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罪荷  作者: 糸月名
戦禍覗かれざる内戦
12/23

第二ドイツ


結果を言おう。ターゲットは見つからなかった。けれども、異常は追えた。姿かたちのない存在をどう追うかといえば、携帯端末、監視カメラが主だ。

例えば、ショーウィンドに映りこんだ景色がちょうど人間の形に別の時間のモノを映し出している。あるいは存在しない車が通っていた。

例えば、一人だけの机に二つ用意されたコーヒーカップ。茶色い液体には光と影のコントラストで人の形が二つ映されていた。明確に顔が分かるものではないから仮称《CCC》と呼ばれるものの改変を受けなかったと推測された。

そういった者は数多く。

例えば、列車で不自然に一つだけ開いた席。されもその場所に視線をやりもしない。

例えば、雨の降りしきる街。人の形に雨の降る強さが変化していた。

例えば、通話の音。会話の背景に混じる状況にそぐわない数の足音。幾重にもフィルタリングして、突き止めたその通話には声が混じっていたのだろう。

いくつものケースを重ねて見えてきたのはその行動範囲だ。驚くべきことに、かなり広大な範囲を忙しなく行き来している。そして最も多く経由した場所があった。

突き止めた場所は核抗争が起きた中東。国が分裂と統合を五〇年間繰り返すこと三八回。今の名は第二ドイツ。

核抗争は国連と常任理事国の責任を浮き彫りにした。環境問題、国際問題に黙りこくってきたツケだ。そうして、核抗争は止まることを知らなかった。そこへ待ったをかけたのがドイツだった。二度の世界大戦を敗北したドイツが核抗争を止め、力を失った国連で常任理事国の地位を手に入れるに至った。今は国としてまともに機能するまでドイツが軍隊と技術者を派遣している。


「で、結局取れたのか? おーい、紅茶のみ」


着陸許可を待ってはや二時間。今は隣国の上空を輸送機で旋回していた。いつまでもこの調子だと揺れに馴れない三半規管が視界を歪めて、胃の中を吐き戻しかねない。


『単刀直入に言おう馬鹿者。無理だった』

「ドイツに協力は仰げなかったか?」

『協力は仰げた。二つ返事で了承したさ。だが、自治権を完全に委譲し、内政も完成しつつある。結果としてドイツに頼るだけでは入国許可が出ない。『第二ドイツ』は今非常に不安定な国だ。軍事作戦なんて敢行された場合には内戦が再度勃発しかねない』


私は明らかに聞いていた話と違う点があることに自然と眉を眉間に寄せていた。


「安定していたんだろ?」

『ああ、していたとも』


不穏な言葉。強いストレスによってだだっ広い貨物室が狭く感じるほど空気が悪くなった。ただでさえ、気流の機嫌によっては激しく揺れる貨物室で二時間も足止めを喰らっているのだ。特にヴェーラ辺りが今にも司令部へ殴り込みに行きたそうだった。ちなみに、ここにいるもう一人は十分ほど前の乱気流の影響をもろに受けて、しゃべれなくなっていた。


『たった今、『第二ドイツ』はドイツの要求を突っぱねた。それにより国内がすでに二分され始めている。今、情勢を脅かせば内戦の火が再燃することになるぞ』

「俺たちはどうすればいい?」


『お前たちはクビだ(You are fired)』


あまりにも突発的かつ演技がかったイギリス訛りの英語にとうとうヴェーラがキレた。


「ふざけんなクソ上司‼ これ以上この場で足止めを喰らえってのか!? 内戦以上の大惨事が起こるかもしれねぇ状況だと分ってんのか」


スラング交じりの口汚い誹りは耳を塞いでも通信機越しに耳小骨が強制的に振動し伝わってしまう。おそらくはAMS――Auto Mental Stability――を外してきた弊害だろう。普段抑制されている感情が荒立ちやすくなっている。


