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罪荷  作者: 糸月名
戦禍覗かれざる内戦
14/23

生きた紙幣


日本語訛りの抑揚の薄い英語が鼻につく。


「待ちくたびれたぞ」


私達の苦労も知らない男の言葉はあまりにも軽薄だった。

国連組織から逸脱した最古の『罪荷おろし』を生み出した国、日本。そこから別件で第二ドイツと呼称される泥沼へと踏み込んだ平和の国の使者は揺れる黒髪の間から鋭い視線を覗かせていた。


「こっちも暇じゃない。早々に情報を交換するぞ」

「ランデブーポイントを3度も変更しておいてよく言う」


そう口にしてタスクがメモリーチップを机の上に転がす。

結局、日本人のエージェントは合流地点に現れなかったが、代わりにチップを張り付けて幾度も姿をくらました。高度に暗号化された中身を解読しながら次から次へと場所を変え、最終的にたどり着いたのはオープンテラスの洒落たカフェだ。三時間以上もかかり、スプリンクラーで濡れネズミだった私たちの身体はすっかり乾いていた。

この町では軍人の姿もそう珍しいものではなく、風景の一部に溶け込んでいる。武器も指紋認証が必要なため容易に奪えないことも、この文武入り混じった光景に一役買っていた。


「暇じゃないと言っただろ。《ノーフェイス》を見つけることのプライオリティはそう高いものじゃない。ああ、気にするな。ここじゃ英語を解する奴はそう多くない。軍服はこそこそしている方がよほど目立つ。堂々としていろ。たとえ、街中でトップシークレットが垂れ流されていようとな」


《ノーフェイス》と口にした時にどうやら顔に出ていたようだ。言い分は分からなくもないけれど標的が闊歩する街中で暗号すら使わない男は迂闊が過ぎるとも思った。


「一応、下調べの情報を提供することになっている。もう一度確認するぞ。日本はこの件に公には関われない」


男の名前もコードネームも知らない、合言葉すら交わさなかった。本来ならありえないことだ。けれども日本の『罪荷おろし』はあくまでも『日本人』しか裁かない。海外に逃亡した、あるいは潜伏した日本人の罪を背負いなおした人間のみをアサシネイションする機関なのだ。国連の仕事に力を貸す――外国籍の人間の暗殺に関わる――ことは国際社会から大きな非難を受けることになる。


「本部はペンタゴンだったか。その割には前身の二枚舌が見え隠れしてんだよ。アンタらの上司は立場を明確にしなかった。信頼できない」


この日本人はあまりにも鋭い。外交時にはひた隠すディランのイギリス訛りを感じ取ったのだろう。だから外交を象徴する二枚舌。


「分かっている。あくまでもIAEAの核査察の情報収集の一環として提出を命令する。日本に拒否権はない形だ」

「分かっているようで何よりだ。拒否権のある常任理事国が羨ましい限りだ」


そう言って机に叩きつけたのはどこから取り出したのか、小さな便箋だった。国際規則に則った公文書には判もサインもあった。タスクがすぐさま中身を検める。


「なんだこれは」


中から出てきたのは反対側まで透けて見えるごく小さい切手のような黒いシートだった。セロファンのように見えなくもない。


「マイクロフィルムだ」

「マイクロフィルム?」


タスクですら聞き覚えが無いようだった。それに対して口を開くとロクなことが無いヴェーラが反応する。


「マイクロフィルムってあのマイクロフィルムか。第二次世界大戦の金の流通を示した機密文書を――」

「違う。二〇三〇あたりから日本以外が研究を完全にやめた分野だ。形のある状態で分析されにくく、壊れにくい。人類が滅びても残るデータだ」


今ではピコ単位のサイズで刻み込まれているが、元は第二次世界選以前に開発された旧技術群だ。ここにデータがあっても、これを解析できる技術は日本にしかない。災害が多く、第四のライフラインが全滅した時のバックアップ用の技術がここにきて腹立たしい外交カードに変化している。つまるところ渡されたデータが正しいのか日本にしか判別できない。新手の嫌がらせだ。


「それをモブで――ああ、お前等は端末って呼んでたか。それで送れ。あとは国連で待機してるうちの技術者が解析してくれる」


タスクがデータを送信するけれど、レスポンスは解析不能。どういうことだと厳しい視線を向ければ、嫌味な笑みを浮かべ肩を竦めるだけだ。日本人特有の奥ゆかしさというモノは鳴りを潜め、その奥の悪意のみを剥き出しにしたかのような存在だった。


「どういうことだ?」

「そんな目で睨むなよ。国連には間違いなくいるぞ、国連には、な」


そう言うことか、口にして思考を整え直す。やり口には怒りしか感じないが理解はした。建前が核査察の弊害。IARCOの本部はスイスのジュネーブではなく男が言った通りアメリカのペンタゴンに存在している。


