第十五話
レイラが引き起こした……いや、巻き込まれた事件の余波は、随分と広範囲に広がっていた。それは、バルスフェルト城に収まることなく、大きな波紋となり、方々へと歪に変化しながら伝わる。
そう、例えば、人類の敵にも、伝わっていてもおかしくはなかった……。
「へぇっ、キメラが、ねぇ? どう思う? ヤト?」
「そうですな。とりあえずは、捕らえてみることが一番ですな」
「あら、まだるっこしいのは嫌いよ。捕らえる必要なんてないじゃないのよ。サクッと殺しちゃいましょう?」
「うん! 僕も、それに賛成! 僕らの言うことをきかないキメラなんて、イラナイんだよっ」
「おやおや、血の気が多いですな。では、それぞれに動いて、それぞれのやりやすいように、ということでどうでしょうな?」
薄暗い、どこかの部屋。そこで交わされる会話は、随分と物騒だ。
三つの人影は、周りを気にすることなく、ただ楽しそうに会話を続ける。
ヤトと呼ばれた存在の提案に、ニタリと笑った気配が生まれ、そこから機嫌が良さそうな声も聞こえてくる。
「そっかそっか、じゃあ、早いもの勝ちだねっ」
「あら、それなら、私も楽しくやれそうね」
「では、そのようにしましょうな」
不穏な気配はひっそりと。しかし、確実に、レイラへと迫ってきていた。
レイラという存在について、レイラの中に存在していたシェラを含め、正確に理解している者は誰も居ない。それは、ある意味当然のことでもあるのだが、理解する努力というのは確実に必要だった。そのため……。
「レイラ。今日から、レイラの世話係になるモナだ。モナには、レイラがしてほしいことを言えば、大抵のことはやってくれるから、あたし達が居ない間、仲良くやってみてくれないか?」
「ふゆ? モナ??」
努力はしたい。しかし、物理的に時間が取れない。そういうわけで、シェラ達が別の人間を介入させるという手段を取るのは、特別なことではなかった。むしろ、毒キノコを食事に入れられるなんてことが起こった今、レイラの護衛のためにも、誰か信頼できる人物をレイラの側に置くのは必要なことだったのだろう。
レイラの呼びかけに、ガチッと固まるのは、深緑の髪を四方八方に跳ね上げた少女。パーシーよりも幼さが際立った顔立ちではあるものの、これでも十七歳だ。瞳の色もまた、髪と同じ深緑で、そこに見えるのは、恐怖一色だった。
モナの姿を警戒しながら見ていたレイラは、うさ耳をピンと立て、じっと、モナの姿を見つめる。パーシーの物と少し似た雰囲気の隊服を着る彼女は、パーシーの直属の部下でもある。
しばらく、レイラもモナも、じっと動かないままに、お互いを見つめる。
「おい、モナ。挨拶くらいしろよ」
「だ、だって、お頭! キメラっすよ!? あっし一人じゃとてもじゃないけど太刀打ちできないキメラっすよ!? なのに、こんなに可愛いキメラっすよ!??」
幼さの残るその顔で、独特な口調で捲し立てるモナ。しかも、その声は随分と大きく、レイラはビクッとそのうさ耳を押さえる。
ただ、モナの最後の言い分が意外だったのだろう。レイラは、モナから逃げることなく、その場で再びモナへと視線を向ける。
「モナ、もう少し声を抑えろ。レイラは耳が良いんだから、お前の声はかなりうるさいはずだ」
「っ、うっす!」
先程より声量を落としたモナの返答にうなずいたパーシーは、『それから』と続ける。
「この子の名前は、キメラじゃない。レイラだ。そして、レイラが最強なのは当然だし、レイラが可愛いのは世界の真理だ」
「う、うっす!」
戸惑いながらもうなずくモナは、きっと、随分と真面目な性質なのだろう。チラチラとレイラへ視線を移しながら、しっかりと納得している様子だった。
「け、けど、お頭ぁ。あっし、世話係っていっても、何をすれば良いんっすか? 自慢じゃないっすっけど、あっしに家庭的な能力はないというか……」
「それに関しては期待してないから大丈夫だ。モナは、レイラの要望を聞くのと、仲良くなるのと、護衛が仕事だ」
『護衛』というパーシーの言葉で、モナはその表情を、情けないものから真剣なものへと切り替える。
「……なるほど、確かに、こんなに可愛いと、色々とあるっすよね」
「あぁ、そうだ。だから、護衛が必要なんだ」
モナは、レイラのうさ耳と翼へと視線を向け、パーシーはその意をしっかりと汲み取って肯定する。
可愛いうさ耳も翼も、キメラである証左。キメラだからこそ、狙われるということを、モナとパーシーは言外に認めていた。
「ふゆ??」
意味が分かっていないらしいレイラが首をかしげると、途端にパーシーの表情は緩むが、それでもすぐに、真剣な表情へと戻る。
「レイラ。モナと仲良くなってくれるか?」
レイラの両肩に手を置いて尋ねるパーシーに、レイラはしばらくモナを見つめた後、小さくうなずく。
「そうか……。なら、モナ。今日から、頼めるか?」
「もちろん、それは良いっすよ! しっかりとレイラの友達になるっす!」
意気込むモナに、パーシーは安堵の表情を浮かべる。
「頼む。それじゃあ、レイラ、また後でな」
そう言って、パーシーはまだまだ大量に残っている仕事を片付けるべく、レイラの部屋から退室していった。