『たった今、『第二ドイツ』は国連に加盟した』


それを聞いて私は理解した。だからヴェーラの肩に手を置いて制した。それでも興奮冷めやらぬ、と言った調子だが、落ち着き払った私を見て舌打ちをしつつ口を噤んだ。その態度に特に拘泥するところもなかったので、通信へ口を開く。


「それで? 俺たちはどこに配属されるんだ?」

『IAEA』

「国際原子力機構か」


世界で最も権威ある組織。ヒロシマという核の脅威を知らしめた伝説を経てその力を増し、核抗争という地獄を未然に防げなかったことによって更なる力の拡大を求められた数少ない組織だ。PKOよりも多くの資金が割かれる、今では国連の花形だ。


『君たちには《核査察》を行ってもらう』


なるほど、二時間もかかるわけだ。

私は納得した。『第二ドイツ』を二時間で強引に加盟させて、核査察で人材を送り込む。常任理事国すべての協力を得られているからこその荒業だ。内戦勃発しかけている国に人間を送り込む方法がまともなはずがないとは思っていたが、まさかこんな方法だとは予想できなかった。


「武装した人間を送り込むのか。火種にならないか? それに核査察なんて任されてもこなせないぞ。やれって言うなら資料を寄越せ」

『いや、君たちはIAEA職員の護衛だ。元内戦地に送り込ませるのだ。そのくらいは融通させた。核査察はドイツ人の高官が行う』


つまり、表向き私たちはIAEAの武装職員。そして、IAEAに必要以上の武力は必要ない。つまるところ、私たちの所属するIARCO――International Anti Re Criminal Organization――通称『罪荷おろし』――のバックアップを十全に受けられないことを意味していた。


「大丈夫なのか? 内戦国には送れないだろ」

『まだ、内戦は起きていない』


あっち側もこっち側も協力してできるのは核査察。内戦を起こさないことに必死になって有効な手が打てていない。通信が切断され、輸送機の外面の吹きつけた塗装が電圧によって変化させているころだろう。正式に依頼を受けた正規の国連を示すものへと。


「なあ、どうしてドイツの協力を蹴ると内戦が起きるんだ?」

「また資料読むのサボったな、ヴェーラ」


いい加減呆れてため息しか出てこない。マットの時も私の口からきいていた。戦場では優秀なのにそれ以外ではポンコツもいいところだ。


「今この国には二つの勢力がいる。まずは親ドイツ派。いわゆる罪荷を取り除いた(こっち)側だ。でもって、そいつ等を打倒して政権を握りたいそれ以外。親ドイツ派が与党にもかかわらずドイツの要求が蹴られたという事は」

「寝返ったのか?」


首を横に振る。

『第二ドイツ』と呼ばれるこの国の内政に詳しいわけではない。それでも資料を読んだ限り、その兆候はなかった。莫大な恩恵を受けられるこっち側から抜け出そうとは考えないはずだ。ほかの野党にしたって親ドイツ派が多く、そもそもあちら側の野党は政治から締め出されていた筈だ。親ドイツ派でなければ国民からの票が集まらないからだ。

知る限りの情報を照らし合わせても寝返ったという結果ではない。


「考えられるのは二つ。あちら側の国からの妨害。そして軍事クーデターだ。最悪の場合両方だ。ただでさえ、今日は浮ついた奴らが多い。慎重に行かないと本当に内戦が勃発するぞ」


比較的ヴェーラにも分かりやすく説明したがそれでも納得がいかないようで首を傾ぐ。


「どこの国も協力してる状況で横から殴りつけてきた国がいるのか?」


途端に情報の根底が揺らいだ気がした。

――なんだこれ。違和感と呼ぶにはあまりにも大きな異常。私には形容できないが、今のヴェーラの言葉、おかしくなかったか?

いったい何がここまで引っ掛かっているのか理解できなかった。OSシステムを動作するために左手の端末に手を伸ばす。けれども起動することはなかった。大きく輸送機が揺れ、そのまま着陸に入ることを知らせるアラートがなり、私たちは身体を機体の内壁に固定することになる。その頃には吐き出せなかった違和感を無意識のうちに解消してしまった。



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