第二話
レイラの年齢を考えないようにしようとしたのは良いものの、それとは別に、レイラの妄想という線が消えた以上、フィスカは現実を受け止めるしかない。
「つまりは、レイラは異世界の存在であり、シェラの魂を宿しても問題がなかったと」
「問題はあったわ。あまりにもレイラと私の魔力が似すぎてるせいか、魂が混ざりそうになって……いえ、実際、全く混ざらないままというわけにもいかなかったから、実質、永遠に離れられないと思ってたのよ」
「それは……」
シェラが滅多にレイラの表層意識に浮かんでこなかった原因はそこにある。
「これ以上魂を混ぜるわけにはいかないから、私は極力、レイラに話しかけないようにして、魂を隔離しようとしてたのよ」
どんなにレイラが寂しがろうと、シェラはレイラを守るために、レイラとの会話を最小限に抑えたのだ。
「ただ、ここ最近のレイラの救難信号が酷くて、何が起こっているのか、断片的にしか把握はできなかったけど……レイラは、悪魔に捕まっていたのよね?」
そんな問いかけに、フィスカはパーシーがレイラと出会った状況から今に至るまでの経緯を簡単に説明する。フィスカは、シェラはレイラの中に居たのだから、レイラを通して色々なことを知っていると思い込んでいたのだろう。いや、フィスカに限らず、他の面々も似たようなものだったかもしれない。
「すみません。シェラがそこまで知らないとは思っていなかったので」
「ううん、大丈夫よ。でも……そう、ね。レイラがどうやってこちらの世界に来たのかは分からないけれど、私は元のレイラの姿すらも知らないの。だから、もしかしたらレイラは、ああいう姿の種族だったのかもしれないっていう可能性もあるわ」
「キメラとは違う種族、ということですか?」
「キメラっていう存在そのものもおかしなものだとは思うけどね」
キメラという種族は、必ず人体の一部を有する獣、というのが一般的な認識だ。獣の一部を有する人型の存在、というわけではない。パーシーが最初、レイラのことをキメラだと認識できなかったのは、それも原因の一つだった。
「私が悪魔王と相討ちになった後から出現した、新たな敵。その種族の生態も何も分からず、ただただ、強力な生物兵器として存在するもの、ね……。これだけを見れば、悪魔がその種族を作り出したのだと言われても納得できそうよ」
「さすがにそれは……ない、と思いたいですね」
レイラの種族が不明となった以上、レイラが元人間かどうかも分からないということではある。ただ、キメラは必ず人体の一部を有するという事実から、嫌な想像だけが膨らんでしまうのだろう。
「きっと、レイラなら私達が思いもしない情報を掴んでいるとは思うわよ」
「? どういうことです?」
幼児退行したレイラを見ているにもかかわらず、そんなことを告げたシェラへ、フィスカは不思議そうな視線を送る。
「レイラは、昔から諜報向きでね……情報に貪欲というか、推理やら推測やらが得意というか……」
「……つまりは、悪魔に捕まっている間、何らかの情報を得ている可能性が高い、ということですか?」
「えぇ、確実な情報としてではなく、予測として聞いても、その精度はかなり高いものよ。だから、これが落ち着いたら、色々と話してみるべきかもしれないわ」
この幼いレイラか本当にそんな大層な推理力を発揮するのだろうかと、フィスカは疑いの眼差しをレイラへ向けつつ、シェラに向き直ると首を横に振る。
「シェラの言い分も分かりますが、レイラの精神的な負担を思うと、簡単には実行できそうにないですね」
少し前のフィスカならば、シェラの言葉にうなずいただろう。しかし、オリヴィアにレイラへの質問を許した途端に、この騒動だ。しばらくは何も起こってほしくないと願い、そのために行動するフィスカを責める者など居ないだろう。
「……そう、ね。きっと、レイラは私が居たからこそ、幼児退行程度で済んだのだとも思うし、そこは認めるわ」
苦しげにその表情を歪めるシェラ。悪魔にレイラが囚われている間、シェラがどんな思いをしていたのかは分からない。しかし、それが辛いことだということだけは、フィスカにも理解できたようだ。
「……シェラも、わたくし達に吐き出したいことがあれば、いつでも言ってくださいよ?」
気遣わしげにシェラを見つめるフィスカ。それを見たシェラは、その表情を穏やかなものへと変える。
「えぇ、ありがとう。フィスカ」
「……親友なのだから、当然です」
少し照れたように頬を赤く染めて告げたフィスカ。穏やかな空気が流れるその空間は、しかし、現実を考えると余裕などないに等しかった。
現在、レイラの行方不明も、シェラの復活も、何もかもが伏せられている状態だ。そして、レイラに関しては猶予などほとんどない。だから、それまでに、何としてでもレイラが不利にならないような事実を重ねなければならなかった。
「首尾は?」
「問題ありません。いえ、あったとしても、排除します」
「分かったわ。なら、明日に向けて、準備しなければ、ね」
そのための行動は、すでに始まっていた。




