃったぁ? ウケルーっ」
出来損ない、というのは、明らかにレイラのことを指していたが、そんなバカにしたような言葉を聞いてもなお、パーシー達は動けなかった。
きっと、ダモン達は、レイラに助けられた経験がなければ、無理にでも動いていただろう。それで、後々パーシーから叱責を受けたとしても、悪魔を取り逃がすことの方が問題だと言い切ったに違いない。しかし今は、レイラに助けられ、そのレイラの精神の脆さも知って、レイラの力が強いことを知っていても、レイラを守るべき存在として認めていた。当然、簡単に動くことなどできるはずもない。
「ご安心を。我々を逃してくれるのであれば、今のところ、このキメラを殺すことはしませんからな。と、いうわけで、我々はお暇させていただこう」
「じゃあねぇー。今度会った時は、本気の殺し合いだねぇ?」
レイラを殺さない保証など全くない。しかし、それでも、パーシー達は動けなかった。人質に取られているレイラが、パーシー達のちょっとした動きだけで殺されるだろうことを理解していたから。
そうして、悪魔達は、転移の魔術によって、その場から消えた。レイラを連れたままに……。