「どうした? 早く送れよ」


安易に男の言う通りにはできなかった。IARCOの、もっと言えば『罪荷おろし』の使う通信は機密だ。複雑に暗号化されたセキュリティをIAEAに解読できるとは思わない。そして、その解読法と周波数はアメリカのペンタゴン内でも知っている人間は限られる最高機密だ。犯罪者に漏れることだけは何としても避けなくてはならない。


「それがどういうことか理解しているのか?」

「IAEAは常に記者に解放されている場所だ。そこへ送られるべき情報は開示されなくてはならない。この『第二ドイツ』なんて呼ばれる場所を生み出した弊害だ。事前に三七発の核を見つけてもなお、戦争を止めるに至らなかった故のペナルティだ。外交カードは多い方がいい。お前等の情報はその一つにさせてもらう」

「正気か。このまま《ノーフェイス》を野放しにすれば犯罪者が増えるかもしれないんだぞ!? 世界中でこのレベルの悲劇が発生する」

「ほう、それは初耳だ。今回は《ノーフェイス》という犯罪者を逮捕ないし暗殺することが任務じゃないのか? 少なくとも日本に求めた協力はそうだったはずだが。情報が足り無いようだ。《ノーフェイス》とは具体的になんだ、どんな存在だ?」


――最悪だ。


組織の秘密主義を恨まずにはいられなかった。ディランがどこまでの情報を他国に開示しているのかも、私達には公開されていない。現場単位で政治上のやり取りをすることはない。それは現場の判断で国家を左右する決断を避けるためだ。今は自分の不幸を呪うしかない。

けれども、それが違和を感じ取るきっかけにもなった。そもそも目の前の男がおかしいことに気付いているのはフォーミュラと私だけのようだ。


「それ以上は紅茶のみに聞け」

「喧嘩腰になるな。スクアッドリーダーはお前だ]


フォーミュラに嗜められて熱くなっていたことに気付く。今やるべきことは私の判断でマイクロフィルムのデータをIAEAに送るかどうかの判断をすることだ。

呼吸、聞き取りにくい抑揚、剥きだしの悪意が意図的に私たちの神経を逆なでする。ある種、相手を逆上させる技術ともいえるものをこの日本人は持っている。AMSを外した時に限ってどうしてこうも裏目に出るのか、ありもしない何者かの作為的なものを感じてしまう。

「タスク。IAEAにデータを送れ。IARCOの暗号は使うな。それで解読されることを避けろ」

「なるほど、確かに暗号化されていなければ解読も何もないな。だが、《ノーフェイス》に内容を覗かれる可能性を避けることはできないな?」

日本人の声が異様に腹立たしい。意図的に敵愾心を煽るこの男の目的を私は測りかねていた。熱くならないように自分を諌めるけれども、私以上に怒りを感じていたのかヴェーラが唐突に拳銃を突きつけた。何の感慨もなく撃鉄を起こして、周りから注目を集めないように銃口は机の上数センチの位置で固定されていた。


「動くな」

「何してるヴェーラ」

「国際問題を内戦直後の国に叩きつける気か?」

「その口も閉じろ」


何の考えもなくこんなことをするとは思わない。けれども一連の動作は衝撃的すぎた。少なくとも、暴力的な行為に手を出すならタスクの方だとすら思っていた。


「なぜこんなことをした、後戻りなんかできないんだぞ」

「こいつは日本からのエージェントじゃない」

「根拠は?」

「勘」


思わず頭を抱えた。

どうして後先考えずに動くのか。よくもまあその短慮さで『罪荷おろし』に入れたものだ。優秀でも人間性に難がありすぎる。

今この瞬間に内戦という名の代理戦争が始まってもおかしくない危険な行為だ。それを肯定することは決してできない。そしてその動機も行動の契機たるものとは到底思えなかった。


「私はヴェーラに賛成だ」


これまた私には理解できないことが起きた。理知的で感情的な行動を嫌うフォーミュラがヴェーラを肯定した。その真意は定かではないが、彼女は感情で動くような人間性をしていない。フォーミュラやヴェーラが、目の前の男をエージェントではないと判断した何かがある。けれども、私には分からない。

「銃を降ろせ。今なら忘れてやる。その引き金はこの国の存亡を背負っていると知れ」

ヴェーラは銃を降ろさない。タスクは止めるわけではなく私を見るだけだった。スクアッドリーダーの私の言葉にヴェーラは立場上逆らえない。銃を降ろせ、そう口にするだけで全て収まる。

それでも、私は銃を降ろさせない理由を探していた。少しだけ覚えた違和感。それを私が信じるか信じないか。


「早々に判断しろ」


滴る汗。国の存亡を背負っているのは引き金ではなく私の判断だ。考えろ。違和感は確かに存在した。《ノーフェイス》がカギであることは確かなんだ。


「速く」


私の思考に日本人の男の声が射しこまれる。思わず黙れと口に仕掛けて、とどまった幸運を祝福する。口にしていればヴェーラは引き金を絞った可能性がある。文字通り口を二度と開かせないために。


「……………………………………」


――今、日本人と目が合った、のか?

