第十一話
マディン・レプスは、元はただの農民だった。両親を早いうちに亡くし、たった一人の妹と穏やかな日々を過ごしている。そんな、ごくごく普通の青年だった。
彼の魔法の力は飛び抜けていて、その力を買った当時の国王、シェラ・ハスフェルトとともに旅をすることになり、ついには大地の将という位にまで上り詰めた。
悪魔との戦争が始まったのは、そんな時。その戦争によって、ロザリア王国国王、シェラは肉体のみを残して眠り続け、水の将であったフィスカが国王代理となる。悪魔の領土に続く道はひとまず閉ざされたものの、残党狩りや国の平定のために、大地の将という地位を戴いたマディンは奔走し続けた。そうして、そろそろ安全が確保できてきたため、妹を城へ呼ぼうという話になってきた頃に、その訃報が知らされたのだ。
「ベル……絶対、仇は取るよ」
当時はまだ、地方の方が安全だと思えるほどに、王都は混乱していた。だからこそ、マディンは唯一の肉親を故郷に置いたままにしていたのだが、そこをキメラに襲撃された。
命からがら逃げ延びたのは、遠目からそれを見てしまった村人。そして、その証言があったからこそ、マディンの故郷はキメラに蹂躙され、壊滅したのだと判明した。そうでなければ、そこに、村が存在していたという事実を、誰もが冗談だと笑い飛ばしていただろう。なにせ……そこには、何一つ、残っていなかった。村が存在したという証は、何一つ、見つからない。ただただ、更地と化した空間のみ。
必死に駆けつけたマディンは、その光景を前に崩れ落ちた。信じられない、信じたくない現実を前に、その心が病んでしまうのは、きっと仕方のないことだったのだろう。
大会議場への招集を受けて、フィスカ、パーシー、マディン、アシュレーの四人は、それぞれ名前を呼ばれて入場を果たし、前列の特別席へ着く。
普段、議会の進行に関わる中心人物が発言するための発言台が置かれている中央部分には、現在、台車に載った檻がある。周囲をグルリと囲い込む議席には、元老院の面々が着席をして、その檻に向けて様々な視線を向けていた。
「……キメラ……」
ポツリとそう呼ぶパーシーへ、フィスカはチラリと視線をやることで牽制する。
「今、殺せないのがとても残念だよ」
マディンはといえば、うっすらと微笑みを浮かべながら、仄暗い瞳を檻の中のキメラへ向けている。
「…………」
アシュレーはといえば、ただただ無言で、感情の読めない表情をたたえるのみ。
今回の議題は、キメラの処遇に関してだ。ただ、それが表向きの内容であることをこの場の誰もが理解していた。
あまりにも目立ってしまったキメラは、その姿さえも城中の者に知られてしまった。そして、その幼い少女の姿を取っているというキメラを見たいという本音……いや、もっと言うのであれば、邪な欲望を抱いていて、キメラへそういった方面の危害を加えられないかと企んでいる者が存在していた。もちろん、そんな存在ばかりではないものの、それがゼロであるとは言えない。それが今の、ロゼリアの現状だった。
小さく痙攣をするキメラの様子を、誰も同情的に見ることはない。いや、パーシーとフィスカは例外ではあるが、それでも、それを表情に出すわけにはいかないため、ただただ、沈黙を保つ。
「元老院長、ギウス様のお越しです」
そんな議会進行役の言葉で、大会議場は一気に静まる。
フィスカとて、国王代理という身分ではあるが、議会という場において、元老院長との立場の差はどうしても存在してしまう。元老院長の発言力はフィスカを容易く上回る。そのため、今のこの沈黙は、大会議場をあっという間に掌握してしまうほどの実力を見せつけられている状態だった。
白髪に、ヤギのような白いヒゲをたたえたかくしゃくとした老人。杖はついているものの、その杖は仕込み杖として有名であり、現役で悪魔と戦える実力を持つ彼は、元老院を取りまとめる長として、貫禄をしっかりと備えている。
「ふむ、ふむ……では、始めようではないか。そこなキメラの処遇に関する話し合いを、のぉ」
青く、鋭い眼光で、さっと大会議場を見渡したギウス。その目を見て、怯えの表情を浮かべる者は、きっと、良からぬことを企んでいた者なのだろう。
「さぁ、国王代理殿。開会の宣言を願いますぞ」
「……はい。これより、フィスカ・シャルロットの名において、議会を開会致します」
よく通る、透き通った声で開会を告げたフィスカは、そっと、ギウスへ厳しい視線を向けていた。




