第七話
時刻は深夜。人々は寝静まり、虫の鳴き声すら聞こえない。
「それじゃあ、これからここの調査に向かうから、警戒を頼むよ」
「はいっ! お気をつけて!」
夜とはいえど、騎士の巡回はある。そのため、西棟調査の際に不審に思われないよう、あらかじめフィスカが、その巡回騎士に話しを通していた。
「……パーシー、行くよ」
「お、おぅ……」
騎士の前で無様な姿を晒すわけにはいかないパーシーは、騎士と話している間だけは普通に見えるように振る舞っていたものの、今は、真っ青になっている。
「まずは、一階から確認しておこう」
とはいえ、それで調査を取りやめるということはできない。パーシーも、探す対象は幽霊などではないことくらい理解できてはいるのだが、それでも、深夜に幽霊だと噂されている相手を探し出すという状況そのものが、わりとホラーだ。青ざめるくらいは仕方ないだろう。
「一階は、医務室とか、リハビリ施設とか、だったよな」
「うん、でも、リハビリ施設は昨年辺りに二階に移ったはずだよ」
「あぁ、言われてみれば、そうだったな」
昨年、この西棟の医療施設は、拡大を余儀なくされた。キメラへ対抗するために、騎士を動員しては、多数の死傷者を出すということを繰り返していたため、急遽、一階を丸々医務室にして、二階、三階をリハビリ施設や入院施設として機能させることにしたのだ。
魔法である程度の怪我は治せるとはいえ、あまりにも酷い怪我や、治癒魔術を行使する者が近くに居ないまま運び込まれた者などは、一度で治せなかったり、体の動きが鈍かったりする。本来は、一階に医務室とリハビリ施設を置いて、二階と三階が入院施設となっていたのだが、そもそも運び込まれる人数が多すぎるということで、一階を丸々医務室へ、二階はリハビリ施設、三階はそのまま入院施設とした。入院施設の方は縮小した形ではあるが、そこは、二階の方に臨時で入院用の部屋を作ったりすることでどうにか対応している状態だった。
「気配はない、が……」
「うん、慎重に行こう」
幽霊は、毎日姿を現すわけではない。それでも、一番目撃情報が多かったのが医務室と入院施設という話をフィスカから聞いている二人は、小声で状況を確認して、そのまま黙って気配を消しながら異常がないかと探す。
診察用の寝台が並ぶ部屋。流行り病などに対応するための隔離部屋。備品室に、休憩室。魔力触媒の保管室など、一部屋ずつ、二人は確認を行っていく。一応は、管理室にも寄って、そこに常駐している騎士と医師にも話を聞くが、今日はまだ、何も目撃情報はないらしい。
「二階以降、か……」
「今は、三階の入院施設の方に十六人の騎士が入院してるみたいだから、静かにしておかないとね」
キメラによる襲撃は、それなりの頻度で起こっているため、ここの入院施設が空になることは基本的にない。それでも、夜はしっかりと施錠されて、外出できないようになっているため、彼らが幽霊の正体ということはあり得ない。
「さっさと、終わらせよう」
パーシーは、他の人間の前では気丈に振る舞うものの、隣に居るのがマディンだけだと、その恐怖を隠す余裕を失う。今も、少しだけ震えながら、必死に足を前に踏み出している様子が容易く見て取れる。
「……僕じゃなくて、アシュレーの方が良かったかな? パーシーは僕には甘えられないだろうし」
二階に上る階段の前。そこで、マディンは唐突にパーシーへと話しかける。
「っ、ア、アシュレーにもそんなことはしないっ」
実際、パーシーは人に甘える、ということが苦手なタイプでもあるのだが、マディンが言いたいのはそういうことではない。
「えー? そろそろ告白しても良いと思うんだけど?」
「こっ、こここっこっこっ、こくっ、こく、告白!?」
ひたすら恐怖と戦うパーシーへの、ちょっとしたマディンなりの気遣いであり、からかい。ただ、そこで鶏の鳴き真似をしているような状態になってしまったパーシーを見て、マディンは生温かい目になる。
「……うん、先は長そうだね」
先程とは打って変わって、真っ赤になりながらフラフラするパーシー。
「何はともあれ、今は任務優先だよ」
「マ、マディンが言い出したんだろっ」
「うん、そうだね。だから、ちゃんと現実に引き戻してあげたじゃないか」
「いや、そういう問題じゃないっ!」
そんな言い争いをしつつも、パーシーの足取りは先程よりも軽い。
そうして、階段を上りきった先で……パーシーとマディンは、即座に、その目を鋭く周囲へと巡らせた。




