第二十四話
その後、あの異常な攻撃が降ってくることはなくなり、レイラが倒したキメラが原因だろうという結論になった。そして、レイラはというと、何やら、随分と落ち込んだ様子を見せていた。
「ふゆ……全然、情報引き出せなかったの……」
「いやいや、敵を仕留めただけですごいっすよ!?」
「だな。俺らじゃあ、全滅もあり得た」
そんなレイラを慰めるのは、モナとダモンの二人。モナは元々レイラに好意的だったが、ダモンの方は、レイラの実力を認めて、この態度となっていた。
ただ、それでもレイラの落ち込み具合は酷い。
「……これって、やっぱり初めて殺っちゃったせいっすかねぇ?」
「だろうなぁ。だが、こればっかりは、自分で乗り越えるしかないだろうしなぁ」
そんな風にコソコソと話す二人。
実際、レイラの落ち込み具合に、それは十分影響していると思われた。どこかぼんやりとしたかと思えば、自分の両手を見つめて泣きそうになっている様子などは、とても顕著だった。
ただ、そこで疑問を抱く人物も存在していた。
「……確か、ベルからの話では、レイラはもう……」
マディンからの伝え聞きで、レイラが人を殺したことがある、という情報を得ていたパーシーは、レイラの様子にどうしても疑問が出てしまっているようだった。
実際、レイラは敵対する者に容赦がないという面がある。ことシェラに関しては、それが如実に表れる。だからこそ、悪魔でもない、敵のキメラを殺したことに、レイラがここまで動じるのは予想外だった。
「アレイル、どうだ?」
「いやぁ、ほれぼれするくらい、綺麗に一撃で殺してますぜ。っと、そんな話じゃなかった。一応、確認はしてみたんですが、狩人を襲ったのがこのキメラなのかまでは分からないです。と、いうわけで、調査が終わらない……くぉぉおっ! 痕跡がなさ過ぎるぅうっ!!」
頭を抱えるアレイルに、パーシーも気持ちは分かるとでも言いたげにうなずく。
実際、このキメラが襲った可能性がないわけではないものの、そもそもこの場に残されていた痕跡が見当たらないことに加え、このキメラ自身の情報もあまり多くはない。調査が行き詰まるのは当然のことだった。
と、その時、精神的に不安定に見えていたレイラが、パーシーの元へと歩いてくる。
「? どうした? レイラ?」
もしかしたら、もう帰りたくなったのかもしれない。そう思えるくらいに、レイラの表情は暗かった。しかし、レイラが告げたのは、そんな予想を覆すものだった。
「パーシー、あのキメラ……ううん、もしかしたら、その狩人親子も、罠かもしれないの」
「罠?」
「ふゆ、そうなの。だって、綺麗に痕跡を消されてるの」
そんなレイラの一言で、調査隊メンバーの目つきが変わる。
確かに、あまりにも痕跡がなさ過ぎる。そして、あまりにも都合良く、その場で襲撃を受け、あわや全滅の危機だったのだ。
「あたし達を誘き出した? いや、もしかしたら、レイラ狙いの可能性も……」
「どうするっす? お頭? 一度報告に戻るっすか? それとも……」
報告に戻れば、体勢を立て直すこともできる。しかし、その間に敵に逃げられる可能性とて存在する。
「あ、あのね、それだけじゃ、ないの。私ね、この人、知ってるの……」
「『この人』? ……あぁ、あのキメラのことこ」
キメラ同士で仲が良かったり悪かったりはあるのかもしれないが、顔見知りを殺した、というのがレイラの感覚だったのかもしれない。
パーシー自身もその可能性に思い至り、先程からのレイラの取り乱し具合に納得しかけ……次の瞬間、絶句することとなる。
「この人は、ベルと一緒に来たロウグって人を素材に作られたキメラなの」
「「「……は……?」」」
誰もが、レイラの発言に言葉を失う。元々、キメラが人間から作られてるなんていう話がまことしやかに囁かれてはいた。キメラの体には、必ずどこか、人間と同じ部分が存在しているのだから、そう思われることも当然なのだ。しかし、それを本気にする者は誰も居なかった。生物の創造など、神の御業でしかあり得ない。それが、世界共通の認識だったのだから……。
「レイラ……それは、その……」
「キメラはね、そういう種族じゃないの。キメラは、悪魔の実験で生み出された、破壊のための人形なの……」
キメラ、という種族が居て、それを悪魔が従えているという認識は、レイラの発言で打ち砕かれる。しかも……。
「私も、元々は人だったはずなの。もう、人だった頃のこと、何も思い出せないけど、お姉ちゃんだけが、私の味方で、私を守っててくれてたの……」
「っ……」
キメラという存在を生み出した悪魔の罪深さ。そして、こうして自我を持ち、パーシー達に接することができるレイラという存在の奇跡を前に、誰もが、何も話すことなどできなかった。




