第二十話
レイラが失踪したという報せは、すぐにフィスカ達へと渡った。それと同時に、箝口令も敷かれ、レイラが消えたことを知るのは、国の上層部と、一部の騎士達のみとなる。
「っ……なぜ、レイラが失踪など……」
守るために大事に大事に囲っていたキメラ。外界から守るために、そして、外の人間を守るためのその処置は、適切であったはずだ。ただ、そこから少しだけ、情報を得ようとした。少しだけ、レイラに希望を与えようとした。それだけのはずが、ここまで大事になるとは、誰も予想していなかったのだ。
「今は議論してる場合じゃないよ。すぐに、搜さないと」
青ざめるフィスカへ、同じく青ざめたマディンが諭す。パーシーはずっとうつむいたままで、アシュレーは、レイラの失踪を知ってしまった騎士達への対応を行っている。
「パーシー、レイラは、何が原因で失踪したのか分かるかい?」
「……レイラは、シェラの名前に反応していた。もしかしたら、何か、知っていたのかもしれない」
シェラの名前を何度も呼んでいたレイラ。その姿を思い出しているのか、パーシーは目を閉じている。
「それと……あたしの聞き間違いでなければ、レイラは、シェラのことを『お姉ちゃん』と呼んでいるようにも思えた」
もしかしたら、違うのかもしれない。『シェラ』の名前と、『お姉ちゃん』という言葉の間には、空白があった。だから、シェラがレイラの『お姉ちゃん』ではないかもしれない。
「なぁ……魂は、本当に、物にしか宿らない、のか……?」
シェラの魂は、何かに宿っている、というのが、フィスカ達の見解だった。それも、他の魂が存在する者ではなく、ただただ無機質な物に宿っているのだと。
実際、数少ない魂に関する文献では、魂を物に宿すことは可能だが、誰かに宿そうとするのは恐ろしく困難であるとされていた。唯一の成功例が、一卵性の双子の魂を相方に宿すというもののみで、それは、血縁関係がとても近いことから可能だったのだろうとされてきた。
レイラがシェラと関わりのある存在ではないかと疑われたのは、偏に、あの大会議場での魔法が、シェラのものととても良く似ていたこと。途中で、シェラがレイラの体を乗っ取って話しているように見えたことが原因だ。だから、レイラがシェラの宿る物を持っていて、それを介してそんな状況になったのではないか、というのが当初の見解だった。ただ、レイラの持ち物はあまりにも少なく、その可能性が酷く曖昧になったところで、レイラの『お姉ちゃん』発言があったのだ。
「あたし達は、レイラのお姉ちゃんが、シェラと関わりを持っていて、そのお姉ちゃんが何らかの形でシェラの力をレイラに受け渡していたと思ってたけど、本当に、そう、なのか……?」
パーシーの疑問。それを前に、フィスカ達は絶句する。
「まさか……ですが、レイラは、その『お姉ちゃん』の血縁だと。シェラは、キメラではありませんし、何らかの理由で、レイラが人からキメラになったのだとしても、そんな……」
「……遠い親戚に、シェラの血縁者が居た可能性はあるけど、それが、レイラだった、とか……?」
信じられないと否定するフィスカ。ただし、マディンはその中でも可能性を見出す。
「先祖返りとか、あるだろ? だから、それとは違うけど、たまたま、シェラに似た血を、レイラが持っていたとかあったりしないか?」
それは、レイラが人であったことを認めるような発言でもあるが、それでも、その可能性は大きいと、パーシーは言いにくそうにしながらも告げる。
「シェラの危険を知らなかったレイラが、それを知ったってことだよね。だったら……」
『レイラは、シェラのところに居るんじゃないかな?』と、マディンが告げた瞬間、パーシーは窓を開けて、その縁に足をかける。
「ちょっと確認してくるっ!」
「待って、僕も一緒に「わたくしも一緒に行きます!」ってフィスカ!?」
パーシーが文字通り飛んで行こうとするのに対して、マディンもフィスカも、今回ばかりは止めない。普段なら、書類が飛ぶだの何だので、必ず扉から出ろと説教するはずの二人が、今だけ、窓から飛ぶのを推進している。それどころか、ともに同じことをしようとまでしている。
「っ、フィスカを連れていく! マディンは、ちょっと残っててくれっ。もし、違った時は、フィスカを残してここに戻るからっ」
「あぁもうっ、分かったよ! 雑務は任せて、確認してきてよ」
「お願いします。さぁ、パーシー、行きましょう!」
「おうっ!」
マディンが留守番及び雑務係に決定したところで、フィスカはパーシーの側に寄って手を差し出す。
すかさずその手を掴んだパーシーは、そのまま浮遊の魔術を発動させ、フィスカと自分を浮かせると、そのまま全力で、中央棟から見える、バルスフェルト城の本城へと向かった。