セーフティを外し、撃鉄を起こした銃のマズルを向けて引き金に指を掛けている人間がいる。多くの人間を殺し、生き抜いてきた特殊部隊の暗殺者だ。それでも、止めようとしている私を見ていた?

特殊部隊の人間なら銃を向ける相手から目を逸らすことなどあり得ない。目の前の男は明らかに特殊部隊出身ではない。

そこから連鎖的に違和感が解消した。

《ノーフェイス》という単語があまりにも自然に出てきたから忘れていた。そもそも、現場に告知出来る内容ではない。それこそIARCOの本部があるペンタゴン内部ですら知る人間が少ないのだ。それこそ『各国』の首脳クラスにすら明確な情報は伏せ、それでもなお協力を取り付けさせるほどの事態が発生していた。

なら、目の前の日本人はいったいどこで《ノーフェイス》という敵称を認知した?


「二枚舌、そういったな?」

「銃を降ろさせろ」


煩わしい男の声を無視して私は続ける。


「二枚舌はイギリス人のことを指す。とりわけIARCO内部に二枚舌(イギリス人の)外交を活用できる奴は一人しかいない。ディラン・ウィリアムズだ。一介のエージェントであるお前がなぜ知っている」

「そんなことはどうでもいい。先に銃を降ろさせろっ」

「《ノーフェイス》という名前はお前が言ったように極秘だ。現場に居る人間が知れるような情報じゃない。IAEAやIARCOの内部事情から作戦指揮官まで把握してるやつなんかいない。細かい話を言うなら髪もそうだ。正規の軍人なら刈り上げるだろ。爪や手だって銃を握っている人間のそれじゃない。手入れが行き届きすぎだ」


ここに来て初めて日本人の顔が驚きに満ちた。それから参ったように顔を伏せてポケットの中から何かを取りだす。最初は銃かと警戒したが階級章だった。細かい装飾はアメリカ式のモノとは違うが、それが並々ならぬ人間のものだと想像に難くない。少なくとも現場に出る人間が着けるモノではないことだけは確かだった。


「謝罪はこちらがすべきもののようだ。俺は日本自衛隊国外特殊作戦s群担当所属久遠三佐だ。本来会うべき部下は殉職した。内容が内容だけに新人を生かせるわけにいかなくてな。それと間違えるな。俺は自衛隊員だ」


正直驚いた。敵性勢力かと勘繰っていた節があったことを認めなくてはならない。

男は机の上に三枚の写真を並べた。どれもアジア系の男の写真だ。そのうちの二枚は赤いペンでバツ印がつけられていて、まるでキルマークだ。既にアサシネイションが行われたのだろう。全ての写真の男のこめかみに傷があることから日本の仕事相手がこの人間たちなのだろう。

そして、その写真のうちの一枚に酷く見覚えがあった。


「まずこれらに目を通せ。今回殺す予定の男だ。今はキルマークのない男を見てくれ。今回合うはずのエージェントだ」


思わず部隊の仲間の表情を伺った。

躍り出た腸と、ゴッホのように塗られた脳漿を思い出している輩は誰も居ないようだった。この状況で日本のエージェントを手に掛けたのが私達であるという事を知る者は、私ただ一人だった。ヴェーラの行動が危険だと非難している場合ではない。


「我々は《ノーフェイス》が犯罪者を増やせることを知っている。二枚舌からそこはしっかりと聞いているからな。それを前提として聞け」

「そのエージェントとどういう関係がある?」

「まあ聞けよ。日本では自主的に犯罪的思考を、言い換えるなら『罪荷を背負いなおした』かどうかを検査する。義務でもあるし、なんなら自主的に受けることだって珍しくない。その適正に合った人間を『罪荷おろし』として採用しているわけだ」

「つまり『あの』エージェントは……」

「ああ、お前たち、ひいては我々の暗殺対象だ。さらに言うなら『罪荷を背負いなおした』時点では犯罪に走らない。そこへ必要となるのはトリガーだ。多大なストレスによって、機能代償を行って取り戻した罪荷は活性化する」


こういう仕事に携わる以上、話は聞いたことがあった。脳の機能代償は稀なケースではあるが、人類を母数とした犯罪者の数はなんと一〇〇〇万分の一程度らしい。世界人口の八〇〇〇人程度だ。つまり、何が言いたいのかといえば機能代償が発生する確率はそこまで低いものではない。それこそ万が一。

人類は実はもっと多くが罪荷を背負いなおしていて、けれどもそれを十全に生かす段階にいないことがあるのではないかというのがこの話だった。

結局真偽は分からなかったけれども、分かったところで犯罪者でない人間を私たちが殺すわけにもいかなかった。


「日本の『罪荷おろし』はそう言った開花していない人間の集まりだ。どういうわけか『第二ドイツ』に来てこの三人の自衛隊員の罪荷が活性化した。最新のパワードスーツを盗み、逃亡したわけだ。このうち二人を殺し、あと一人、未だに逃走中。それがこの男だ」


