第九話
レイラを連れて戻った二人は、レイラのための警備をくぐり抜けるのは面倒だということで、適当に空いている部屋に入って明かりを灯す。そうして、ひとまずフィスカへの報告する方と、レイラから話を聞く方とで分かれることにしたらしく、マディンがフィスカの下へと走っていった。
「さて、と。落ち着いたか」
「ふゆ……」
目を赤く腫らしたレイラは、ベッドにちょこんと腰掛けて、目の前で跪き、視線を合わせるパーシーにうなずく。
ベッドのシーツを被っているようだと思っていたのは、本当にそのものだったらしく、レイラが持っていたシーツは今、ようやく元の位置へと戻っている。
「それで、どうしてあんなところに居たのか、話せるか?」
怯えさせないように、責めるような言い回しにならないように、慎重に言葉を選んだらしいパーシー。表情とて、怒ったような表情では話せないだろうと考えたのか、困惑はあれど、優しく微笑みを浮かべて問いかけているようだった。
「……あのね。私も、よく分からないの」
そんなパーシーの努力の甲斐もあって、レイラはおずおずと、話を始めた。
「ただ、ベルに会いたいなって思ってて、外を見てたら、あそこに居たの。夜、何度も何度も、同じことがあったの。いっつも怖くって、人が来て怖いって思ったら、また元に戻ってたの」
しかし、レイラの証言はあまりにもおかしいことだらけだった。普通、誰かに会いたいと思うだけでその場所に行くことなどできない。いや、そもそも、ベルが居る場所は西棟ですらない。そんな状態で、どうして西棟に向かうことになったのか、パーシーは内心頭を抱える。
「パーシー、ごめんなさい、なの。でも、わざとじゃないの。あそこがどこかも分からないの」
「……レイラは、西棟に行こうと思ってたわけじゃなくて、ベルに会いたかっただけ、なんだよな」
「にしとー? ふゆっ、間違ってないのっ」
レイラが西棟のことを知らないことは、パーシーも理解している。そもそも、レイラはキメラだからということで、厳重に情報を規制されている状態だ。
「うーん、あたしでは判断できそうにないなぁ」
「……ごめんなさいなの……」
可哀想なくらいにションボリとしてしまったレイラに、パーシーはポンポンと頭を撫でて慰める。
「まぁ、わざとじゃないなら仕方ないさ。フィスカもすぐに来るだろうし、それまでのんびりしておこうな。眠たければ眠っても良いし」
「ふゆっ」
パーシーが笑いかければ、レイラは途端に嬉しそうに返事をする。
のんびりすると言っても、本来ならばレイラはさっさと眠っておかなきゃならないような時間だ。パーシーやマディンは任務だから仕方ないにしても、レイラの睡眠時間をあまり削るわけにはいかない。キメラに成長期があるのかは不明だが、幼子の見た目からして、レイラにとって睡眠は大切、という概念がパーシーの中で出来上がっていた。
「レイラは、いつもあそこでずっと泣いてたのか?」
「違うの。最初は、もうちょっと明るいところで、人に見つかったの。次は、暗いところで、怖くて、また見つかって、その次はいっぱい人が居るところで、でも、すごく静かで、怖くなって、上に行っても下に行っても真っ暗で――――」
どうやら、レイラは随分と大冒険をしていたらしい。最初に現れたのは、恐らく一階。次が、二階。次は三階。目撃情報の内容と照らし合わせても、レイラが噂の幽霊であったことに間違いはなさそうだった。
「パーシー、とにかくこちらへ来るようにと聞きましたが……。レイラ?」
しばらく事情聴取と雑談とを行っていたパーシーの下に、フィスカは静かにやってきた。
「フィー!」
「……パーシー、なぜ、レイラがここに? ……いえ、まさか、幽霊の正体は……」
フィスカを前に喜ぶレイラを見て、呆然としていたフィスカ本人は、すぐさまその予測を弾き出す。
「そうだよ。だから、フィスカを呼ぶしかなかったんだ」
フィスカの背後からひょっこりと顔を出したのはマディン。対するフィスカは、次第に状況を理解したのか、頭を抱える。
「……分かりました。では、パーシー。レイラから何か聞き出せたことはありますか?」
厳重な警備の下、隔離していたはずのレイラが夜な夜な抜け出して、幽霊騒動の大元になっていたという事実は、それなりの衝撃だったろうに、フィスカはすぐさま険しい表情でパーシーへ説明を求める。
「ふゆ……ごめんなさいなの……」
しかし、それを見て、先程までご機嫌だったレイラは、急速にションボリと耳も翼も垂らしてうなだれる。
「フィスカ、話はするから、ちょっとその顔は何とかしてやってくれ」
「あっ、すみません。レイラ。レイラを責めたわけではないのですよ?」
「でも、私、出ちゃいけなかったのに、あそこに居たの。ずっと怖い夢だと思ってたから、今日まで本当だと思ってなかったけど、悪いことなの……」
「夢……? いえ、そうならばなおさら、レイラを責めることはありませんので、元気を出してください」
軽くパーシーへ視線を向けたフィスカは、パーシーが首を横に振るのを見て、レイラに責任はないらしいと判断したようだった。
「でも……」
「レイラは、今度は僕の話し相手になってくれないかい? パーシーとフィスカは、二人で話があるみたいだからさ。ベルのこと、色々と話してあげるよ?」
まだ元気のないレイラにマディンがそう言えば、レイラは心なしかその耳と翼を上昇させる。
「ベルの、お話?」
「うん、最近の話でも、昔話でも、話してあげるよ」
「聞きたいのっ!」
レイラの興味を、そうして引いてしまえば、フィスカはマディンに軽く目礼をして、パーシーとともに隣の部屋へと移る。
「じゃあ、何から話そうかなぁ? あぁ、そうそう、あれはベルが五歳の頃だった――――」
そうして、マディンがレイラの注意を引いている間、フィスカはパーシーからの報告を聞き出した。




