第二十七話
「魔法ってことは、あたし達の知る偵察用の魔術とは違うってことだよな?」
パーシーの言葉通り、一応、偵察用の魔術は存在する。
魔術が誰にでも使えるように術式を確立させたものであるのに対して、魔法は完全に個人のオリジナル。魔術は魔晶石に込めて、後は魔力を込めるだけの状態にすることもできるし、そうでなくとも、訓練すれば魔術の名称のみで発動させることだって可能だ。しかし、魔法は詠唱が必要だし、センスがなければ発動しないし、膨大な魔力を必要とする。正直、魔法そのものの使い勝手は非常に悪い。
それでも、レイラがそう提案するということは何かある。そう考えたらしいパーシーの問いかけに、レイラは大きくうなずく。
「ふゆっ、そうなの! 私のは、追いかけて追い詰めて齧りつく偵察魔法なの!」
「そ、そうか……」
『それ、偵察じゃないから!?』と、全員の心の声が一致した瞬間だったが、それでも、パーシーはレイラに甘い。
「具体的に、どんな効果があるんだ?」
ちゃんと、レイラの話を聞くことにしたようだった。
「えっとね、これを放つと、私が敵だとか目標だとか認識してるものを探し回るの。それで、見つけたら、敵なら私の意思に応じて仲間を集めて襲撃とか誘導。目標なら、場所を知らせるだけなの」
やはり、偵察、と呼ぶには色々と間違っている代物にしか思えない。
パーシー達が知る偵察用の魔術は、『隠蔽術』と呼ばれる種類のものと、『探知術』とよばれる種類のものに分類される。痕跡を消しながら実際に人が動いて偵察するための『隠蔽術』と、その場である一定の範囲の情報や痕跡を得る『探知術』。消す痕跡によって、または、探る情報や痕跡によって、それらの術は使い分けられる。間違っても、それらに攻撃性なんてものは備わっていない。
「やってみても良い??」
「……分かった。やってみてくれ」
あまりにも謎が多い偵察魔法とやらに頭を抱えるパーシー。しかし、現状でそれを使うことのリスクが見当たらないのも確かであり、パーシーは許可を出した。
「ふゆっ! それなら、やるの! 『集え、集え、小さきもの。探せ、探せ、我が敵を。その目に映すは、我が目へと。耳に届くは、我が耳へ。凶器と狂気を隠し持て。声は全ての合図へと。散れ、ネズミ達の狂乱!』」
「は?」
「チュー?」
「え? ちょっ!?」
「これは……」
「ネズミっす!!?」
黄金の魔力を纏ったレイラ。黄金の瞳を伏せたままに詠唱したレイラの最後の言葉に、誰もが頬を引きつらせる。
レイラの足元にこれでもかと量産された小さな小さなネズミ。周囲に紛れるようにか、その色は土色や植物の色をしているが、まごうことなくネズミ。一匹一匹は可愛らしい顔をしているし、魔力などほとんど感じられない存在だが、レイラが言った通りなら、敵を見つけ次第、このネズミ達はそれを攻撃するために殺到するのだろう。
ざっと確認できるだけでも千匹は居そうなネズミ達。それが、レイラの詠唱が完全に終わると同時に、凄まじい勢いで四方八方へと散っていく。
「……ふゆっ、これで、悪魔が見つかったら合図があるの。それ以外だと気づかれないようにするだけだから、警戒しながら進まなきゃなの!」
つまりは、あのネズミ達が悪魔以外の魔物を襲うことはないらしい。しかし、異様な魔力を感じてか、周囲から魔物の気配が遠ざかってもいて、しばらくは安全に過ごせそうでもあった。
「そ、そうか……」
あまりにも予想外な光景に、パーシーもそれ以上の言葉が出てこないらしい。
「ふゆ? ……もしかして、ネズミ、苦手だった……?」
反応が鈍いことに気づいたらしいレイラだったが、その思考は少しばかりズレている。
パーシー達の今の状況は、レイラがあまりにも予想外な形の魔法を行使したからであって、ネズミそのものに対する思いは……。
「俺、ネズミだけは、無理す……」
いや、一人だけ、ガットだけは、青ざめた表情だった。
「ふ、ふゆっ!? ごめんなさいなの! えっと、でも、本物じゃなくて、偽物だから、えっと……次は、鳥とか、他の動物に変えるの!」
ガットの様子に慌てふためくレイラ。しかし、そのレイラの耳は次の瞬間、ビクッと跳ね上がる。
「レイラ?」
「……見つけたみたいなの」
どうやら、早くも悪魔を発見できたようだった。