日本人が指したのはキルマークのない男であり、私たちが殺した男だ。

ある意味、ほっとした。私達が殺したのは犯罪者であり、日本にとっても隠したいことだった。


「その男なら、こちらで処理した」


左手の端末を操作して、コンタクトに写った男の顔を端末に出力する。写真と全く同じ男と一緒にパワードスーツも破壊したことを説明すると、日本人は渋い顔をする。


「どおりで遠いわけだ。『この』じゃなく『あの』だもんな」


何を言っているのか理解できず首を傾げると、日本人は何でもないと口にした。日本人特有の距離の感覚があるという事らしかった。

ああ、そうだ。と思い出したように口を開くタスク。


「第三帝国が大日本帝国によろしくだとさ」


皮肉が理解できなかったのか日本人は首を傾げた。





そんなことがあっても結局、エージェントを殺したことについてはおとがめなしで、丸く収まった。同時に浮上した問題が日本のジエイタイ員が《ノーフェイス》と接触した可能性があるという事だ。

仮称『CCC』によって巧妙に隠されていて、どこで接触したのか不明であり、その三人の行動パターンがあのマイクロフィルムには記されているらしかった。

今、フィルムの内容をIAEAで精査している最中だ。


「そのマイクロフィルムが改ざんされている可能性は?」

「俺もつけているが、ハッキリ言おう。改竄は不可能だ。大腿部に外科手術で記録用の機械と一緒埋め込んでいる。人体の行動を電気信号でリアルタイムに刻んでいる。どんな行動を行ったのか、この第二ドイツへきてから記録してある。ただあくまでも電気信号の波形だけだ。それが地図にどこへ行ったのか記されているわけじゃない。解析には後数時間かかる見込みだ」


待機、待機、待機が多い仕事だ。『罪荷おろし』の仕事の大半は待ち時間だ。私たちはこの間に日本の用意したセーフハウスに寄って待機していた。この待ち時間をいかにして潰すかが肝要で、個性が色濃く出るところでもあった。

情報官のタスクはこの国のラジオに耳を傾け、第二ドイツの出来事を探っていた。ほとんどのラジオは親善大会の様子を中継しているが、そうでない局を探して聞いているようだった。

ヴェーラも同じくラジオを聞いていた。しかし、手に握りしめている新聞とそこにメモされた$マークと羅列された数字を見てすぐに賭け事をしていることに気付く。尽くずくアレックスに似ていて、見ることなくなったニヤケ面がチラチラと映りこむ。

そんなラジオに浸っている二人に対してフォーミュラは本を読んでいた。中身は私の知らない言語で書かれていて――それでもコンタクトを通して翻訳すれば解読は可能だが――時折、視線が周囲の警戒のために視線が文字を追うのをやめて、完全に静止する。しばらく周囲の音に気を配ると再び視線が動き出す。タスクやフォーミュラは兵士としての長年の癖が抜けないのだろう。

ヴェーラやアレックスもガッツリと息抜きをした時の方が心なしか動きが良いこともしばしば見受けられる。明け事も体に染みついた癖なのだろうか。

日本人は部屋の隅で書類仕事を熟していた。現場仕事でない人間の弱みか、こういう時に仕事をしなくては、首が回らないのだろう。

かくいう私は、何もやることが無く時間を持て余していた。ラジオというモノはTVや空間テレヴィジョンというモノに馴れた私にとって、どうにも肌に合わなかった。賭博に熱中できるような性質でもないし、本によって知識を蒐集する趣味もないし、現場に戦う以外の仕事を持ち込むこともない。

だから銃の手入れをしながら周りの様子を確認するしかなかった。いつもならトランプを持ち込みアレックスとゲームをしていた。アレックスがいなくなってからはパズルを持ち込んでいたが、それも機内に置いてきてしまっていた。

現場に出てまで待ち時間があると思っていなかった無趣味人間の弊害で、こんな時は他人を羨む以外の選択を持ち合わせていないのだった。

だから、アメリカでは三〇年以上も前に廃れて、ある種珍しいニュースペーパーの上に解体した銃器を広げ、一つ一つの部品を精査する。けれども、何千回と繰り返してきた銃の手入れは、今ではお手の物で三分とかからない。挙句銃弾までマガジンから外して再度こめ直す始末だ。

そんな時だった。私にとって皮肉めいた最悪の朗報が舞い込んできたのは。

最初にタスクの顔が歪んだ。次にフォーミュラの目の動きが完全に静止し、本を閉じる。その頃には私にも気づける異変となっていた。外が妙に騒がしい。喧騒と内戦の小康状態の陰鬱とした雰囲気が重なり、纏っていた独特な重み。今はその小康状態にあるという枷が消えたような感じがした。喧騒だけが微かに、けれども確実に勢いを増している。

遠くでサッカースタジアムのような歓声が聞こえる。その中には怨嗟と怒号が混じり、ジワジワと剥き身のどす黒い感情が渦を巻きだした。

そんな中、ヴェーラだけが新聞紙が折れ曲がるほど力いっぱい握りしめてガッツポーズをしていた。気が付いたらたら身体が勝手に緊張感のない背中を蹴っ飛ばし、スクアッドリーダー権限でラジオ通信を切断していた。


