第九話
「ふゆ……ここが、第三訓練所……」
ただでさえ丸々とした目を、さらにまん丸にしたレイラは、パチパチと瞬きして、第三訓練所の入り口で立ち尽くす。
第三訓練所。通称、環境ジャングル。その場所は、様々な環境が用意された、特殊な訓練所だった。
入り口は、文字通りのジャングルであり、現在は存在しないものの、それ用の訓練時には、いくらかのジャングルに生息する魔物を放ち、それに対処する訓練を行ったりする。実際にそこに寝泊まりする訓練もあるというから、解き放たれる魔物も、それなりに危険なものを集めている。特に、虫系の魔物は訓練者達を追い詰める。
次に、入り口から奥に進んだ左手側は、砂漠となっている。さすがに天候までは操れないので、訓練時は、その灼熱状態のみを炎の魔術で演出している。当然、危険な魔物を放つのも同じで、地上のみならず、地中まで警戒しなければならない。
砂漠の左手側には、鬱蒼とした森が続いており、ジャングルよりはマシと思われることも多いが、ジャングル以上に急勾配があったり、崖があったりと、移動に難がある場所となっている。魔物達は、そこを自由自在に駆けるものばかりで、背後からの強襲に怯えることとなる。ロゼリアの騎士達の初年度の訓練場所として活躍するところでもあり、ここで多くの脱落者が出る。
最後に、それら全ての場所のさらに奥に存在するのは、大平原だ。遮蔽物が全くない場所での地中や上空からの魔物への対処は、そこそこに骨の折れるものらしい。特に上空の魔物に対しては、攻撃手段が限られるため、必ず苦戦することとなる。
そんな訓練所の説明を受けて、レイラはじっとジャングルを見つめ、首をかしげる。
「ふゆぅ……? 外からだと、そこまで広いとは思わなかったの」
「あぁ、ここは、創世王が空間を歪めて作った訓練所だから、中の広さが何十倍かくらい広くなってるらしいぞ?」
『原理までは分からないけどな』と言いながら説明するパーシーに、レイラは大きくうなずく。
「ふゆっ、とにかく広いの!」
「そうだ! それさえ分かれば上出来だっ」
原理が分からなくとも、そういうものだと思っておけば問題ない、とでも言いそうな二人に、ツッコむ者は誰も居ない。
「っと、そうそう、魔力検査は、平原エリアで行うことになってるから、そっちに行くぞ」
「ふゆっ!? このジャングルを越えるの!?」
「いや、一応、管理用のルートがあるからそれで行くか……飛んでいけば問題ないぞ」
レイラが目をキラキラさせて、翼をピコピコと主張させていることに気づいたパーシーが、付け足すように『飛ぶ』という選択肢を提示する。本来は、管理用の転移ルートというものが存在し、その道を使えば、いつの間にかそれぞれのエリアの入り口に転移させられるというものだったりするが、翼を持つレイラとしては、これだけ広大な場所で飛べるということの方が重要なのだろう。
「ふゆっ! 飛ぶの!」
「おうっ!」
ただし、パーシーはそこでレイラを止めるべきだった。何せ、パーシーはレイラがどれだけの速度で飛べるのかを知っていたのだから。そして、パーシーではそれに追いつけないと理解していたはずなのだから。
「ふーゆっ!」
タッと駆け出して飛んだレイラを微笑ましく見ていられたのは、数秒ほど。ある程度のの高度に上がったレイラは、一気に加速して、パーシーの視界から姿を消す。
「……はっ! レイラー!?」
大慌てでパーシーも風の魔力で飛ぶものの、すでにレイラの姿は小さな点になっている。
「ちょっ、待って!」
パーシーは、この時点で、転移ルートを使えば何も問題はなかったのかもしれない。しかし、慌てたパーシーは、そのまま飛ぶという選択をしてしまう。その結果……。
「ぜぇ、はぁっ、はぁ……」
「ふゆぅ、置いていって、ごめんなさいなの……」
必死にジャングルエリアを抜けようと飛び続けたパーシーは、息も絶え絶えで大の字に横たわっていた。
約一時間、魔力を使って飛び続けていたパーシーは、背後にパーシーの姿がないことに気づいたレイラが引き返したことによって、ようやく地面に降り立ったのだ。ただし、浮遊魔法は、魔力だけでなく体力も消耗するため、一時間もの間全力で飛び続けたパーシーは、グッタリとするはめになったのだった。
「つ、次からは、あたしも、一緒に、連れてってくれ……」
一応、念の為にと持ってきていた皮袋で水を飲んだパーシーは、どうにかそれだけを言って、レイラの頭をポンポンと撫でた。
パーシーよりもよほど速く飛んでいたはずのレイラは、全く疲れも見せずに神妙にうなずく。
「ふゆっ、分かったの! ちゃんと、パーシーを抱えて飛ぶの!」
そして、素早く、まだ動く様子のなかったパーシーをお姫様抱っこの状態で抱えると、パーシーが何かを言う前に、凄まじい速度で飛び始め……平原エリアに着く頃には、目を回すパーシーと、平謝りのレイラという図式が出来上がっていた。




