第十八話
「パーシーもアシュレーも、そこまで言わなくとも、三徹くらいは何とか「する必要はないからっ」いえ、ですが」
パーシーに突っ込まれ、それでも抗うフィスカに、アシュレーが最終兵器を発動させる。
「レイラに言うぞ?」
その言葉を聞いた途端、フィスカはピシリと固まる。
実は、以前もフィスカが徹夜でフラフラしていることがあった。フィスカは特に何も考えず、その状態でレイラに会ったものだから……レイラが半泣きになって、フィスカをベッドに押し込むという事件となった。
「次は、本当に泣かれるかもな」
ボソリと呟くパーシーの一言で、ますますフィスカは頬を引きつらせる。
「……まさか、あの時も、わたくしの寝不足をレイラに教えたり……?」
「いや、あたしは何もしてない。アシュレーじゃないのか?」
「いや、俺も何も……マディンか?」
フィスカが持つ属性は、水。そして、水の属性は癒やしの魔術だけでなく、幻術も扱う素養として認識されてる。実際、フィスカもその幻術を用いてその顔色を完璧にごまかしており、パーシー達ですら、その隠蔽工作に中々気づけない。
「……そう、ですか」
誰がレイラに告げ口をしたのかは不明だが、フィスカはそこで、ようやく観念したように両手を挙げる。
「分かりました。では、せめてここの書類を終わらせてから、休みますので」
そう言って、書類に手を伸ばそうとするフィスカの目の前で、その書類は掻っ攫われる。
「没収」
「よしっ、連行は任せろ!」
「アシュレー!? パーシー!?」
フラフラの国王代理など、炎の将と風の将にかかれば、容易く拐える。と、いうわけで、フィスカはアシュレーに書類を取り上げられ、ガシッとパーシーに肩を掴まれた状態でサクッとベッドまで連行された。
「あっ、そういえば、あたし、今日、休日だった!?」
フィスカを連行し、眠ったことを確認したパーシーは、そこで初めて、今日が貴重な休日であることを思い出し、いそいそとレイラの元へと戻るのだが……その時はすでに、疲れ切ったレイラが眠る姿しかなく、起こすこともできないため、一人寂しく、静かに過ごすこととなった。
バルスフェルト城の地下。その奥深くに存在するモノを知る者は少ない。
その場所には、白く美しい剣が部屋の中央に突き刺さり、膨大な魔力を漂わせている。そして、もう一つ、誰もが目に留めるであろうモノが、そこには存在していた。
「シェラ……」
白く濁った巨大な結晶。その中には、一人の人間が眠っていた。
黄金の髪を腰まで伸ばした女性。整った顔立ちの美しい女性は、固く目を閉じている。その瞳が黄金を宿していることを知っているフィスカは、どうしてもその黄金を見たくて声をかけるが、そこに応えはない。
三年前から眠り続けるこの国の王。宝剣と呼ばれる白い剣を用いることで、どうにか時を止めて、肉体の死を食い止めているものの、それが限界であることを、フィスカだけは知っていた。いや……。
「ギウス元老院長、あなたも来たのですか?」
振り向くことなく、シェラが眠る結晶へ手を置いて問うフィスカ。その背後には、確かにギウス元老院長が、白いヒゲを撫でながら立っていた。
「うむ、ワシも、覚悟を決めねばならんでのぉ」
「……覚悟?」
「フィスカ・シャルロット。お主も分かっておろう? このままでは、王は後一月も保たぬ。となれば、新たな王を決めねばならん」
「……そんなの、わたくしは、認めませんっ」
震える声で、ギウスに反論するフィスカ。しかし、フィスカは誰よりも、ギウスの言葉を理解できていた。王が死ぬ以上、新たな王を決めなければならないことを。そうしなければ、国が崩壊してしまうことを。
このロゼリアは、黄金を持つ王が居なければ、崩壊すると言い伝えられており、実際にそれが起こりかけた歴史とてある。
黄金を持つ者を王として君臨させまいと動いた者が存在する時代があったのは確かだが、公の場でその者達が王を否定した瞬間、このロゼリア全体が揺れた。バルスフェルト城だけでなく、国全体が、だ。そして、言い伝えを持ち出して、その者を王として認めると宣言した途端、その揺れは治まり、国の崩壊は免れたのだとされている。
「……ワシが、金色部隊を動かす準備をしておこう。その時、お主がどう判断するのかは知らぬが、邪魔だけはせぬようにの」
フィスカとて、ギウスの言葉が正しいことは理解している。それでも、受け入れられないのが、シェラの、親友の死、なのだ。
「……絶対に、打開してみせます。シェラを、必ず、見つけ出してみせます」
フィスカが無理に無理を重ねる理由。親友の死の回避。そのためだけに、自分の時間を犠牲にし続けてきたフィスカ。少しでも早く仕事を片付けて、少しでも多く、シェラの手がかりを追う。それこそが、今のフィスカの全てだった。
ギウスの言葉を振り払うかのように、フィスカは出口へと歩き出す。ただただ無言で立ち去るフィスカは、その時のギウスの表情など知らない。その時のギウスが、酷く悲しそうにしていたなどということに気づくことはない。
事態が急変したのは、レイラがオリヴィア・ラウロッツと初めて出会った、その日だった。




