第十七話
「『守れ、守れ、個人情報。防げ、防げ、侵入者。不審者へ容赦は不要にて、殲滅上等、撲滅推奨』」
「ひっ! レ、レイラ?」
今までの詠唱とは異なり、何やら物騒な言葉が多分に含まれている。
頬を引き攣らせるモナに気づかないレイラは、そのまま詠唱を続ける。
「『鍵となるは、我なりて。半身もともに、同じもの。開け、万能金庫』!!」
黄金の魔力がレイラの全身から溢れた。そう思った直後、レイラの目の前には、黄金の金庫が現れる。見た目はダイヤル式の金庫であり、レイラでも両手で抱えられそうな大きさだ。
「……ふゆっ、モナ、防犯機能、試してみたいの!」
「えっ……? レ、レイラ? まさか、あっしに実験台になれって言ってるわけじゃあないっす…………よね?」
あれだけ、『殲滅』だとか『撲滅』だとか告げるような詠唱だ。それを無理に開けようとすれば、どんな報復が行われるのか分かったものではない。
「ふゆっ!? そうだったのっ! モナを犠牲にしちゃ、メッなの!」
「は、ははっ……」
レイラの『犠牲』、という言葉を聞いて、モナは乾いた笑い声を漏らす。
無意識なのだろうが、モナにとって、恐ろしいことこの上ない。
「……ふゆぅ……実験ができないと、上手くできたか分からないの……」
残念そうにするレイラへ、モナは必死にその頭で打開策を考えているらしく、レイラとともにウンウン唸る。
「罪人……いや、でも、さすがにこれは……。いや、そもそも、『万能金庫』じゃなければ……?」
ブツブツと呟くモナは、その隣で呟いているレイラには気づかない。
「ふゆぅ……お姉ちゃんに敵対する人、どうにか誘導して……でも、後が大変だから、そっちの計画も立てなきゃ」
いや、可愛い顔で、純粋に黒いことを考えているレイラの様子に気づかずにすんだのは、幸運なことだったのかもしれない。
「レイラ、あのっすね? その日記、『万能金庫』の実験手段が見つかるまでは、こっちで用意する金庫に預けてみないっすか?」
「ふゆ? モナが、金庫を用意するの?」
「はいっす! あ、でも、ちゃんと暗証番号は見ないっすから、安心して良いっすよ?」
モナの提案が意外だったのか、レイラは目をまん丸にして驚く。そして、しばらく考えたかと思えば、大きくうなずいた。
「ふゆっ、分かったの! なら、実験のあてができて、成功を確認するまでは、その金庫に預けるの!」
「あっ、実験に関しても、お頭に相談してみるっすから、それを待っててもらえないっすか?」
「ふゆっ!? ほんと? なら、お願いするの!」
早速、世話係としての役目を果たすモナ。しかし、モナもまさか、その会話がシェラの敵対勢力を救うものとなっているとは思わない。
「任せるっす! あっ、他にも、やりたいこととかあれば、あっしに言ってみてくださいっすね? 一人で考えるより、二人の方が良い時もあるっすし、あっしが解決策を持ってることもあるっす!」
「ふゆっ! 分かったの! 色々とお願いするの!」
世話係として本分を発揮するモナへ、レイラはキラキラとした尊敬の視線を送る。
もし、この状況がパーシー達に知れれば、盛大に嫉妬されることは確実だが、モナがそれに気づくのは、もう少し先の話し。
「ふゆっ、それなら、モナ。お願いしたいことがあるのっ」
今思いついた、とでもいうようなレイラの反応に、モナはしっかりと応える。
「なんっすか??」
「えっとね? お姉ちゃん達に、プレゼントしたいのっ!」
それは、先程モナが、似顔絵を家族に贈る、という話をしていたことから得た発想らしく、レイラはニコニコとモナへと聞く。
「あのね、絵を贈るのと、もう一つ、何か贈りたいと思うの! でも、どんなものが良いのか分からないの……」
可愛らしいその悩みに、モナは頬を綻ばせる。それは、本当に、ただの人間が悩んでいるのと同じで、ともすれば、レイラがキメラだという現実を忘れてしまいそうになるものでもあった。
「そうっすねぇ……。あっしも、お頭達の好みを知ってるわけじゃないっすけど、レイラから贈られるものなら、何だって嬉しいはずっすよ?」
「ふゆっ、それじゃあメッなの! ……それなら、贈らない方が良いものはある?」
「贈らない方が良いもの? うーん……そうっすねぇ……身につけるもの、となると、もしかしたら普段は使ってもらえずに、保管されることになっちゃうかもしれないっす」
「ふゆ?」
どうしても何かを贈りたいらしいレイラへ、モナは懸命に返事をしていく。
「陛下や将の方々は、基本的に高級なものを身につけてるっす。だから、その……」
「ふゆぅ……私が作るのは、高級じゃないから、普段は難しいってこと??」
「そうっす、ね……。服の中に隠せたり、実用的なものだったらまた違うと思うんっすけど……」
「隠せる……実用的……」
この時、モナはまさか、レイラがあんなものを贈るとは思ってもいなかった。しかし、確実にモナの助言を受けてのことだということは、誰の目にも明らかなものであり、モナはもちろん、シェラ達ですら、硬直すること請け合いのものを、レイラは作り上げることとなる。
「ふゆっ! 分かったの! 色々考えてみるの!」
そう言って、レイラはもう一度お絵描きをするつもりらしく、画材を持って、いそいそとお絵描きを開始していた。
……詠唱、遊び過ぎたかなぁという自覚はありますが、ま、まぁ、このくらいは(笑)
それでは、また!




