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半月王1 竜王編  作者: 星宮歌
第一章 出会い
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第二話

 パーシーの懸命な叫びは、天使の耳にちゃんと届いていたのかどうか、定かではない。ただ、唯一分かっていることといえば……天使は、最強だった、ということだろうか。


 ボーの大群を前に、天使は片脚を一歩ほど、後ろに引く。



「天使様!!」



 もう、天使も自分も助かる見込みはないという距離でも、パーシーは天使へと声を張り上げて……次の瞬間、硬直する羽目になる。



 ドッゴォォォォオッ!!



 凄まじい爆音。そしてそれに付随する風圧。何が起こったのか分からずに呆けるパーシーは、一応、事の次第は目撃していた。

 それは、とても簡単なこと。ただ、天使がボーに真正面から拳をぶつけて、その拳だけでボーの群れを撃退した、というだけのことだ。



「……は……?」



 風圧によって土が口に入るのも構わずに、パーシーはただただポカンと口を開けるのみ。そして、そんな馬鹿げたことを成し遂げた天使はクルリと振り返って、パーシーの姿を見てギョッとしたような表情を浮かべる。



「な……に、ぎゃ」



 と、そこで、ジャリっとした感触を得て、パーシーはようやく、自分が随分と土まみれになっていることに気づく。実際、天使もそんなパーシーの姿にギョッとしたわけで、今はオロオロと『どうしよう、どうしよう』とでも言いたそうな様子でパーシーへと視線を送っていた。



「ぺっぺっ……あぁ、何か、頭が冷えたかも」



 そう言って、天使へと視線を向けるパーシーだったが、その瞳には、最初の時のような親しみはない。



「……お前、キメラだな」



 そこにあるのは、純然たる敵意。

 キメラ。それは、悪魔の下僕であり、人間の敵。つまりは、最初から、この天使はパーシーの敵だったわけだ。



「どうして助けた? それに、なぜ、不完全とはいえ、人の形をしている? あたしは敵だろう?」



 キメラであれば、ボーを容易く撃退するその力にも納得できる。ここまで人に近い形のキメラというのは、今まで発見されたことはないものの、人体の一部がキメラの体に存在するというのは、誰もが知るキメラの特徴だった。



「いや、そもそも、言葉なんて通じるわけがない、か……」



 敵意を向けるパーシーを前に固まったキメラは、そのまま動こうとはしない。



「っ……」



 物理的に体に力が入らずに動けないパーシーと、なぜか動こうとしないキメラ。両者は、そのまま膠着状態で互いを見つめ合う形となり……キメラの耳が、だんだんとションボリと垂れ始める。



「…………」


「…………」



 無言の空気の中、キメラは更に、その目を大きく潤ませて、泣き出しそうな様子まで見せる。



「…………わ、悪かった」



 結局、折れたのはパーシーだった。ただでさえ愛らしく幼い少女姿のキメラを前に、パーシーは非情で居続けることなどできなかったのだ。



「その、信頼はしてやれないが、敵対はしない」



 それでも、パーシーができる譲歩はそこまでだ。なにせ、キメラは存在そのものが害悪とされている。そんな存在を前に、王に使える将が助けられるなどあってはならないのだから。



「…………」



 ウルウルと目を潤ませていたキメラは、パーシーの態度が和らいだことを察知したのか、どうにか涙を零すことなく、ゴシゴシと腕で目を擦る。



「あ……あ、いや……何でも、ない」



 キメラの様子に、どこか心配そうな色をのせたパーシーの声は、結局、その理由を明かす言葉を紡ぐことはない。

 目の前のキメラをどうにも憎めないパーシーだが、このキメラと馴れ合うわけにはいかないのは当然のことだった。


 どうにか涙を拭ったキメラは、目をシバシバさせて、パーシーから視線を外す。しばらくキョロキョロと辺りを見渡したキメラは、ふと、視線を固定させて、その方向へとフワリと飛んでいく。



「? ……キメラ……?」



 さほど離れていない場所に降りたキメラは、パーシーが居る位置からでも分かるくらいに、あからさまに肩を落とし、耳をしゅんと垂らしている。そして、そのキメラの視線の先にあったのは……。



「あ、さっきの木の実、か?」



 恐らくはダメになってしまったであろう木の実。それを前に、キメラは落ち込んでいるようだった。



(……何というか、子供、みたいなんだよなぁ)



 純粋で、善良で、好意的なキメラの姿を見続けていたパーシーは、そこに何か思惑があるのではないかと疑うこともバカらしくなってきたのか、あまり動かない体をどうにか動かそうとして、やはり失敗する。



(魔力の枯渇が致命的、だな)



 魔力が枯渇すれば、体は動かなくなる。意識を失うのももちろんだが、人によっては、口を開くこともできなくなるくらいに動けないということもある。幸いと言っていいのか、パーシーは口だけはまともに動く。手は、まだほとんど力が入らず、他は全く動かないが、言葉だけは発することができる。だから、せっかく採ってきた食料がダメになって落ち込んでいるらしいキメラへと声をかける。



「キメラ、その……ほら、あたし、ズタ袋を持ってただろう? 何が入ってたのかは知らないけど、もしかしたら、その中に食料もあったかもしれないし、もし、どこにあるのか分かれば持ってきてくれないか?」



 パーシーのこの言葉には、二つの意図がある。一つは、単純にキメラを励ますため。そしてもう一つは、何か重要なものが入っているという直感の下に持ってきたズタ袋の中身を確認するためだった。

 パーシーに声をかけられて、すぐに振り向いたキメラだったが、パーシーの要望を聞くや否や、なぜか、そのまま硬直する。



「キメラ?」



 硬直の理由が分からないパーシーは、今までのキメラの様子から、少し考えて、その可能性を口にする。



「……もしかして、失くした、とか?」



 とりあえず、このキメラには言葉がちゃんと通じていることを前提に問いかければ、キメラはとりあえず動き出し、どこかへと飛んでいく。



「お、おいっ?」



 先程のように砂まみれになるほど近くはなかったものの、このまま置いていかれるのも困るとばかりに声を上げるパーシーだったが、キメラはすぐに帰ってきた。

 ……明らかに、中身を失ったズタ袋のみを抱えて。



「…………」


「…………」



 重い、重い、沈黙がその場に落ちる。キメラの方は、完全に耳を垂れて正座状態。パーシーは、軽くなるどころか、完全に中身を失ったズタ袋を前に放心状態。この沈黙を破るのは、とても困難なことに思えた。

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