第五話
本日と明日は、12時と23時に一話ずつ投稿予定です。
それでは、どうぞ!
キメラの様子に、パーシーは、キメラがどういった存在なのかを正しく思い出す。すなわち、キメラは悪魔の下僕として扱われているということを。
(そうか、こいつにとって、帰る場所は……)
キメラが帰る場所は、悪魔の下と決まっている。このキメラがどんな扱いを受けていたのかは不明だが、この震えが怯えから来るものだとするなら、とても良い扱いとは言えないのだろう。
「あたしと一緒に来るか?」
それは難しいことだと分かっているはずのパーシーは、思わずといった様子で、そう提案していた。
震えていたキメラは、パーシーの言葉が聞こえていたのか、ガバッと顔を上げて、目を丸くする。
「あー、その……色々と、大変だろうし、危険でもあるんだけど、さ……それでも、お前が来たいなら、一緒に来ないか?」
基本的に、パーシーは甘いのだろう。その判断が、どれだけ周囲に迷惑をかけるのかが分からないほど愚かではないが、それでも、怯える敵を放っておけないほどには甘い。
そっと差し出された手に、キメラは呆然とそれを見つめるのみ。それでも、パーシーは辛抱強く待ち続け……。
「っ、分かった! できるだけ、お前のことは守ってみせるからなっ!」
オズオズと乗せられたその小さな手に、パーシーは決意を新たにする。そして……この出会いこそが、世界に大きな流れを生むことになるのは、まだ、誰も……いや、ただ一人を除いて誰も知らない。ただただ、パーシーは怯えるキメラを放っておけなかっただけであり、キメラは帰りたくなかっただけなのだから……。
キメラを連れて帰ることを決めたパーシーの行動は早かった。現在地からどの方向へ進めば良いのかや、キメラのために潜入用の魔法を施すことを説明して、パーシーの魔力がある程度回復したところでその通りに行動する。
途中で、キメラと一緒に食料を調達し、食べようとしたところで、キメラがそれらに手をつけようとしないことに気づいたパーシーが、キメラにしっかりと食べるよう言い聞かせるという場面もあったが、行程は概ね順調だった。
「キメラって、速いんだな」
と、いうのも、パーシーは自分で飛び続ける魔力まではなく、キメラに再びお姫様抱っこで飛んでもらうという方法を取っていたのだ。パーシーでは、全速力を出してようやく今のキメラに並ぶであろう速度。それを、キメラは散歩をする程度の気安さで出してしまっている。吹きつける風から身を守る結界をパーシーが張っていることを鑑みても、それは異常な速度だった。
「……もしかしなくても、今日中に城に帰れる、か?」
白き死神の地で倒れてからどれだけの時間が経ったのかは不明だが、案外早く帰ることができそうだと、パーシーは顔を綻ばせる。
潜入用の魔法として、姿を消す魔法や気配遮断の魔法が存在するが、現在パーシーは、キメラと自分に、その二つをかけている状態だった。なんせ、もう、視線の先に王都が見えるのだから。
「キメラ、あの中央にある大きな建物が城だ。その近くに行ったら、あたしの部屋に案内するな」
返事はなくとも、反応が薄くとも、このキメラには言葉が通じる。それを確信しているパーシーは、極力キメラに話しかけていた。
「城には、あたしの親友も居るんだけど、ちょっとお前が会うのは難しいかもな。あぁ、でも、フィスカ辺りには説明しなきゃ不味いかな……」
上空であるために、誰かに盗聴される恐れもない。
しかし、キメラを取り巻く環境について考えると、キメラをずっと一人で匿うのは難しいとパーシーも分かってしまう。勝手に共犯者候補に挙げられているフィスカという人物がキメラを受け入れるか否か、それが、現在のパーシーの悩みらしい。
「でもまぁ、その前に風呂だなっ! あと、服も……しばらくは、あたしのおさがりで我慢してくれ、な」
そう言いながら『こんなことなら、クソ親父が送りつけてきたやつを捨てるんじゃなかったな』と後悔するパーシー。それに首をかしげるキメラだったが、いよいよ、王都の上空にまで侵入を成功させる。
「よし、あの辺りに飛んでいってくれないか? あの窓から入れば、あたしの部屋には辿り着けるからさ」
城の近くまで来ると、パーシーはそんな指示を出す。普通に考えて、無断でキメラを城に引き込むなど、反逆罪に問われても仕方がない。それでも、パーシーはキメラを守ると決めているのか、躊躇うことなく引き入れる。
窓から簡単に侵入を果たした二人は、そっと足音を立てないよう、息を潜めて廊下を歩く。そして……。
「キメラ、お前は、ここに居ろ。あたしは、正規の手続きでまた戻ってくるからさ」
パーシーの部屋だというその場所は、とても殺風景で、一応最低限の家具があるのみという部屋だった。その場所にキメラを残したパーシーは、即座にまた窓から脱出し、城の門の前まで飛んでいく。
パーシーがキメラの元に戻ってくるのは、それから一時間以上が経過した頃だった。