第十二話
それだけの轟音が響いても、パーシーが目を覚ますことはない。それだけ、ダメージが大きかったというのもあるのだろうが、その事実は、レイラにとって受け入れがたいものでもあるようだった。
「パーシー……?」
目覚めない大切な人。そして、こちらへ攻撃を仕掛けてくる敵。それを前に、レイラは暴走を始める。
「……敵、やっつけるの。でも、お姉ちゃんに、連絡もしなきゃ、なの……」
随分と据わった目で眼下の亀を睨むレイラ。そのレイラの瞳は、すでに瑠璃色から黄金へと変貌を遂げている。
甲羅がまるで岩山のようにゴツゴツとした亀は、そのレイラの変化を感じ取ったのか、ゆっくりと口を開けて咆哮する。
「ギュオォォォォオッ!!」
大地を揺るがすその咆哮。それに対してレイラが取った行動は、回避。たかが咆哮ではあるものの、それは威力を伴う咆哮。パーシーを抱えたまま受けるわけにはいかなかった。
《お姉ちゃん、助けて!》
そして、その間に、魂の繋がりを通じて、一方的にシェラへと連絡を入れたレイラは、大きく翼を広げ、パーシーを抱えた状態で凄まじい勢いで飛び始める。
「『赤く、熱く、染めゆくもの』」
しかも、飛びながら行うのは、魔法の詠唱。
「『白く、鋭く、貫くもの』」
通常、魔法の詠唱には集中力を必要とするため、何かを行いながらの詠唱はあり得ない。
「『狂い狂いて、咲き誇るは、憤怒の華』」
凄まじい速度で飛ぶレイラを、亀はギョロリと目玉を動かし、睨む。
「『赤き華と、白き華』」
背を見せるレイラを、亀が狙うのは容易くも見える。
「『地より裁きを、天より罰を』」
しかし、それは錯覚だ。
何らかの攻撃をしようとしたらしく、首を大きくしならせた亀は、次の瞬間、それを知る。
「『開演の時は今、満ちた。雷炎地獄道!』」
その瞬間、亀の上空から、無数の雷が降り注ぎ、亀の足元から、真っ赤な炎が吹き上がる。
それはさながら、世界の終焉を思わせるほどに、凄まじい威力を誇る広範囲魔法。雷と炎のサンドイッチは、亀の甲羅を容易く砕き、悲鳴を呑み込む。
亀の攻撃とは比較にならないほどの轟音と揺れ。しかし、レイラはパーシーがその音によって無理に起きてこないように、いつの間にか、パーシーの周囲に結界を張っていた。
「……うるさいの。さっさと、消えて?」
ただ、亀の悲鳴が聞こえているはずのレイラの表情は、あまりにも冷たかった。
雷と炎に挟まれて悶え苦しんでいる亀に向けて、冷酷に言い放ったレイラは、さらなる詠唱を始める。
「『静謐なる調べが響く』」
魔法を発動させながら、さらに魔法を発動させるのは、もはやあまりにも高度な技術が必要であるせいで、現在、誰一人としてそれを行える者は居ない。
「『堅牢なる槍は静を纏う』」
それでも、レイラはそれを完成させるべく、詠唱を続ける。
「『貫くものは、その核たるもの』」
膨大な魔力は、惜しみなく、新たな魔法へと注がれる。
「『永遠の時へと、導く定め』」
先程の魔法……いや、それ以上の黄金の魔力が、レイラから発せられる。
「『終わりの時は、今ここに。零刻!!』」
その瞬間、時間が止まった。……いや、時間、ではない。亀の動きと、『雷炎地獄道』と呼んだその魔法が止まった。そして……。
「ギュ……ゴ……」
唐突に、亀はその巨体をズシンと完全に地面へと落とす。それ以降、この亀が動き出すことは、永遠になかった。
「レイラ!!」
全てが終わった頃になって、血相を変えたシェラが、レイラの元へと飛んできた。当然、パーシーが使うことを失念していた転移ルートを辿ってのものだったが、レイラの姿とパーシーの姿だけでなく、岩山のように見える亀の死骸を目にして、シェラは思わずといった具合に立ち止まる。
「……これは……いったい……?」
呆然と呟くシェラを前に、レイラはシュンとうさ耳を垂らして、涙目で告げる。
「それよりも、パーシーを助けてほしいのっ!」
そもそも、レイラがシェラに助けを求めたのはパーシーのためだ。亀と対峙したレイラの表情に、全く恐怖が見えなかったことからも、それは歴然としている。
「は? パーシー? え? 何で寝て……?」
「違うの! パーシー、アレに吹き飛ばされて、目を覚まさないのっ!」
混乱するシェラに、レイラはただただ、事実のみを述べているのだが、当然、そんなことで理解ができるはずもない。
「っ、フィスカもすぐに来るから、まずは私が診るわ!」
理解できないながらも、パーシーが攻撃を受けて目覚めないという言葉の意味くらいは理解できたらしいシェラは、すぐにパーシーへと駆け寄り、診察を始める。
「……怪我は……耳以外は、ないみたいね。これなら簡単に治るわ。それに、特に呪術を受けてる様子もないし……多分、しばらくしたら目覚めるわよ?」
「ほんと!?」
「えぇ、だから、何があったのか、聞かせてくれる?」
未だに困惑しながらも状況説明を求めたシェラに、レイラは大きくうなずく。
「もちろんなの!」
そして、この出来事が、しばらくの間、シェラ達を悩ませることになるのは、まもなくのことだった。
後に、第一の災厄と呼ばれた亀だったが、あまりにもあっさりとレイラに討たれたため、歴史的にもサラッとした説明のみで終わる話として伝わる。
本来の力だとか、なぜ、その場に現れたのかなどは、千年以上前の歴史、もしくは千年以上先の未来を見知っていなければ知ることはできない。そして、今のこの世界中で、それを知る者はあまりにも少なく、千年以上先の未来にて、ようやく、判明する話だった。




