第一話
春夏の年、八月。春と夏の季節のみが存在するこの年で、八月というのは初夏の括りにある。
パーシーが悪魔の領地に向かって、キメラを連れ帰ったのが七月。そして、キメラが倒れ、眠っている間に八月へと突入していた。
「パーシー、あのキメラはまだ目覚めていないのかい?」
「ん、あぁ、まだ、眠り続けてるな」
「そっか……」
そんな中、廊下を歩くパーシーを捕まえたマディンは、ここ最近よく口にする言葉を紡ぎ、そのまま残念そうにうつむく。
「ベルの様子はどうだ?」
「うん、まだ、長い間は起きていられないみたいだけど、少しずつ、食事も摂れるようになってきてるんだ。あのキメラのおかげだよ……」
パーシーの問いに顔を上げたマディンは、嬉しそうな、そして、泣きそうな表情で笑う。
あの日、キメラが大勢の騎士達に憎悪を向けられ、逃げ惑うきっかけとなったのはマディンだった。パーシーに用事があったマディンが、直接パーシーの部屋に向かい、中にパーシー以外の誰かが居ると察知して踏み込んだことでバレたのだ。
「僕、あのキメラに謝らなきゃ。いきなり攻撃しちゃったし……」
それは将としては正しいことではある。たとえ、その後パーシーの部屋がぬいぐるみの綿まみれになっていようと、敵の排除が最優先だ。ただ、あのキメラが異常なだけだった。
「まぁ、あの子は優しいし、きっと許してくれると思うぞ?」
「そういえば、パーシーはあのキメラに助けられたって言ってたよね」
キメラがベルを助けた後、キメラは新たに用意したパーシーの部屋に連れていき、そこで療養をさせている。そして、そんな出来事が起こったからには、将の面々にはパーシーとキメラの関係性を明かしておこうということで、簡単にではあるが、キメラとの出会いを説明しているのだ。
「あぁ、あの子のおかげで、あたしはまだ、生きてるんだ。残念ながら、悪魔の領土から持ち帰ろうとしたものはなくなってしまったけど、あの子だけは、絶対に保護しなきゃならないって思ったし……まぁ、実際、それでベルが助かったわけだしな」
「……パーシー、それを聞いてちょっと思ったんだけど、悪魔の領土から持ち帰ろうとしたものって、何だったの?」
廊下で話すにしては込み入った話。しかし、パーシーならば気配に聡く、盗聴などの魔法察知にも優れているため、あまり心配はない。そもそも、こっそり防音結界を展開していることが多く、現在もキメラの話になってきた頃から薄っすらとそれが張られていることは確認できていた。
「あぁ、中身は見てないんだ。ただ、これだけは持って帰らなきゃと思って……。もの自体は、大きなズタ袋だったな」
「……それって、人が一人くらい入りそうな大きさだったりする?」
「おぉ、そうだなっ。って、何でそんなことを聞くんだ?」
パーシーの言葉に眉間にシワを寄せたマディンは、そのまま言いにくそうに口を開く。
「いや、その……これは、ただの予想なんだけど、その袋に入ってたのが、あのキメラってことはない、かなぁと……」
そのマディンの予想に、パーシーはピシリと固まる。ついでに、防音結界も少しばかり揺らぐ。
「いや、だって、持って帰らなきゃとパーシーが思った荷物がなくなって、連れて帰らなきゃと思ったキメラが居たんだろう? それに、話では『白き死神の地』で倒れたって話だったし……。もしかしたら、キメラがパーシーを抱えて、『永劫の森』に辿り着いたのかなぁって……」
確かに、そうでもしなければ辻褄は合わない。むしろ、どうしてそこに思考が辿り着かなかったのかと思えるほどに、あり得そうな展開だ。
「……あたし、二回もあの子に助けられてた、のか……?」
「僕も、ベルを助けてもらったし……それにアレは……」
マディンが言いよどむ『アレ』というのは、キメラの豹変について。あまりにも滑らかに言葉を紡ぎ、あまりにも見覚えのある魔力を行使してみせたキメラ。その姿には、やはり、マディンもパーシーも思うところがあるのか、口を閉ざす。
「ま、まぁ、何にせよ。ベルとキメラにそれぞれ話を聞かなきゃだよなっ」
「う、うん、そうだね」
動揺しながらもそう言い合う二人。
キメラが目覚めたという報告を受けるのは、それから数分後のことだった。




