第五話
ベルにキメラの状態を聞いてからまた数日、キメラにレイラという名前がつけられたり、どうにかキメラがアシュレーと仲良くなったりといった平穏な日々が続いていた。
「レイラっ、入るぞー」
「ふゆっ!?」
ちなみに、キメラの……レイラの喉にかけられていた魔術は、呪術であることが判明し、解呪師にそれを解いてもらうことによって、まともに会話できるようにもなっていた。ただし……。
「パーシー! おかえり、なのっ」
それは、とても幼い口調で、パーシーは日々、内心で悶えている。
「た、ただいま。今日は、何もなかったか?」
「うん、なかったのっ」
身体面では完全に回復したレイラ。相変わらず細いし小さいとはいえ、キメラとしての力は凄まじいものだということは、将にも元老院にも知れ渡っている。
「あのね、パーシー。私、ベルに、会いたいの……」
大きな翼を背中に抱えたまま、トテトテとパーシーに駆け寄るレイラ。それを見て、つい、レイラの影響力を忘れてうなずきかけたらしいパーシーは、すぐに正気に戻る。
「あ……わ、悪い。それはまだ、できないんだ」
「……ふゆぅ……」
途端にシュンと垂れ下がるうさ耳。そんなレイラの姿に罪悪感を抱いているのか、パーシーは困ったような表情で、そっとレイラの頭をポンポンと撫でる。
「その、色々とあってな。面会の許可は、まだやれないんだ。でも、そのうち、きっと面会できるようになるからさ」
『そのうち面会できる』というのは、パーシーの優しい嘘だ。現在、レイラの状況は厳重な隔離の下、保護観察ということになっており、それが解ける見通しは全く立っていない。レイラが気づいているかは不明だが、この部屋の前には厳重な警備体制が敷かれ、キメラの前に顔を出せる相手は厳選されている。
「それより、ほら。美味しいお菓子を買ってきたから、一緒に食べよう」
「ふゆっ!」
元気よく、奇妙な鳴き声を発するレイラ。外に出られないレイラのためにと、パーシーは毎日、珍しいお菓子や子供達が普通に食べるお菓子を少しずつ買ってきていた。パーシーが忙しい日は、それを持っていくのがフィスカやマディンやアシュレーに変わったりもしていたが、基本的に、一番レイラと仲良くしているのはパーシーだった。
「コロコロ、きれい。これ、なぁに?」
「こっちは飴で、こっちの丸いのはガムだな」
「あめ、がむ……」
今回はカラフルなお菓子ということで、鮮やかな色の飴玉と、粒の形になっているガムを持ってきていた。
「飴は、結構長く口の中に入れて舐めて溶かす食べ物で、ガムの方は、長く口の中で噛んで、その味を楽しむものだな」
そんな説明をするパーシーに、レイラは興味深そうにフンフンと聞いている。
「ちなみに、ガムは伸びる」
「のびる?」
「ビヨーン、とな」
「ビヨーン!」
パーシーのちょっとした言葉にも楽しそうに反応するレイラは、本当に、人間の幼子と変わらない感性を持っているように思える。
レイラと毎日のように接する将達は、早いうちにその事実を確認していたが、外へ出たいと、ベルに会いたいと切望するレイラへ応えることはできない。外へ出すことを危険視する者が多いというのもあるが、それ以上に、レイラはキメラとして嫌悪の対象となって、様々な人間に攻撃を受けるであろうという現実が、レイラと打ち解けた将達にとって重要だった。
(この幼いレイラを、危険に晒すわけにはいかない)
たとえ、その手が血塗られていようとも、それはレイラの望みではなかったことくらい、ベルの話とレイラの様子で分かりきっている。それが、将達の総意だった。
好奇心が強く、優しく、日々悪夢にうなされているだけの、ただの幼子。それが、レイラという存在に対する認識だった。
「ビヨーン……」
何かを考えるようにじっとガムを見つめるレイラへ、パーシーはニヤリと笑うと、その小さな口へガムの粒を入れてやる。
「っ!? …………んゆっ!」
その味は、レイラの口にも合ったらしく、レイラは頬に両手を当てて、キラキラとした目でモグモグと口を動かす。
「美味いか?」
「っ……」
コクコクと首を縦に振るレイラ。その懸命な様子にぷっと噴き出したパーシーは、またポンポンとレイラの頭を撫でる。
この平和がいつまでも続けば良い。そう願うのは、きっと間違いではない。しかし、事態は刻一刻と、変化を続ける。気づいた時にはもう、後戻りできないほどに追い詰められるということを、まだ、かの存在を除いて、誰も気づいていなかった。




