第十話
パーシーから、一通りの事情を聞き終えたフィスカは、しばらく目を閉じて黙り込んだ後、そっと目を開けてパーシーへと質問をする。
「パーシーは、この現象をどう考えていますか?」
レイラがなぜか、西棟へ現れたことに対する質問に、パーシーは眉間にシワを寄せながら答える。
「何者かがレイラを喚び出そうとしている、とかも考えたけど、それならどうしてレイラが戻れるのかって話になるから……レイラ自身の力じゃないかとは思う」
「そうですね。わたくしも、同じ意見です。恐らく、レイラは世にも珍しい二属性持ち、なのでしょうね」
「しかも、氷と雷とか……どっちも希少属性じゃないか……。いや、よく考えると、ベルを連れてきたのも、もしかして雷の属性を持っていたからか?」
「今思えば、そうなのでしょうね……」
氷は、当然大会議場を凍りつかせたことからの判断だ。そして、雷の属性を持つ者は、転移の魔術を行使できる。むしろ、雷の属性を持たなければ、行使できない。雷という属性は、そのまま雷を扱う力も存在するが、空間を操る力も同時に存在する属性とされている。そのため、レイラの属性は必然的に氷と雷ということになるのだ。
「二属性持ちというだけで珍しいのに、さらにそのどちらもが希少属性……これ以上の狙われる要素などいらないというのに、どうしてこう……」
頭を抱えるフィスカの姿に、パーシーはそっと目を逸らす。どうやら、それがかなりの面倒事になる自覚も、それを持ってきたのが自分だという自覚もあるらしい。
「だ、だけど、そうなると、何で西棟だったのかとか、どうして転移してしまったのかってことが問題だよなっ」
話題を完全に逸らすことは不可能。そのために、パーシーは話を進める方向でフィスカへと振る。
「転移は、レイラの魔力制御が上手くいっていないから、精神に引きずられて、とも考えられますが……確かに、なぜ西棟なのかは気になりますね。それに……」
「それに?」
「後で確認しますが、パーシーが気づかなかったということは、パーシーが夜に居ない時にばかり転移していたということではありませんか?」
「あっ……」
現在、パーシーが暮らしている場所は、以前の部屋から少しだけ離れた場所であり、レイラの監視のために仕事がない時はレイラと一緒に居る。実質、レイラと二人で暮らしている形であり、その影響か、元々部屋にほとんど物を置かなかったパーシーが、今では椅子やら机やらぬいぐるみやらと、色々なものを取り揃えてきている。
ただ、そんな状態だからこそ、それがたとえ夜中であろうとも、転移してレイラが居なくなれば、普通はパーシーが気づくのだ。
「……そういえば、あたしが夜に居ない日が報告にあった日付と一致してたような……」
「その確認が取れれば、レイラ以外の幽霊は存在しないことになりますね」
なるほどとうなずくパーシー。しかし、そうなると、パーシーが居ない夜に、レイラは随分心細い思いをしていたのではないかという考えが出てくるのも当然で……。
「……パーシー、できる限り、わたくしかパーシーかのどちらかが、レイラと夜を過ごすようにしたいのですが、構いませんか?」
「ん? あぁ、あたしが居ない時に、あたしの部屋に泊まるってことか? あたしは別に構わないぞ?」
「分かりました。すぐに、というわけにはいきませんが、そうできるように調整しますね。それと同時に、レイラの魔力制御に関しても、何らかの手を打たなければなりませんね」
「あぁ、そうだな。ただ、そっちはフィスカがこっちに来る以上に厳しくないか?」
「……ですよね」
レイラに力を持たせるような内容であれば、元老院に止められるであろうことは確実だ。しかも、下手に突けば、レイラへ刺客が送られかねないという実態もある。
現在、レイラの情報に関しては、厳しく制限されている状態だ。騎士達の多くがレイラの姿を目撃しているものの、捕まったレイラが今、どうなっているのかという情報は、正しいものなど何一つない。実験施設に送られたというのが最有力情報なんてことになっているものの、実際はそんなことはない。それは、フィスカの命令であると同時に、元老院も思惑込みで一緒に協力してくれているからであって、そこから外れるような何かがあれば、一気にレイラは不利な状況に立たされる。
「……とりあえず、その辺りはまた後で考えましょう。それより、随分と待たせてしまいましたし、二人のところに戻りましょうか」
「っ、そうだなっ。早く、レイラを寝かしつけないとっ!」
パーシーの発想は、すでに子を持つ母親のようではあったが、フィスカがそれに突っ込むことはない。むしろ……。
「えぇ、当然です。子供に夜更しは良くありません」
母親のような意識はパーシーだけでなく、フィスカも持っていたらしい。
そうして、急いで戻った二人だったが、彼女達は、次に直面する問題をすっかり忘れていた。
「あ……そういえば、レイラを、どうやって部屋に戻そう……」
パーシーの部屋は、レイラが出られないように厳重な警備体制が敷かれている。
「「あっ……」」
パーシーもフィスカも戻ってきて、安心したのかようやく眠ったレイラを前に、パーシー、フィスカ、マディンの三人は、直面した問題が問題なだけに、しばらく眠れそうになかった。




