第八話
二階に上がった途端に二人が警戒をあらわにした原因は、何者かの気配があったから。一階には数人の気配があってもおかしくはない。医師も騎士も存在はしているのだから。三階も、入院患者が居るために、人の気配はあってしかるべきだ。しかし、二階だけは、誰も居ないはずの空間だった。
階段を上がってすぐに感知できたということは、さほど遠い場所に居るわけではない。しかし、かといって、見える範囲には居ないらしく、パーシーとマディンは静かに目配せをしてそっと歩き出す。音を立てないよう、気配を消して、一階とは違い、完全に暗闇の中を歩く。
「ぅ……っ……」
次第に、気配だけでなく声までもが聞こえてくる状態となる。やはり、誰かがこの場所に侵入しているらしい。
声が聞こえる方向へ、そっと、そっと近づけば、相手が何を言っているのかも聞き取れる。
「ぐす……ひっ……くっ」
それは、明らかに泣き声だった。しかも、泣き方からすると子供のようにも思えるもの。
《なぁ、これって、ここの入院患者の子供が忍び込んだとか、そういう話か?》
相手が子供ならば、念話を感知される可能性は低い。それでも、魔力が必要以上に漏れないようにしながら、パーシーはピアスに小さく魔力を注いで、マディンへと念話をする。
《……その可能性がないとは言わないけど、すばしっこくて捕まえられなかったっていうのが分からないよね》
そう、例え、子供が何らかの方法でこの場所に侵入できたのだとして、捕まえられなかったというのが分からない。いや、そもそも、一応は城の一部であるわけで、西棟の警備は少なめとはいえ、十分な警備は行っているはずだ。それでも侵入されたとなると、それは警備の穴があるのか、相手が相当の手練かに絞られる。ただ……。
《手練れにしては、念話に気づいてないっぽいんだよなぁ……》
声は相変わらず泣いているままだ。本当に、警備を掻い潜るだけの力を持つ存在ならば、いくら気づかれにくくしているとはいえ、異常には気づく。そして、そもそもそんな手練れであれば、こんなところでメソメソ泣いているというのも良く分からない。
《……とにかく、姿を確認して、捕らえてみよう》
パーシーもマディンも、困惑しながら、それでも任務遂行のために、声が聞こえる方向にある扉を開く。リハビリ用の器具が置かれている部屋の中は、案外狭く、すぐにその泣き声の主を目にすることとなった。
「なっ」
泣き声の主は、窓から差し込む月の光に照らされ、その真っ白な姿をあらわにする。と、いうよりも……それは、明らかにシーツを被ったお化け状態の子供だ。
「っ!?!??」
一方、そのシーツの子供は突然響いた自分以外の声にビクゥと肩を跳ね上げる。そして、子供はすぐさま逃げ出す気配を見せたため、パーシーとマディンは、ほぼ同時に魔術を発動させる。
「「《縛》っ!!」」
「ふゆっ!!?」
緑の鎖と茶色の鎖が同時に子供に襲いかかる中、二人は、子供があげた、とてもとても聞き慣れた口調に、鎖が弾かれたのを目撃しながらも動きを止める。ただ、それは、鎖を弾いて、こちらへ視線を向けたらしい子供の方も同じだった。
「…………」
「「…………」」
何となく、その場には気まずい沈黙が落ちる。お互いに正体が分かってしまったがゆえに、中々声をかけられない。
「えっと……レイラ、こんなところで何をしてるんだい?」
しばらく続いた沈黙の後に、声をかけたのはマディンだった。
「ふゆぅ……ごめ、ん、なさい……」
マディンの戸惑いが強く表れた言葉に、子供は……キメラであり、現在、パーシーの部屋に隔離されているはずのレイラは、明らかに泣いている声で応える。
「ちょっ、マディン、とりあえず、レイラを回収して、落ち着いた場所で話そう。なっ?」
「そ、そうだね。ほら、レイラ、泣かないで。パーシーの部屋でお話しようね?」
「ふぇっ、ひっく……ふぇぇぇえんっ!!」
しかし、マディンの声掛けも虚しく、レイラは泣き出してしまう。途方に暮れながらも必死にレイラを宥め、途中から防音結界まで展開し始めた二人は、レイラが落ち着くのを待って、こっそりと西棟から退却した。




