第三話
レイラがシェラを救ってから三日目。この日は、このロゼリアにおいて、歴史に残る一日となる。
「シェラ・ハスフェルト陛下がご帰還になられた!!」
悪魔王との戦いで深手を負ったとされる国王が、この日、とうとう復帰をしたのだ。
凱旋、というわけではないが、そんな報せに、城の中は上や下への大騒ぎとなる。
「陛下が戻られるとは、なんと喜ばしいことか!」
「フィスカ様も、これで安心でしょうなぁ」
その腹の内は定かではないものの、貴族達は一様にシェラの帰還を喜んでみせる。
本日、午後から大広間にて、シェラ・ハスフェルトの帰還を祝うパーティーを開くということで、王都に来ていた貴族達はこぞって出席を決める。地方に居て、報せが届かなかったり、届いても都合がつかなかったりした者に出席を強要することはないとしながら、その準備は急ピッチで進められた。
「シェラ、準備はどうですか?」
「もちろん、大丈夫よ。そっちはどう?」
「完璧です」
色々と周りに無茶を強いている状況の中、シェラとフィスカは、お互いに状況確認を行う。
そこは、大広間へと続く控えの間。それも、王族や将くらいしか入れない場所だ。
けっして広いわけではないが、特別なそこに立つシェラの姿は、真紅のドレス姿だった。金糸で美しい刺繍が施されたドレスに、同じく金糸の刺繍が施された漆黒のケープを纏う姿は、圧巻の迫力がある。対するフィスカは、水の将としての青い隊服をカッチリと纏っている。
「……それなら、行きましょうか」
「えぇ、わたくしは、後から行きますね」
「待ってるわね」
嫣然と微笑むシェラは、そのまま、ハイヒールでコツコツと音を立てて進む。
扉を開けてしまえば、シェラは再び、この国の王として働かなければならない。かつては王であることを厭うこともあったシェラは、今、迷いなど欠片も感じられない確かな足取りで扉の前に立つ。そして……。
「さぁ、行くわよ。#レイラ__・・・__#」
「ふゆっ!」
シェラがそっと差し出す手。それを迷いなく取るのは、やはり着飾ったレイラだった。
夜空のような紺色のドレス。銀糸の刺繍が散りばめられたようなそれは、まさに夜空を模していると取れるもの。そして、レイラの肩にかかるケープは、純白であり、紺色の糸でシェラと同じ刺繍が施されていた。
一目で対であると分かる二人の衣装。それには当然、意味がある。
レイラの手を取ったシェラは、迷うことなく、扉を開けた。
しん、と静まり返る会場。シェラの帰還を祝うために集まった彼らが目にしたのは、シェラだけではなく、キメラの少女もだったのだから、困惑や恐怖に動けなくなるのも当然だった。
本来は、拍手や盛大な音楽で出迎えるはずが、その音楽も演奏が途中で途切れる始末。そんな中でも、シェラはレイラと手を取り合ったままに堂々と玉座へと歩を進め、その手前でクルリと観客たる貴族達へと向き直る。
「今日は、私の帰還と同時に、重大な発表がある」
重々しく告げるシェラの声に、貴族達は一気に緊張したようで、身動きを完全に止める。
「皆も分かる通り、彼女は人間ではない」
そんなシェラの一言で、どこかで悲鳴があがる。しかし、それでもシェラは言葉を続けた。
「ただし、彼女は私の、血の繋がった妹でもある」
シェラの妹はただ一人。しかも、血の繋がりなど存在しない妹のみだったはずだ。それなのに、今、シェラはその事実を覆す発言をしている。
「彼女の名はレイラ。私を救うために、その身を異形としたものの、元は人間であることに間違いはないし、彼女自身も、黄金を持つ者だ」
「なっ、そんな!」
「王は一人しか居ないはずっ」
「黄金だと? バカなっ!」
そう、それこそが、シェラの本題。自分の無事を知らせることなど二の次で、今回、シェラがフィスカ達と画策したのは、レイラの存在の保証だ。
当然、レイラはシェラの妹ではないし、シェラを救うために異形となったというのも違う。そもそも、元が人間なのかどうかすら判然としない。しかし、それでも……王が『そうだ』と言えば、それが事実となる。真実がどうであるかなど、関係ないのだ。
「レイラ、見せてくれる?」
「はい、姉上」
シェラの問いかけに、レイラは畏まった口調で応える。そして、そっと目を閉じたかと思えば、レイラの体から黄金の魔力が立ち上り始める。
「私の名前はレイラ。このような姿ではありますが、ここに居る、シェラ・ハスフェルト陛下の妹です」
開いた瞳は、黄金。王しか持ち得ないとされる黄金を宿した姿に、貴族達は誰もが口を閉ざす。
魔法がある以上、瞳の色を誤魔化すことも可能だ。しかし、黄金だけは、どんな者も騙ることはできない。どんなに黄金の瞳を真似ようとしても、その色にだけは、不思議と変わらない。
だからこそ、彼らは認めるしかなかった。レイラは、キメラではあるものの、シェラの妹なのだと。それがどんなに、受け入れがたいものであっても、受け入れる以外の手段は残されていなかった。




