第五話
「えっ?」
そう、声を発したのは誰だったのか。宝剣の、その強力な魔力が脈打ったという事実に、誰もが困惑し、次の瞬間には、宝剣から強烈な輝きが発せられた。
誰もが動きを止める中、宝剣はひとりでに凄まじい勢いでシェラの手を離れ、レイラの前へ飛んでいく。
「っ、レイラ!!」
慌ててシェラがレイラの名前を呼ぶが、宝剣は、レイラの前でピタリと動きを止める。そして、事態についていけてないのかオロオロとするレイラの前で、宝剣は叫んだ。
『我が主っ!』
「ふゆっ!?」
レイラが思わずといった具合に悲鳴をあげると、宝剣は一気に輝きを失い、そのまま重力に従って落ちる。
「ふゆっ!? メッ!」
ただ、宝剣が大切なものであることは理解しているレイラ。大慌てでそれをキャッチする。
「……レイラ……」
そんなシェラの声に顔を上げたレイラは、周囲の様子をそこでようやく認識する。
誰もが呆然とし、レイラを見つめる状況。あの宝剣の叫びは、この会場に居る全員が聞き届けていた。まるで、シェラは違うとでもいうかのように、シェラの手から飛び出した宝剣。そして、レイラの前で、初めて宝剣が声を発するという事態。しかも、それはレイラこそが主である、とでもいうかのようで……。
その場の者が考えたことは、ほとんど一致していた。『宝剣は、レイラを王と定めたのではないだろうか』と……。
周囲の様子が、あからさまにおかしいと気づいたらしいレイラは、そっと宝剣へと目を移す。
黄金の細工が施されたその宝剣は、創世王ハスフェルトが作製したとされる剣であり、全部で七本存在する。リオーク聖教国の『視魂の宝杖』と同じ、魔導具と呼ばれるものでもある。
その中でも、目の前のこの宝剣は、『流転』と呼ばれる王にのみ受け継がれるものだ。能力は不明だし、他の宝剣と比べれば使い道に困る代物なのだが、だからこそ、ただの王の象徴だとか、王の所有物だとかいう位置づけに甘んじていられたという背景もあった。
しかし、今はその背景よりも、『王に受け継がれる宝剣』という事実が問題となる。
「……」
しばらく、じっと宝剣へと視線を向けていたレイラは、そこからゆっくりと顔を上げて、どう言葉をかけようかと悩んでいるらしいシェラを見据える。
レイラの表情はとても穏やかで、その堂々たる姿が王に相応しいと言い出す輩が存在していてもおかしくはないと思えるほどに落ち着いたものだった。惜しむらくは、レイラがキメラであること、などと言われてもおかしくないほどに、レイラのその雰囲気はその場の将や貴族達を呑み込むのに十分なものだった。
「姉上」
「え、えぇ、何かしら?」
貴族も、そして、将であるフィスカやパーシー達も、誤解をしていた。レイラの表情が穏やか過ぎて、その心がとても落ち着いたものなのだと。ただ、シェラだけは、何かに気づいた様子で、頬を引きつらせている。
向き合っているのがレイラだけであり、シェラのそんな様子に気づく者は居ないが、レイラはそんなシェラの様子にフワリ、と微笑みを浮かべて……ミシリ、と音を立てる。
「「「…………え゛」」」
音がした場所。それは、注意深く探らずとも、容易に分かる場所だった。
レイラの手……。もっと言うならば、レイラが握った宝剣から、そのミシミシという音が、断続的に聞こえていたのだから。
「レ、レイラ? その……」
「大丈夫、です。姉上は、何も、心配する必要はない、です」
言葉を区切って、分かりやすく告げるレイラ。ニコニコと穏やかに微笑むレイラの顔をよく観察すれば、きっと誰もが気づけたはずなのだ。
その目が、全く、これっぽっちも笑っていないことに。
「この、宝剣、でしたっけ? どうやら、とんだ駄剣のようですし、ちょっとくらい、ポッキリ折っても問題なさそうですよね?」
『問題大ありぃ!!』と、きっとこの場の誰もが考えながら、それを口にする度胸のある者は誰一人として居ない。現在進行系でミシミシミシミシと音を立てる宝剣の様子が恐ろしくて、誰もが口を閉ざす。触らぬ神に祟りなし、と。
「レイラ、その、それは、大切なもの、でね?」
「大切、ね……。コレが?」
「え、えぇ、そうなの。だから、壊さないで、返してもらえると、嬉しい、わ」
明らかに宝剣に対して殺意さえにじませているレイラに対して、王とはいえ、シェラが言えるのはそれが限界だったのかもしれない。そして、それを誰かが責めることはない。宝剣がミシミシという音に対して、チカチカと点滅し始め、そのままその光を弱々しくしていく様子を見れば、誰もが目を逸らす状態なのだから。
「……そう、ですか」
『残念』とでも言いたげな様子ではあるものの、その瞬間、宝剣はレイラの手から離れ、ミシミシという音から解放される。そして……。
『感謝、する』
完全にシェラの手に渡された宝剣が、震えた声でシェラにそう告げたことで、宝剣もレイラが恐ろしかったのだろうということが判明した。ただ……。
「宝剣ごときが、姉上を裏切ったら、容赦しない」
低く告げられたレイラの言葉に、宝剣のみならず、会場の全員が凍りついたのは、言うまでもなかった。




