第二十一話
「……パーシー達にはだいじょーぶってゆったけど……もし、悪魔に見つかったら……」
今日は、レイラが調査隊のメンバーの一人として、永劫の森へと向かう日。いつものワンピーススタイルとは違い、シンプルなズボンとタンクトップスタイルのレイラは、鏡を前に、普通より背中を大きく空けてもらったタンクトップから出る翼を見ながら、動きに支障がないか確認していた。
調査隊に参加することは、レイラの今後を考えると必要なことではある。しかし、どんなに必要なことだと分かってはいても、不安は漏れてしまうようで、レイラの表情は暗い。
「……ふゆっ、だいじょーぶなのっ! パーシーも一緒なの!」
鏡の前の自分に、勇気づけるようにレイラは話す。たとえ、それでもうさ耳が垂れている状態だろうと、自己暗示のように『だいじょーぶ、だいじょーぶなのっ』と繰り返したレイラは、終いには『えいえいおー、なの!』とまで言い出す。
「やけに気合が入ってるな。レイラ」
「ふゆっ、パーシー! もう出発なの?」
「あぁ、だから、呼びに来たんだ」
鏡とにらめっこをしている間に、どうやら出発時間が迫っていたらしい。元々、レイラを呼びに来ると言っておいたパーシーは、レイラの微笑ましい様子に笑みを浮かべる。
「ふゆっ、なら、もう行くの! 準備、かんりょーなの!」
「そっか、一人で準備できて偉いな」
「ふゆっ! 偉いの!」
えっへんと胸を張るレイラ。その姿を見て、パーシーは『くっ……このまま持ち帰りたい』と呟いてレイラに首を傾げられるという事態になる。
「こほんっ、まぁ、とにかく、さっさと行って終わらせようか」
「ふゆっ! 隠密こーどー、頑張るの!」
「……おう」
レイラは気配を消すことに関しては、とても素晴らしい技術を持ってはいる。しかし、実際の現場で、それを活かせるほどなのかは不明だし、パーシー自身もその部分に不安はあるのだろう。返事までに少し間があり、表情も微妙なものとなっていたが、レイラはそれに気づくことなく、そのまま、パーシーに連れられて他のメンバーが集まる場所へと連れられていった。
「集まってるな。それじゃあ、まずは紹介しておく。この子が、調査隊メンバーに加わるレイラだ。先に話しておいた通り、シェラの妹で、原因は不明だが、この姿になってしまっている。キメラとして蔑まれることが多い子ではあるが、仲良くしてやってくれ」
集合場所は、他の騎士達も鍛錬している訓練所の一角。当然、レイラが亀と戦った第三訓練所ではなく、第一訓練所だ。この第一訓練所は、対人戦を主に訓練するための場所であり、様々な武器を想定した訓練や、魔術戦なども行える。三つの訓練所の中では、最も使われる頻度の多い場所であり、実際、現在も他の騎士達が遠巻きにパーシー達の部隊を眺めている状態だった。
(ふゆ……こうやって、私のことを周りに教えてる、のかな?)
ニコニコしながら辺りをさりげなく観察するレイラ。そして、その着眼点は正しい。
レイラの存在の周知とレイラの境遇の周知は、どちらも行わなければならないことだ。特に、レイラの境遇に関しては、徹底して広めなければならない。そうしなければ、いつまで経っても、レイラはキメラとしか見られず、ただただ敵視される存在にしかなれないのだから。
「ふゆっ! レイラなの! 今日から、お世話になります、なのっ!」
そう言って頭を下げれば、モナは『よろしくっす!』と返してくれる。しかし、残りのレイラと初対面であるダモン、アレイル、ガットはそうはいかない。
「お頭ぁ? こんなちっちゃいやつ、使えるんですかい?」
くすんだ青に、どこかギラついた髪と同じ色の瞳を持つ男。退廃的な雰囲気を漂わせる大人な男性といった具合のその男は、ダモン。パーシーが率いる部隊の一つ、モナを隊長として集めたメンバーの中で、副隊長という地位に就く彼は、胡乱げにレイラを眺める。
「ダモン、レイラは、ボーの群れを拳一つで撃退できる。戦力としては申し分ないぞ」
「いやいや、戦力って言っても、今回は調査ですぜ? そりゃ、多少は必要でしょうけども、それならおいら達で足りるでしょうよ」
パーシーの発言に異を唱えるのは、薄い緑の髪と目を持つ小柄な男。ヒョロリとしたその男の名前はアレイル。軽薄そうな笑みを浮かべながらも正論を告げる。
「それにお頭。俺らは、納得してないんすよ。何で、このメンバーにこんな得体の知れないやつを入れる必要があるんすか?」
モナの口調に若干似た口調の男は、アシュレーほどではなくとも長身の部類で、ダモンと良く似た髪と瞳の色を持つ。ガットという名前のその男は、人懐っこそうな顔立ちではあるものの、ダモンとどこか似た顔立ちでもあり、二人が兄弟であることが一目で分かる状態だ。
「……レイラの力は、確かに未知数なところもあるが、万が一、あたし達でも対処に手間取る魔物が現れた場合、レイラが居れば容易く抜けられるのも事実だ。そして、レイラの飛翔能力も捨てがたい。上空からの偵察が、レイラさえいれば楽になるだろうことか期待される。ただ、それでも疑問に思う者も居るだろう。だから、今回は、実験段階、くらいに思ってくれたら、それで構わない」
ただ一言、『陛下からの命令だ』だけで済ますこともできたのに、パーシーは丁寧にレイラを引き入れることの利点を告げる。そして、なおかつ、レイラを否定さえしなければ、それで良いという具合にまとめてしまった。
「まっ、お頭がそう言うんであれば仕方ないか」
「了解! なら、おいら達はおいら達で頑張りますわ」
「……お荷物じゃないなら、それで良いすよ」
どうにか納得させることに成功したパーシーは、そのまま、現地へ向けて出発した。