「タスク、何があった?」


不満たっぷりの表情をしたギャンブラーを無視してこういう時に役に立つ情報官を、兵士としての習性で頼っていた。


「あの負け癖が抜けてない奴が死んだ。死体が街を引きずり回されてる」


言葉の重みと、その無いように最低な皮肉を織り交ぜるタスクに嫌気が刺した。


「おい、それってつまり――「内戦だ」


私よりも先にフォーミュラが思考を言語化してしまった。


「あの会場で何人もの人間が暴徒化した。それが伝播してドイツの要人すら殺して回っているようだ。ラジオを聞いていたが、何の前触れもなかった」

「武器は?」

「ない。丸腰の人間が一斉に暴れ回ったようだ。爆発音や銃声は聞こえなかった。多くの人間が困惑していた。ラジオDJなんかはサプライズイベントかなんかと勘違いしていた。内戦直後の国で馬鹿馬鹿しいほど平和ボケしてる」


護衛も押し寄せる人の波には対応できなかったのだろう。ドイツ人は人の波に押しつぶされた後、遺体が晒されたと考えられる。


「それとは別にもう一つ聞きたいことがある」


耳小骨に埋め込まれた機械がラジオの情報を直接流し込んできた。オープン回線のようで久遠も反応した。


『今、この国には〝鼠〟が入り込んでいる。かつて核という病原菌を媒介したうすぎたいなやつらがだ。これ以上の暴挙を許すな。我々が掲げるべきは分かたれた二つ目の旗ではない。それが打ち立てられる前の宗教と血と自然を象徴した一つの旗だ! ドイツの人間がこの国の内戦を先導しているぞ! アメリカが金をばら撒いているのは我らが同胞と潰し合わせるためだ。傀儡国家をつくり、搾取するのが好きな屑どもを許すな。仕事を奪い外資を奪う中国を許すな。北極開発を失敗したロシアが我らの国を狙っているぞ! 国連はなにもしちゃくれない。武器を持て同胞たちよ、国民たちよ。IAEAに紛れた工作員がこの国の毒として浸透している。家の中を蹂躙しろ。〝鼠〟をいぶりだせ! 我らが五〇年もの間、苦汁をなめ、屈辱に沈んだのは奴らのせいだ。街灯に死体を吊るせ! この国から奴らを追放しろ!』

「形式上、資料を提出したのは日本国政府の書簡だったはずだ。この『第二ドイツ』に『罪荷おろし』が入り込んでいるという情報は伏せられている。IAEA職員が引き回された今、入り込んでいる鼠は俺たちのことで間違いない」


タスクが嫌そうな顔をして口にした言葉。クーデターなのか内戦なのか全く読み切れない状況で、国民が私たちを排除するために動き始めているのかと考えると、作戦は失敗と言わざるを得ない。


「《ノーフェイス》に作戦が漏れていたと考えるしかないな」

「いったいどうやって? この中に裏切り者がいたとでも言いたいのかよフォーミュラ」


このまま会話の応酬を放っておけばスクアッドは統制を失い崩壊するという確かな予感があった。だから私は個々で口を挟まずにはいられなかった。


「落ちつけヴェーラ。フォーミュラも口を慎んでくれ。カメラにも写らない、周囲の人間にも記憶されない。その能力があれば内通者なんていらない。堂々とIARCOの内部を歩き回って情報を物色することも可能だ。『罪荷おろし』よりも《ノーフェイス》の方が上手だっただけだ」


多少険悪な雰囲気を残しつつも何とか瓦解を防いだ。こういう時、タスクのように男の頭数が多いと精神的にもチームの空気的にも安定を感じられるのがありがたかった。女性人に囲まれた任務は思い出すだけで寒気がする。今回も例にもれずAMSを忘れてきたことを悔やんでも悔やみきれない。どちらにしろ不利にしかならない機械だ。


「この状況なら協力は惜しまん」


そう言って久遠が口を挟んでくる。懐から何かを投げ捨てたかと思えばデザイン変更前の一〇〇ドル札だった。今ではニュースペーパーよりも珍しい。変更以前のデザインが、という意味ではなく、そもそもの現物としてのマネーがという意味だ。アメリカどころか世界中で紙幣や硬貨はほとんどプレミアの付いたガラクタだ。使用したことのあるとしたらそれこそマットのような古い人間だけだろう。


「その紙幣は日本の『罪荷おろし』がこの『第二ドイツ』へと踏み込むきっかけであり根拠だ。紙とインクとICチップではなく特殊な塩基配列が構成している。つまり、DNAがあった。生きた紙幣だ」


最も今は死んでいるが、とも久遠付け加えた。どうも、久遠の話では見つけたときは脈動していたらしい。何が言いたいのか理解が追い付かないのでそのまま伝えると、さらに新しい資料を放り投げた。そこには写真とその他の情報がきっちりとまとめられていた。久遠の几帳面な人間性が垣間見える。資料はとある人物についてのモノのようで、日本語が読めない私たちは、翻訳が終わるまでの間、写真へと視線を滑らせた。けれども、そこに顔は無く、No Imageと書かれているだけだ。


