第十二話
大会議場で開催された議会。それは偏に、キメラを見たいという野次馬根性によって実現したと言っても過言ではないものではあったが、意外にも、その進行はまともな方向に進んでいた。
「では、このキメラを実験に使うのは反対だと?」
「そうですわね。実験を行うにしても、このキメラの力は未知数ですので、まだ経過観察か必要かと」
現在、議会で発言しているのは元老院の中でキメラに対して下種な視線を送っていた者と、それに対抗しようとしているフィスカだ。
二人はそれぞれ、キメラの檻に近い場所に新たに設置された発言台の前で、発言を繰り返している。そして、フィスカの発言に眉を顰めるのは、何も元老院の者のみではなかった。キメラに復讐心を抱いているマディンですら、問題の先送りとも言えるフィスカの発言に表情を歪めていたのだ。
「はっ、未知数、ですか。しかし、現在、このキメラは無力化されている。電流をしばらく流す程度で無力化できるとなれば、実験することも容易いと思われますがな」
そう言って、男はガンッとキメラが倒れている檻を蹴り上げる。
そんな男の様子に、笑いがどっと巻き起こる中、必死に大人しくしようと沈黙していたパーシーだけがグッと拳を握り締めて……ふいに、不自然なまでに会場が沈黙してしまう。
「こんな畜生ごとき、容易く御することができるはずで……? 何だ?」
その沈黙に最後に気づいたのは、最もキメラの檻に近かった男。たまたまキメラを背後にしていたため、彼は気づいていなかったのだが、さすがにその異様な沈黙と、己に……いや、己の背後に向けられた視線に、言葉を中断する。
「……キメラ……?」
誰の呟きだったのかは不明だ。しかし、彼らの注目は、確かにキメラへと向けられていた。議会が始まる直前まで、電流を流され続けてグッタリとしていたはずのキメラ。どんなに屈強な人間でも、動けるはずのない負荷を強いられていたはずのキメラは、今、小さな檻の中でユラリと立ち上がり、感情の灯らぬ瞳で辺りをゆっくり、見渡していた。
「ひっ、ひぃっ!!」
キメラが動けるという現実に腰を抜かす男。しかし、そんな男には一瞥も寄越すことなく、キメラの視線は一点に固定される。
《……フィスカ、何で僕は、あのキメラに見られてるのかな?》
苛立たしげにそっと、フィスカへ念話を送るのは、マディンだ。隣では、パーシーが動揺しているのだが、幸い誰も、そんなパーシーの様子には気づくことがない。
《マディンを? ……分かりませんが、とりあえず刺激は控えてください》
パーシーではなくマディンを見つめているという事実に、フィスカは当然引っかかりを覚えたはずだが、今はとにかく、キメラへの刺激を控えることが優先だと、そう指示を飛ばす。
キメラを閉じ込めている檻も、キメラの動きを封じている枷も、全て、特殊な素材によって造られたものだ。
魔封鉄と呼ばれるその素材は、言葉の通り、全ての魔法を阻害する力がある。ただし、それは直接その鉄に触れている者のみにしか効果のないものであり、魔封鉄に触れていない者が外部から魔法を発動させて攻撃することは可能だった。だからこそ、キメラは長時間電流を流されることとなったのだから。
《この檻は、最高級の魔封鉄で造られていますが、キメラの力が未知数であることも事実です。警戒をお願いします》
そう念話で伝えながら、フィスカは青ざめ、腰を抜かした男を回収しようと、そっと気配を消して動き出し……。
「ぁ…………」
誰かの小さな声に、思わずといった具合に動きを止める。
キメラへの刺激がよろしくないことくらい、この場の人間ならば判断できるはずなのだ。それなのに聞こえてきた声。それは、確実に、異常を知らせる声だ。
「あ、ぁ、ぁ、あ、あぁっ」
掠れて、途切れ途切れに聞こえるその声。誰もが、その音源に気づいて、青ざめたところで……。
「あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあっ!!!!」
その音源が、キメラが、絶叫した。




