第十二話
「すまない。休んでいる時に」
「い、いや、大丈夫だっ」
パーシーが休んでいた時間は、五時間くらいのものだろうか。それだけ休んでおけば、とりあえずは普通に動ける。
アシュレーが訪ねて来るのを察知したレイラは、少し迷った末にパーシーを起こしたのも、それだけの時間が経っていたからでもある。ぬり絵そのものも、すでに十枚以上が完成しているため、起こしても問題ないと判断したのだ。それに……。
「な、何か用だったか?」
ほんのり頬を染めながら問いかけるパーシー。それは、明らかに恋する乙女の姿であり、レイラ自身が愛だの恋だのを理解しているかどうかはともかくとして、アシュレーの側だとパーシーが嬉しそう、くらいには判断できているようだった。
本来は家具などほとんど置かなかったパーシーは、レイラが来てから様々な家具を取り揃えている。その中には、来客用のテーブルと椅子も存在しており、現在、アシュレーとパーシーが対面になり、その間にレイラがちょこんと座る形となっていた。
「……レイラのことで、確認したいことがある」
ゆっくりと重厚な声で話すアシュレー。そして、そのままレイラを見るアシュレーに、パーシーもつられてレイラへと顔を向ける。
「……ふゆ?」
いきなり注目の的となったレイラは、何が何だか分からないようで、小首をかしげる。
「昨夜の話は聞いた。そして、その上で問おうと思う。レイラは、ここで、どうしていたい?」
抽象的な質問を投げかけるアシュレー。しかし、その質問にパーシーはハッと息を呑む。
これまで、レイラをどうやって守ろうかということばかりで、レイラがどう考えているのかを尋ねてきてこなかった。それは、フィスカやマディンも同じで、とにかく、大切に、真綿に包むように守らなければならないと思い込んでいたのだ。
「ふゆぅ…………」
質問の意味が理解できているのか、レイラは悩む素振りを見せて、黙り込む。
「今は、深く考える必要はない。ここに居たいかどうかだけでも構わない」
そう、あくまでも、今求めるのは、その程度の意思確認。逆に言えば、今までその程度の意思確認すらしてこなかったということにもなる。
「……ここには、居たいの。それで、えっと……何か、できることを、したい、の……」
尻すぼみになりながらも、懸命に答えるレイラ。最後の要求は、やはり、迷惑になるかもしれないという考えが勢いを落とす原因となっているようだったが、アシュレーもパーシーも、そんなことにまではさすがに思い至れない。
「分かった。では、フィスカに話を通しておこう」
「っ、ふゆっ!」
どうやら、自分の要求を認めてもらえるらしいと理解したレイラは、元気よく返事をする。ただ、そのレイラを見つめるパーシーは、逆に元気がないように見えた。
「アシュレー。もしかして、あたし達は随分と勝手なことをしてきたの、か……?」
「いや、勝手だとは思わない。あの時は、あれが最善だった。しかし、今は余裕がないわけではない。話すのであれば、今が良かっただろう」
レイラを保護するに至った経緯のことについてパーシーが問えば、アシュレーは的確に意見を述べる。
「そっか……」
「ふゆ? パーシー、まだヘトヘト……?」
力なく笑うパーシーに、レイラはオロオロしながら問いかける。
「いや、大丈夫だ。せっかく帰ってきたのに、一人にしててごめんな」
レイラが心配していることに気づいて、すぐに表情を穏やかな笑みに変えたパーシーに、レイラは首を横に振る。
「だいじょーぶなの! 絵、いっぱいできたの!」
「あぁ、ぬり絵な。本当は、本とかも持ってきてやれれば良いんだけど、規制が厳しいからなぁ……」
レイラには、知識をつけさせないようにという思惑の下、本の提供すらも禁じられていた。貴族令嬢の趣味の代表格と言える刺繍は、針が凶器に変わってはいけないからと禁じられ、食事だって、同じ理由からフォークやナイフの使用が禁じられている。そんなものがなくとも、レイラは十分に強いのだが、元老院の者は、少しでもレイラの武器となるようなものの所持を認めていなかった。
「だいじょーぶなの! 絵、楽しいし、ぬいぐるみ、たくさんで、寂しくないのっ!」
絵が楽しいというのは本当だろう。しかし、ぬいぐるみで寂しさを埋められているかと聞かれれば、きっと違う。問題がないのであれば、レイラは夜な夜な転移するなんてことはしないはずなのだから。
「そっか……」
レイラの嘘に気づきながらも微笑むパーシー。そんなやり取りを黙って見ていたアシュレーは、ふと、何かを思いついたように口を挟む。
「……パーシー、レイラに、絵を描かせてみるのはどうだ? それと、文字を教えるくらいは問題がないかもしれないぞ?」
「絵は分かるが、文字は、難しいんじゃないのか?」
「ふゆ?」
レイラに与えていたのは、確かにぬり絵ばかりで、レイラはいつもいつも、丁寧に仕上げてそれをコレクションしている。なので、絵をそのまま描いてもらうという提案はすんなりと受け入れられたものの、本がダメなのに文字は良いということにはならないだろうと首をかしげる。
「文字、教えてもらったの!」
「「えっ?」」
ただし、その懸念は、レイラの一言で吹き飛ぶこととなった。




