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罪荷  作者: 糸月名
可能性
16/23

アルマ


爆撃の後から委縮しきった男は口を開こうとして躊躇うという行為を延々と続けている。どうやら私がどれだけ危険な存在かを骨身にしみて理解したようだった。このまま眺めてるのも面白いと思っていたが、緊張のあまり運転をミスされて新しく調達した車をダメにされても困る。だから、緊張をほぐすために口を開いた。


「なんか言いたいことがあるなら言えよ」


話しかけたら男の肩が跳ねて車が少し蛇行したがすぐにハンドルを切って安定した。


「アンタは誰なんだ?」


私は私以外の何物でもない。質問の意味が解りかねた。だからそのまま聞き返して見た。


「最初はさっき言った〝ディラン・ウィリアムズ〟だと思った。けど今は別人なんじゃないかって思っている」


声が震えていた。確信に迫っているように感じ、精神が高揚しているのか、はたまたただの怯えからくるものなのか。けれども男は私の真実に最も近いところに居たのだろう。


「誰だと思っているんだ?」

「《ノーフェイス》」


声すら混じらない乾いた笑いが零れた。私は男で《ノーフェイス》は女性、だから笑ったというわけではないのだ。間違っても運転する男の答えが滑稽だったからというわけではない。当たらずとも遠からず、そんな位置にある言葉だったから、意外だったから笑いが零れた。

どうしてそこにたどり着いたのか、思考の流れが気になりそのまま口にすると男はこちらを視ることもせずに口を開いた。


「一人称。今のアンタを見ていると一人称に違和感はないんだ。でも、アンタが話してる過去のアンタ自身は〝私〟って感じじゃないだろ」


今度こそ、滑稽という意味で乾いた笑いが漏れた。堪えることもできなかった。


「こんな程度の……。正確性にも根拠にも欠けるそんなただの直感で。情けないな」

「なんで今までの話で一度たりとも一人称を口にしていないんだ?」


確かに私会話の上で一人称を最初は無意識のうちに、自覚してからもあえて覆い隠してきた。この男が言った通り、私に〝私〟なんて一人称は似合わないからだ。けれども、面白いことに私がもともとなんて自分を呼称していたのかなんて覚えていないし、興味も失せた。


「私、俺、僕、自分。どんなものを使っていたのか、今となってはもうどうでもいいんだ。思い出すこともできない。だけど、話をするうえで自分自身を呼称する一人称は必要なんだ。だからくすねたんだ。あるいは乗っ取られているのかもな」

「《ノーフェイス》に?」


私は鼻で笑って返した。

急激な絶望だった。皮肉を言おうとしても、声がかすれて乾いた笑いしか出てこない。


「いいや違う」


酷く惨めだ。この会話を早く切りたかった。言葉を促してこの一連の会話を始めたことに強い後悔を覚えている。


私って、私の名前って、いったい――なんだったっけ?


どの技術の弊害かもわからない。今まで生きてきた人生を失った気がした。名前が存在していないことがこんなにも空虚だと知らなかった。無意識のうちに割けていた一人称はきっと、こうならないための防衛本能だったに違いない。

煙草を吸って脳を侵すニコチンのように緩やかに血の気と気力が薄れていく。

とにかく話題を逸らしたかった。


「『罪荷』って何のためにあるんだと思う?」


急に話しが変わったことに男は戸惑っているようだった。


「罪を掌る機関だろ?」

「罪荷とは何かを聞きたいんじゃないんだ。なんで『罪荷』という器官が脳に存在するのかを聞いているんだ」


口にして初めて語気が強くなっていることに気付く。本当に追い詰められている。どうしてこんなにも切羽詰まっているのか、心がざわつくのか、冷静な分析ができないでいた。


「罪を犯すことが神の意向に背くから、とか? 聖書にも犯罪を咎める文言があるだろ」

「宗教家みたいな答えだな」

「なら、アンタはどうなんだ。なんて答えたんだ?」

「答えなんか出なかった。どんなに考えても『罪荷』が存在している理由なんて思い当たらない。何を持って罪なんだ? 何を持って犯罪とする? 罪の定義はどこにあるのかどうしても理解できないんだ」


男はどうにも不服そうな顔をしていた。その理由もなんとなくわかる。この質問は過去の焼き増しだ。ちょうどヴェーラがこの質問に男と同じ顔をしていた。


「法律という指標がある、そう言いたいんじゃないのか?」


沈黙は是。答えも同じく焼き増しで、ヴェーラの言葉を一言一句トレースしただけだ。


「お前の弁だと法律ができてから『罪荷』が生まれたようじゃないか? 脳の機能なんてもっと後から存在して然るべきだろ? それともそんなに劇的に人類が変化したとでも? 二〇〇〇年以上科学的な進化以外を失った人間には無理だろ」

「なら、罪の指標はなんなんだ?」

「間違いなく法律だ。だけど、それじゃあ答えじゃないんだよ。なぜ法律が指標なのかを考えないといけない」


それが私には答えられなかった。

けれども、天才たる私には答えられる。


「この私、アルマ・フィリティアが聞かせてやろう。その答えを」

かきためはありますが、忙しいので少しずつ投稿します

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