第十八話
レイラがモナと楽しく過ごしている頃、シェラの元には緊急の報せが入っていた。
「永劫の森に、悪魔の痕跡、ね……」
他の仕事よりもこちらが重要だと、シェラは主要人物達を集めて対策会議を開いていた。
「報告によると、狩りに出ていた者が被害に遭い、ともに同行していた子供が命からがら逃げたことで、判明したとのことです」
報告を読み上げる騎士の声に、辺りには沈痛な空気が漂う。
被害に遭ったのは、狩りの練習に来ていた親子であり、その子供は、目の前で父親を殺害されたのだ。
騎士が読み上げたものよりも詳細な報告は、この会議に参加している全員が把握していた。子供の心情を思えば、すぐにでもその悪魔を討伐したいところでもあったが、それは難しいのだと、誰もが理解していた。
「……永劫の森の捜索は、厳しいわね」
『永劫の森』は、かつて、パーシーがレイラを初めて目にした森のこと。
「うむ、いたずらに騎士を死なせるわけにもいきますまい」
同意するのは、元老院長のギウス。その傍らには、双子の姉弟、エルとカーターも居る。
ヤギのようなヒゲを撫でつけるギウスは、そのままシェラへとまっすぐに視線を向ける。
「はてさて、陛下はどうするおつもりで?」
レイラは何ともない様子ではあったものの、あの『永劫の森』には、凶悪な魔物が多数生息している。浅瀬であれば、狩りの練習くらいはできる場所もあるが、奥に進めば進むほど、異様なまでの強さを持つ魔物が闊歩しているのだ。
「……まずは、調査隊を送るわ。調査内容は、悪魔の存在の有無と、被害者の亡骸、もしくは遺物の捜索と回収よ」
王としては妥当な判断。ここで、一気に騎士を投入すれば、どれほどの犠牲が出るかは分からないのだから。
「調査隊のメンバーは、パーシーの部隊。そして、その中にレイラを組み込むわ」
「なっ、レイラをっ!?」
声をあげたのは、パーシー。いや、声をあげたそうにしているのは、他の将達も同じだ。対して、ギウス達はといえば、面白そうに見つめていたり、信じられないという表情だったりと様々だ。
「えぇ、レイラなら、この任務を果たしてくれると信じているわ」
理由を話すでもなく、そう言うシェラへ、パーシーは苛立ちのままに声を荒らげようとして、隣に座っていたフィスカから止められる。
「フィスカ!? どうして!」
「……今は、陛下の話を聞きましょう」
レイラを何としてでも守りたいシェラが、レイラを容易く危険に晒すはずがない。そんな考えでも持っているのか、フィスカは冷静に、シェラの姿を見つめる。
「っ……」
パーシーは、フィスカに止められたことによって、とりあえずは食ってかかるのをやめたようで、大人しくなる。
「ふむふむ、あのキメラを、ですかな? しかし、いかに陛下の妹だと宣言されたとはいえ、キメラを信じられない者の方が多いと思いますがのぉ?」
「えぇ、でも、これくらいは越えてもらわなければ困るわ。レイラは、私の妹なのだもの」
答えているようで答えにはなっていない。しかし、それ以上をシェラが話すつもりがないと悟ったらしいギウスは、そこで引き下がる。
「では、まず調査隊の報告を待つとしようかのぉ」
「えぇ、他に、何か意見がある者は? ……なら、次の議題に移るわよ」
特に意見を述べる者がいなかったために、話し合いは次へと移っていく。
「次は、禁域付近での密猟に関して。報告を」
「はっ!」
悪魔の痕跡以外にも、早く決めなければならないことは多い。そのまま、会議はしばらく続き、五時間後に、ようやく終わる。
取り決めのために増えた仕事は多いものの、確実にこなさなければならない。
シェラは、執務室へと戻ると、すぐにそれに手をつけようとして……将達から注目を浴びている現実をチラリと見て、ため息を吐く。
「質問があるなら、聞くわ」
そんなシェラの言葉に、真っ先に口を開いたのはパーシーだった。
「なんで、レイラを部隊に組み込もうと思ったんだ?」
予想通りの質問に、シェラは一つうなずいて、その理由を語り始めた。




