第七話
具体的な予定の日程まで決めた後、レイラは疲れていたのか、ウトウトとし始める。
「レイラ、眠ってて良いわよ。私達も、そろそろ仕事に戻るし」
「ふゆ……」
目をコシコシとして、ちょこんとシェラの裾を掴むレイラ。今にも眠ってしまいそうなレイラを見て、その場には和やかな空気が流れていた。
「おねぇ、ちゃん」
「えぇ、何かしら?」
「もう、きけん、ない?」
「えぇ、大丈夫よ」
眠気と必死に戦いながら、どうにか言葉を紡ぐレイラ。それに優しく応えたシェラは、レイラをベッドに寝かせて、そっと頭を撫でる。
「よかっ、た、の……」
そう言ったっきり、レイラはすぅすぅと小さな寝息を立てる。それをしばらく観察していたシェラ達は、静かに部屋を出て、それぞれの仕事へと戻る。
国のため、家族のため、レイラのため……。やることは山ほど存在するのだから。
「国王陛下におかれましては、ご無事の帰還、何よりでございます。本日は、こちらの事業の提案を――――」
「国王陛下、ご無事で何よりですわっ。本日は、仕立て上がったドレスをお持ちしておりますが――――」
「国王陛下」
「国王様」
「陛下」
シェラの執務内容は、王というだけあって、多岐に渡る。三年も離れていた分、現在はフィスカが補佐を行いながらの執務になってはいるものの、本来はこれを一人でこなさなければならない。
「三年分の把握は、さすがに時間がかかるわね」
「仕方ありませんよ。その分、わたくしが把握していますし、しばらくは同じ部屋で執務ということになりそうですね」
シェラの帰還は、あまりにも急だったため、様々な問題が起きている。予定していたものが中止や延期を余儀なくされたり、逆に、早く仕上げなければならない業務が出てきたりと、しばらくシェラは執務室に缶詰め状態にならざるを得ないようだった。
「……フィスカは、あの宝剣の行動をどう見る?」
まだまだ休憩を挟める状態ではないものの、書類を捌きながらシェラは問いかける。
「……分かりません。ですが、元々あの宝剣はかつての王が、代々の王に引き継ぐと決定しただけのもの。ですから、宝剣が認める持ち主の素養というものは、王かどうかには全く関係ない可能性もあります」
ただし、シェラもフィスカも、あの『流転』に対する知識があまりない。いや、世界中を探しても、あの宝剣に関する知識など、ほとんど出てこないに違いなかった。
「その後、宝剣は言葉を発しましたか?」
「いいえ。全く」
宝剣が言葉を発すること自体が、異例中の異例。そもそも、そんな機能があることさえも、シェラ達は知らなかったのだから。
「しばらくは意思があるように見えていたけれど、今は、私が良く知る宝剣のままよ」
『何? この滅茶苦茶な書式はっ。突き返し!』などと言いながら、シェラは宝剣について語る。
「時間ができれば、宝剣について調べてみましょう」
「……そうね。時間ができれば、ね……」
終わらない書類の山。どんどん積み上がって、減るどころか増え続けるそれに、シェラは遠い目で告げる。
「大丈夫です。ある程度の引き継ぎが終われば、わたくしは、時間があまるので」
「手伝ってくれるという優しさは!?」
「一人で立派に仕事をこなせるように見守る優しさを重視しますので、残念ながら」
「それ、面倒だから放置しようってことよね!?」
「あら、心外ですね。わたくしとて、レイラに構うという重大な仕事があるので、シェラにばかりかまけてはいられないのですよ」
「うわぁあっ、フィスカがいじめるーっ」
「バカを言ってないで、さっさと読んでください」
「……はい」
そんなやり取りを挟みながら、シェラは職務をこなし、フィスカもサポートをしていく。そして……。
「そうだ! レイラの属性調査もしておきましょう!」
五歳の子供たちの属性調査申請書を見たシェラは、そんな思いつきを告げて、ササッと片手間にレイラの訓練所使用許可書を発行してしまう。
「そうですね。一応分かっているとはいえ、ちゃんとした調査は必要ですね。あ、ここならパーシーが動けると思いますので、この日にパーシーをつけて調査をしてみましょう」
きっと、シェラもフィスカも、減らない仕事を前にうんざりしていたのだろう。息抜きとばかりにレイラの話題に花を咲かせて……後々、それが膨大な仕事を呼び寄せることになるとは、二人とも、欠片たりとも予想していなかった。
それから三日後、レイラの属性調査が敢行されることとなった。