弾正原(だんじょうばら)和人(かずんど)。『罪荷』と犯罪を結び付け、取り除く手術を考案したこちら側の有名人だ。八〇年ほど前に自殺による死亡が確認されている。そいつのDNAから作られた紙幣だ。どういった経緯と目的で作られたか定かじゃないが、調べるだけの価値があると判断した」

「バイオパスか」


ヴェーラの悪い癖が出た。


「生体情報を通行証コードとして使う技術がなかったか?」


考えなしに口にする癖を肯定するつもりはないが、バイオパスは妥当だと認めざるを得ない。それ以外に使用できる『生きた紙幣』など発行する意味がない。


「この混乱した国でドル紙幣の現物は信用のある通貨としてレンテンマルク紙幣と一緒に出回っている。今のレートは1ドル2レンテンマルクだ」


レンテンマルクはEU設立前、第一次大戦で課された借金から復興のために発行された臨時通貨だ。この国ではそのデザインのまま、同じ通貨をドイツがユーロ、ドルと交換できる紙幣として流通させた。

タスクが紙幣の端をつまみあげ、一頻り眺めると、腕の端末を操作して視覚情報にフィルターをかけ始めた。

「この国のどこかで『生きた紙幣』が増刷されているわけだ。ICチップもあって、透かし、電子インクもホンモノ。実に手の込んだ偽札だ。この国で使われているセンサー類を掻い潜るくらい訳ないな。それに、薬品も落ち切っていない。ほぼ新品だ」

フィルターの機能はいじりすぎると見えないものが見えるようになる。興味に駆られて夢中で操作していた時期もあったが、昆虫の複眼と同じ見え方をするフィルターを使ってから、気分が悪くなって、それ以来触ってもいない。


「日本の専門家も全くの同意見だ。出来が良すぎる――、が。どういうわけか浸透していない。この国にばら撒いて国力とドル紙幣の信用を大きくすり減らすことも可能なはずだが、わずか三パーセントにとどまっている」


となると日本もバイオパスという意見は違わないのだろう。探りを入れている最中にエージェント三人が罪荷を背負いなおした。元から兆候が見えている人間を集めていると言っていたが、それでもほぼ同時期に三人。いくらなんでも異常が過ぎる。

それが示すことはただ一つ。

理解はしているが、誰も口にはしない。頭で結果を理解していても、現実でそれを如何にして成し遂げたのか。その不明な部分が言葉を述べようとする口を閉口させた。それでも、分かっている事実を述べなくては先には進めない。

私はスクアッドリーダーとしての責任を負っているのだから、内戦が発生したと思われる状況で停滞する選択肢を選ぶわけには行かない。


「認めたくはない。認めたくはないが、受け入れるしかない。《ノーフェイス》は自分が狙われることを読んでいた。暗殺者が送り込まれることを察知し、それを食い止めるために内戦を起こした」

「俺たちを食い止めるために五〇年間続いた地獄にもう一回突き落としたって言うのか?」


悪意があるのかいまいち判断のできない、不謹慎なことを言うタスクにいい加減にしろと諌めたくなる気持ちを抑えこんだ。現状と生産性を考えるとそうせざるを得ない。


「何をやろうとしているにしろ、私たちがいると邪魔なようだ。つまり、私たちにとって利にならないから、妨害している。作戦を続行するにしろ、中止にするにしろまずはここを早々に抜けるべきだ」

「フォーミュラの意見に賛成だ。ほかに意見のある者は?」


無言が返答として帰ってきた。

ここからは迅速な行動を心がける。二分で不要な書類を焼き、データチップ類を破棄すると装備を準備する。この後、エージェントの足取りを追うべきなのか、撤退するべきなのか、はたまた現状をこの地でやり過ごすことが正解なのか。何も判断できなかった。それでも、私たちは戦うしかなかった。



狭い路地の入り組んだ街で繰り広げられる暴動と略奪。その壁が熱気と共に間近に迫る光景は、生産性のかけらもなければ、巻き込まれる女子供を見てしまうと、醜くも見えてくる。けれども、それを見捨てて移動しなくてはならない私たちはもっと醜いように感じた。

天井から漏れる光に目をやれば、そこには激しい人の壁が立ち揺らいでいた。


「酷いありさまだ」


そう語る久遠三佐に正直助けられた。予め作っておいた隠し通路に身体を滑り込ませタ途端、暴徒と化した連中が雪崩れ込んできた。

ほとんどまっすぐに隠れ家にきたところを見ると、《ノーフェイス》には何もかも知られているのかもしれない。それに対して私たちのしれていることはいるであろう国と、そこからの足取りと思われる情報だけだ。

