第二十話
「ふゆ? 調査隊?」
レイラに調査隊に入ってほしいという話は、すぐに伝えられることとなった。それほどに、このことが重要だということでもあるが、単純に時間がないという事実もあった。
「そうだ。もし、レイラが断りたいなら、あたしがシェラを説得するけど、どうだ?」
実際のところ、これは命令であるため、パーシーがどんなに言ったところで覆すことはできない。それでも、パーシーはレイラのためにそう言ってみせる。
隣でパーシーと一緒に座っているモナは、そんなパーシーを心配そうに見ながら、レイラへも気遣わしげな視線を送る。
「ふゆ……調査隊のメンバーって、誰?」
「あっしとお頭以外に、レイラが知らない三人が入るっすよ」
「ダモンと、アレイル、ガットの三人だ。全員男だし、アシュレーほどじゃなくとも背が高いやつも居るから、レイラは怖いかもしれない。でも、できるだけ近づけさせないようにはするつもりだ」
かつて、レイラは初めて出会ったアシュレーに酷く怯えたという事実がある。そして、それにショックを受けたアシュレーが、試行錯誤の末、血迷ったとしか思えない方法でレイラから怯えられなくなる状態を勝ち取ったりもしたのだが……それは、また別の話だ。
「ダモン、アレイル、ガット……ふゆっ、覚えたの! なら、一緒に行くの!」
パーシーもモナも、レイラが難色を示すなり断るなりすると思っていたらしく、戸惑ったような表情を見せる。
「レイラ? その、三人は一応、キメラへの悪感情はそこまで持ってないとは思うけど、モナみたいなすっからかんじゃないんだぞ?」
「お、お頭? ちょっとそれは酷くないっすか?」
「ふゆっ、そうなの、パーシー、メッ、なの! モナは、すっからかんじゃなくて、単純なだけなの!」
「レイラ!? 微妙にフォローになってないっすよ!?」
「……ふゆ??」
よく分かっていないらしいレイラだが、その様子こそが、モナへとプラスのダメージを与える。
「……まぁ、モナのことは置いておいて、とにかく、この三人は簡単にはいかないってことだ」
「ふゆ? でも、今後はそうゆう人とも接することになるのっ。むしろ、もっと酷い人とも接することになるの! だから、お姉ちゃんは私に今の内に慣れさせたいのと、功績を立ててほしいのとで、パーシーに依頼したんでしょう?」
「なっ」
「っ……」
レイラは、けしてバカではない。それを理解していなかったモナと、理解している気になっていたパーシーは、どちらも言葉を失う。
レイラが言ったことは、確かにシェラの考えで間違いなかった。
シェラの妹という地位も、氷晶宮の主という地位も、高い地位ではある。しかし、だからこそ、キメラであるレイラがその地位を得ることに反発する者とて存在する。レイラを王にと考える愚か者はほぼ居ないとしても、そればかりはどうにもならないことだった。
「もうすぐ、私もお仕事が始まるんでしょう? だから、その前に、私が攻撃されないように、少しでも功績をっていうのが大きい、のかなぁ?」
シェラから宣言を受けたとはいえ、レイラはまだ、氷晶宮の主としての仕事はしていない。それには多少、準備期間が必要となるから、という理由はあれど、未だにレイラが氷晶宮へ訪れてすらいないのは、まだ、レイラへの認識があまりにも混乱しているからというのが大きい。
「私も、お姉ちゃんを守りたいの。妹だとゆってもらえるなら、私は、全力で頑張るの!」
レイラのその幼い外見ゆえに、あまりにも大人びたその言葉は、パーシーとモナへ衝撃を与えるのに十分なものとなった。
「あ、お、おぅ、そっか……」
「レイラ……あっしよりもしっかり者なんっすね……」
いくら思惑があろうとも、レイラには酷な任務だと反論した二人は、しどろもどろになりながら、レイラの決意にうなずく。
「えっと、あのね、それでね、聞きたいことが少しあるの」
ただ、力強く宣言したわりに、レイラは次の質問を躊躇っているのか、そわそわとし出す。その様子は、小動物がちょこちょこと動いているような愛らしさがあり、ついつい、パーシーとモナの頬も緩む。
「何だ? どんな質問でも良いぞ?」
もしかしたら、もう別の話に飛ぶのかもしれない。いや、恐らく、パーシーもモナも、それを確信していたのだろう。だからこそ、レイラの質問に、二人は凍りつくこととなる。
「えっとね? うっかり森を全部焼き払ったり、氷漬けにしちゃったら、怒られる……?」
あまりにも規模がおかしな質問。
モナはすぐに我に返って、『またまたぁ、レイラは冗談も大規模っすね!』とか言っているが、レイラが永劫の森を知っていて、なおかつ、あの亀に対して使用したと思われる未知の魔法の威力を知っているパーシーとしては、冗談だろうと笑うこともできない。
「……頼むから、それは止めてくれ」
「えっ? お頭?」
「……ふゆ、頑張るの」
「えっ? レイラ?」
一人、事態についていけてないモナはオロオロとするが、パーシーもレイラも、それに応えることはない。そんな微妙な空気になりながらも、調査隊派遣の日は、すぐそこまで迫っていた。




