第二十一話
レイラの失踪によって、レイラ自身の立場は一気に悪化した。ただでさえ、キメラは殺すべきだという風潮が強い中でのこの事態。たとえ、レイラに取っては大したことのない感情による動きだったのだとしても、穏便に済ませることなど不可能だった。
「パーシー、落ち着いてくださいっ」
シェラのことにばかり意識を向けていたフィスカは、そのパーシーの懸念へと、ようやく意識を向けた。いや、向けざるを得なかった。
「は、速すぎます!」
「大丈夫だ。死なないからっ」
フィスカを抱えて飛ぶパーシーは、バルスフェルト城の本城へ辿り着いてからも、その速度をほとんど落とさずに移動する。途中の扉ですらも、器用に風を操って開けて、人の気配も全て察知して避けながら進む。
あまりの速さに目を回すフィスカのことを気にかけることなく、パーシーは強くフィスカの腕を掴んだまま、飛び続ける。
この事件が解決したところで、恐らく、レイラの未来は暗い。少なくとも、容易く外に出せるという未来は来ないと思った方が良い。それが分かっているからこそ、パーシーは、シェラの手がかりが得られたという事実に素直に喜ぶことはできない。いや、むしろ……。
「……二つの魂を宿して、レイラに負担がないわけがないだろう」
魂のことに関してはあまり知らないパーシーでも、膨大な魔力を強制的に送り込んだりした場合、それがどんなに相性の良い魔力であっても、全身に大きな負担がかかることを理解していた。
シェラは、ロゼリアの王だ。この国で、最も大きな魔力を宿す王。そんな王の魔力を、レイラが何の負担もなく受け入れられたとは到底思えないのだ。
パーシーのその言葉は、あまりの速さに目を回すフィスカに聞きとがめられることなく、風の中にかき消える。
数分と経たずに、地下へと突入して、シェラの体が存在する部屋の扉の前へたどり着いた二人。そして、その扉へと手をかけた瞬間、その扉の奥で燻ぶる凄まじい魔力を感知する。
「っ、フィスカ、これは……」
「レイラの? いえ、シェラの魔力?」
どちらの魔力か全く分からない様子の二人。しかし、それも無理はない。レイラが発する魔力は、あまりにもシェラの魔力と似ているのだ。そしてそれは、シェラの魂が、レイラに宿っているからこそのものなのかもしれない。
険しい表情を一様に浮かべた二人。しかし、扉の先を確認する意思がないわけではない。
「開けるぞ」
「えぇ、行きましょう」
あまりの魔力に圧し潰されそうになりながらも、パーシーは扉へと力を込める。そして……そこには、レイラとシェラの二人が存在していた。
「お姉ちゃん……助ける、から……」
翼を大きく広げ、真剣な瞳で結晶に閉じ込められたシェラを見つめるレイラ。その体に纏う魔力は、あまりにも濃厚で、何人たりとも近づけないほどだ。
扉を開けた瞬間、襲いかかってきた濃厚な魔力に、声すら出せず、膝をつくパーシーとフィスカ。その姿にレイラは全く気づいていないのか、ただただ、その結晶へと手を伸ばす。
「『巡れ、巡れ、たゆまぬ流れ。繋げ、繋げ、しなやかに』」
そのまま、歌うように魔法の詠唱を始めたレイラ。
「『対なるものは、表と裏に。けして離れぬ細き糸。ひとたび分かれるこの時を、何にも邪魔などさせはせぬ』」
魔法の詠唱というのは、あまりにも高度な技術を要する。それにもかかわらず、レイラはとても容易く、魔法を行使してしまう。
「『帰還を求める者の下、今、全てが還る時。戻り、分かれろ、魂分け』」
長い詠唱。そして、その内容から何となくでも、レイラが何をしようとしているのかを理解してしまった二人は叫ぶ。
「レイラっ!」
「ダメですっ!!」
あの、魂を移す実験については、実は続きがある。
双子の片割れに二つの魂が入ったことで、実験は成功したかに見えたが、二つも魂を抱えた彼女は、全身の痛みを訴えて、早く元に戻すように告げたのだ。
それは、魂を一つの体に共存させた弊害だとされ、それでも、共存できたこと事態が成果であるとし、実験者は、彼女の魂を元に戻そうとした。しかし、その結果、双子の片割れが死亡した。死亡したのは、魂を受け入れた方。
そんな悲惨な結果の末、魂を扱う魔法は禁忌とされるようになっていた。
「レイラっ、シェラっ!」
ふっと、辺りを立ち込めていた重苦しいほどの魔力が消えて、パーシーもフィスカも、慌てて立ち上がり、レイラとシェラの元へと駆け寄る。
シェラを閉じ込めていた結晶は、魔力が霧散すると同時に消えて、シェラ本人はレイラに覆い被さるように倒れ、レイラ自身もほぼ同時に倒れていた。
フィスカがシェラを抱き起こし、パーシーはレイラを抱き起こす。
「……シェラは、今のところ問題はなさそうです。その……レイラ、は……?」
「脈はあるし、息もしてる。……失敗、したのか……?」
魂を扱う魔法を行使すればどうなるのか。パーシー自身は詳しくなくとも、それがあまりにも命に密接に関わる魔法であることは理解できるし、魔法に関して未熟だと思われているレイラがそれを使うことは、レイラ自身の命ですら危険にさらされるという推測くらいはできる。だから、パーシーの予測は、魔法が発動しなかったのか、というものだった。
「……いえ、恐らく、魔法は発動しています。レイラ本人に聞かなければ、具体的な内容は分かりませんが、レイラの魔力がほとんど感じられません」
「っ……そう、か……」
冷静に分析しているように見えるフィスカだったが、その手は震えている。
宝剣の力が無くなったのか、それとも、レイラの発動した魔法によって、宝剣の力が妨害されてしまったのか。その辺りは定かではないものの、ただ一つだけ分かるのは、もう、シェラの体の時を止める術がなくなってしまった、ということ。
「とにかく、戻ろう。もしかしたら、二人とも目覚めるかもしれないし、な」
その可能性が限りなく低い。そう思っていても、とにかく動くために、パーシーはそう言っているようだった。
「……そう、ですね……」
震えながらもどうにか返事をするフィスカ。しかし、そう言いながらもフィスカがその場を動くことはない。
「……先に、マディンとアシュレーに連絡を入れておく」
パーシーとて、その内心は荒れている。シェラはパーシーにとって大切な友でもあるし、レイラはパーシーの命の恩人にして、守るべき存在。その二人ともがどんな状態になっているか分からないというのは、あまりにも恐ろしいことだ。それでも……。
「手を尽くせる状況を整えるのが先だろう?」
後悔は後でいくらでもできる。だからこそ、パーシーは今、自分にできることをするために立ち上がる。
「えぇ、分かっています。行きましょう。連絡は、向こうに向かっている途中でもできますから」
ただ、やはりフィスカは為政者としての頭も備えていた。パーシーに言われはしたものの、それでも、自分で答えを導き出して、シェラを抱えて立ち上がる。
「隠蔽をお願いします」
「おうっ」
そうして、パーシーはシェラとレイラの姿を隠す魔術を発動させ、行きと同じくらいの速度で中央棟へと戻っていった。




