第十三話
「「「はぁぁぁあ……」」」
そこは、ロゼリア王国の城、バルスフェルト城。その中でも、国王の執務室という特別な場所で、三つの盛大なため息が響く。
「仕事が、終わらない……」
「仕方ないこととはいえ、この量はさすがに……」
「僕、あの時、パーシーと一緒にレイラの側に居れば良かったかも」
シェラ、フィスカ、マディンの三名による嘆きは、膨大な書類を前に虚しく響くのみ。
レイラが巻き込まれたあの災厄とも呼べる亀の襲撃事件。
ただでさえ仕事が膨大だったのに加えて、それの事後処理という作業が加わったがために、シェラ達は、ほとんど睡眠も取らずにモクモクと仕事を続けるはめになっていた。当然、レイラとの約束も延期となり、それぞれにその旨を伝えてはいる。
「癒やしが……レイラがほしいぃぃっ」
「諦めてください。代わりのぬいぐるみくらいならいくらでも投げつけてあげますから」
「レイラとベルと、睡眠……食事…………」
普通に嘆くシェラと、冷静そうに対応しながらもどこか荒っぽいフィスカ、わりと思考が壊れてきている可能性大なマディン。
ちなみに、ここに居ないパーシーも、仕事に忙殺されてウンウン唸っている状態だし、アシュレーも部隊の取りまとめのために奔走している状態だった。
現時点で、あの亀がどこからやってきたのかは判明していない。そして、その死骸は、翌日には跡形もなく消えていて、そちらの調査までしなければならない。当然、訓練所の復旧業務もあれば、各所への説明も色々と……本当に色々と、大変だ。
パーシーがその日のうちに目覚めてくれたのは幸いだったものの、その後にあまりにも大量な仕事を前にすることとなったパーシーの心情を思えば、一言に良かったと喜ぶのも難しい。
「問題は……原因を突き止められていないこと、ですよね……」
少しばかり荒れ狂っていた面々も、目の前の書類をモクモクと捌いていれば、少しは落ち着いてもくる。そんな中、フィスカが呟いた言葉に、誰もが無言となる。
現在、あの亀は悪魔の手先であるという考えを持って、レイラを排除しようと目論む者が出てきている状態だった。レイラがそれを引き込んで、軍事施設の破壊を敢行したのだと主張しているのだ。
もちろん、そんな証拠はどこにもないが、逆に、そうではない証拠とて存在しない。しかも、亀の死骸が消えてしまったことから、調べることも限界がある。つまりは、完全に行き詰まっていたのだ。
「……レイラなら、何か分かるかしら……」
できる限り、ドロドロとした世界から引き離して守ろうとしていたレイラへ調査の協力依頼をするのは、普段のシェラならば絶対に口にしないことだった。
「レイラへの事情聴取かい? それで、少しでも何か分かるなら、それに越したことはないけど…」
「そうですね。今のわたくし達には、きっとレイラが必要です。すぐに呼んてきましょう!」
『レイラに会って癒やされたい』という思いは、何もシェラだけのものではない。むしろ、フィスカもマディンも深刻なレイラ不足に陥っていた。ただし……この行動によって、また別の問題が浮上することとなるとは、誰も思っていなかった。ついでに、それで破壊活動をフィスカ自身が、推奨することとなるということも……。
嬉々としてレイラを迎えに行くフィスカ。その足取りは軽く、とても三日三晩、仕事を続けているとは思えないものだった。
(そういえば、この数日、レイラのご飯は料理人に任せていますが、ちゃんと食べているでしょうか?)
むしろ食事をおろそかにしているのはフィスカ達の方なのだが、それでもフィスカは、束の間の仕事からの開放感によって、レイラの方へと意識が向く。
(何か、わたくしが作らなかった料理があれば、それが好きかどうか、聞いてみるのも良さそうですね)
フィスカは、水の将という立場で、貴族の娘という立場も持っているのだが、料理が大好きだった。そのため、パーシーがレイラを連れて来た頃からつい最近まで、フィスカはずっとレイラの食事を提供していたのだ。
レイラを隠さなければならなかったがゆえの措置。そして、隠す必要がなくなった今は、仕事も忙しいということで、城の料理人へ食事を任せていたのだった。
ただ、この時のフィスカは……いいや、フィスカだけでなく、シェラ達全員、呑気過ぎた。それを自覚することとなったのは、レイラの部屋の扉を開けた直後。
「レイ――――」
床に倒れて、苦しそうに息をするレイラ。その姿に、フィスカは慌てて駆け寄る。
「レイラっ!?」
青い顔のレイラは、そんなフィスカの声にゆっくりと目を開ける。
「……ふぃー……?」
フィスカがレイラを抱きかかえれば、その小さな体が、あまりにも熱いと気づいたらしく、慌ててそのおでこへ手を当てる。
「とりあえず、この熱は危険ですので冷ましますっ。『水球』!」
拳大ほどの水の玉をいくつも作って、フィスカはレイラの頭や首、脇や足の付根などへとそれらを滑らせていく。そうして、レイラをベッドへ運ぼうとして……ようやく、その異変に気づいた。
「なん、ですか。これは……」
ベッドのサイドテーブルに置かれていたのは、明らかに毒々しい色をしたキノコのスープ。
それは、人を容易く死に至らしめるキノコではあるが、間違って料理に入れられるような見た目でもない。真っ赤なカサに、黒い小さな星のような点がいくつも散りばめられたそれは、明らかに悪意を持って入れられたものだった。
明らかに、それへ手をつけたであろうレイラ。それに気づいたフィスカは、すぐさま解毒の魔術を行使して、そのままレイラを抱えて飛び出す。
向かう先は当然、シェラ達の居る執務室だった。