そう考えると、情報戦は完敗で、第五の戦場は完全に制権を奪われた。その挙句、陸戦でもアドヴァンテージは《ノーフェイス》にある。なんなら『第二ドイツ』の制空権を国連は持っていない。

汗や血の匂いすら感じられるほど近くに、私たちの命を狙う暴徒が暴れ回っている。今後の行方以上に、何かの拍子に砂埃が落ちる天井が抜けないかの方が今は心配だった。


「贅沢は言ってられないが、さすがにかび臭いな。肺をやらないかが心配だ」

「後でメディセルすればいい。数日で肺水腫までなら治るぞ」


技官たるタスクの話は専門用語が多すぎて理解ができなかった。肺水腫が何を指す病気なのかもいまいち分からないし、メディセルの技術にしたって学のない私には理解の難しい単語がならんでいるという印象だった。

一応、メディセル――メディックカプセル――については調べたことがあるが、夥しい種類の投薬、電気、酸素量などを調節して体調を整える者であるらしいのだが、一般に普及しているだけあって、軍人向けの分かりやすい説明なんて何もくれなかった。だから私にとってメディセルは、中に入れば回復する魔法の箱だ。


「部下もそう言っていた。メディセルは正直好かん、カビ臭さ位我慢しろ。煙草もだめ、酒もだめ、挙句の果てに脱出路にまでケチつけられちゃ適わん」


不健全すぎる。口には出さないが、そう思ったことは間違いない。私の中で久遠三佐は随分と変な人間……、いわゆるディランと同じ側に分類されつつある。

そんな中、かび臭い通路の空気をあまり吸わないように、バンダナで口元を覆い隠し、押し黙ってせっせと先を急ぐヴェーラとフォーミュラには尊敬すら覚えた。あのヴェーラですら口を開かない。このカビ臭さがさすがにきつかったと見える。


「そういえばなんなんだこの通路は? こんな都合よく残ってるものなのか?」


私とは異なる視点を持つタスクはこの場所の存在意義について疑問があったようだ。


「そうか、そのあたりも説明してやる。そもそも、まともな国なら『罪荷おろし』に協力するわけがない。この辺りはまともとは言えないが、すくなくとも『罪荷降ろし』は受け入れられなかった。だから条件を引き合いに出した」

「この辺りの都市構築か。良くドイツが許可したもんだ」


この国の騒乱を収めたドイツが大凡の実権を握っているに等しい。その後も事実上の傀儡国家になっていたのだから金のなる木をそのままにしておく意味がない。


「日本とドイツは第二次世界大戦後から細々と続く盟友でな」

「負け犬同士の傷の舐めあいがまだ続いているのか……」


いちいち皮肉を挟むタスクの欠を固いブーツの先で蹴飛ばす。タスクもタスクで命の恩人相手に皮肉が飛び出したことを少しだけ申し訳なさそうにしていた。


「未だにコネや交渉ルートが多く残っている。それに、世界一土木工事が上手いのは紛れもなく日本だ。物資、人、そして軍。三次元的に物流を制御できるからな。情報に関しちゃ後れを取っているが、それでも十分だったわけだ」

「さすが災害に愛された国。初期復興力に掛けて右に出る者なしだ」

「アンタらがB29で東京を焼いてくれたおかげで鍛えられたからな」

「皮肉を皮肉で返すなよ。奥ゆかしさのかけらもない、本当にジャップかお前」


再度タスクのケツを思いっきり蹴とばした。


「悪かった、悪かったよ。もう口挟まねぇよ」


おしゃべりと黙秘主義しかいないスクアッドリーダーは正直、給料に見合わないと思う。帰ったら早々に退職願いだ。


「この国の基盤を整えると同時に、地下道を掘って作戦に使えるようにしたわけだ。この国の三割ほどはこんなふうに地下道が巡っている。ここもその一つだ」


他人の国で作戦を進めやすくするための交通網の敷設。アメリカの工作活動がかわいく思えてくる規模だ。


「工事の速度と精度には自信がある。安心しろよ、アスベストなんか使っちゃいない、〝クリーン〟な仕事だ。上で工事を行いつつ、その音に紛れて下に道を掘ることなんてお茶の子さいさいだ。その気になれば、最終手段ではあるがこの地下道を崩落させて都市機能をマヒさせてでも脱出するさ。工事の範囲〝外〟の地下空間に日本はあくまでもかかわっていない。如何非難されようが涼しい顔さ」

「………………、……………………」


思わずタスク並みにいろんな意味で酷い皮肉をたらしかけて口を噤んだ。少なくとも一つ、分かったことは久遠三佐を好きになれない理由だった。タスクと非常によく似ている。

今後の予定は見えず、いまも暴動が続いている。当初は内戦と目していたが、それは的外れだった。今のところ一般市民による大規模な暴動であり、内戦まで発展していない。というよりも、内戦になるための『敵』が存在していない。あくまでも鼠たる私たちを排除するために動き出している。


「それで出口はどこにある? どこまで行けばここから出られる?」

「ハッキリ言って隠れ家が割れていた以上、他のセーフハウスにも暴徒が雪崩れ込んできている可能性がある。今は国連から通信があるまで待機だ。俺も本国から連絡があるまで変なことはしたくない」

「国の地盤を沈めるとかな」

「……まだ蹴っ飛ばし足りなかったか?」


肩を竦めるタスク。おどけた調子だがさすがに押し黙った。


「結局このカビ臭い地下で足止めか」


そう口にするとヴェーラとフォーミュラが絶望的な顔でこちらを睨み付けてきた。男である私には理解できないが、こういった場所は女性からしたら嫌なものなのだろう。だからと言って上に出るわけにもいかない。

諦めろと言わざるを得なかった。

かれこれ数キロは歩いたか。一度休憩を挟み、表向きの本部であるIAEAに連絡を飛ばす。どうやら向こうもこの事態は観測しているようで、ディランに繋いでくれた。


『内戦にまでは至ってはいないようだな』

「本当に絶妙なラインだよ。ただの暴徒に国連軍は出動できない。挙句今は『核査察中』で、逃げるにしてもどうすればいいのか」

『泣きっ面に蜂だな、悪い知らせだ。先ほど国連が事態へ介入するかどうかの決議が行われた。ドイツが拒否権を行使した』


ドイツの立場は分からないでもない。国連が核査察という名の秘密裏の介入を行ったとたんに小康状態が崩れた。正式に介入した国連にひっかきまわされたくないのだろう。


『特に問題なのが、ドイツが『第二ドイツ』から手を引かなかったことだ。どうやアメリカよりも血の気が多いらしい』

「ソマリアかアメリカかドイツか。どれに対しての皮肉かわからないが、もうそれは聞き飽きた。要件を言え」

『ドイツが軍事介入する。文字通りの内戦が勃発するぞ』

「この国は国連に加入したんじゃなかったのか? 数分前までドイツの庇護下にあった国だぞ。まともな戦力なんか軒並み解体されてんだ。そこに武力で介入なんかしたら――」

『ジェノサイドだ』


背筋が凍った。心なしか胃の辺りにプレッシャーも感じる。

恐らく、ただの虐殺では済まない。ドイツはいわゆる『こちら側』だ。『あちら側』の国の介入があれば、五〇年以降、最大の死者を出すことになるだろう。全てが数字として計上される最悪の代理戦争が始まってしまう。


「プランは? まだこの国には要人がいたはずだ。それに紛れて脱出だけでもどうにかならないか?」

『国境は既に封鎖する命令が下されているはずだ』

「何でそこまで迅速なんだ!」


思わず声を荒げた。


『その暴徒たちが全て『罪荷を背負いなおした』犯罪者の可能性があるからだ』


その可能性には行きついていた。《ノーフェイス》が接触したならば、機能代償によって取り戻された『罪荷』が活性化しているはずだ。現状で核が使用されていた〝死災害〟以後最大の死者数を出したのは罪荷を取り戻した人間だ。それを何人も外に出すわけには行かない。


「俺たちは、見殺しか?」

『そうはさせん。以後、お前たちは私の指揮下に戻される。あとで久遠にも伝えておけ、日英同盟はいきていると』


どいつもこいつも歴史にたとえやがって……。


『ドイツの軍事介入は今から一五時間後の夜明けだ。それまでに《ノーフェイス》を鎮圧しろ。暴徒の発生場所にはいくつかの共通点がある。バイオパスの件は日本から私に直接通達があった。その場所を通達する。そして、日本のエージェントの足取りも。その二つが重なった場所が《ノーフェイス》がいた場所である確率は高い』


その後の話を待たなかった。


「セット、一五〇〇。たった今からこの小隊はIARCOの管轄下に戻る。夜明け前に《ノーフェイス》を殺害する」

『そうだ、それでいい。こちらからのバックアップの復活する。上空の無人機の『墜落事故』で建物を崩すくらいはできる』

この国の人間全員が罪荷を取り戻す前に《ノーフェイス》を殺害することが任務だ。

『作戦名は〝ホットゾーン〟だ。状況を開始する』

「最っ低だ‼」


通信を切ってから情報を伝達する。主に通信を聞いていない久遠三佐に、だ。


「イギリス人のジョークのセンスは最悪だな」

「全くだ」


同レベルだぞ、久遠三佐、タスク。

下らないジョークを下らないジョークで流していると、フォーミュラがピクリと何かに反応を示した。私たちが今来た通路から何かを感じ取ったらしい。


「爆発だ……」


その直後、温かな風が髪を揺らした。確かに、私たちが来た方向から吹いている。


「不味いな。この通路が見つかった」

「どういうことだ久遠三佐」

「自家製のクレイモアを仕掛けておいたんだ。二度扉を開くと追っ手ごと入り口を崩落させるためにな。あんな蟻の大群みたいな量の人間を相手にするトラップじゃない。崩落する前に人が詰まって雪崩れ込むぞ、この地下に」

「本当に地盤ごと沈める羽目になるかもな」


私はタスクの尻を無言で蹴っ飛ばした。

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