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罪荷  作者: 糸月名
姿なき狙撃手
10/23

葉巻とラム酒


「中に何が書いてあったんだ?」


私が銃を突きつけた白人の男は自分の命の行方より、私の話が気になって仕方が無いようだった。あるいは私が命をむやみに奪うような人間ではないと思っているのだろうか。だとすれば、愚かとしか言いようがない。なぜなら私は、取り除いた罪荷を好き好んで積み直した男なのだから。


「何も。書かれているのかという意味ならNOだという事だ」


運転している男は私の言葉の意味がよく理解できていないのだろう。それをいちいち突きつけてやらないといけないのは手間ではあるが、時間つぶしにはちょうど良い塩梅だ。ただ、それには少し喉が渇いた。ダッシュボードを漁り、何かないかと探りを入れる。


「なんか飲むものを持ってないか?」


銃を突き付けられた男はニッと笑う。それが何を示す者か理解できず、警戒を強めたが、それは要らぬ気配りだった。


「運がよかったな」


承認が全て。車もハンドルを握る手の指紋が承認されなけば、動かすこともできない。男が開いた小さなドアも同じだった。そこから出てきたのは。ジャンクフード店の紙袋だった。


「飲んでいいぞ」


紙袋を取り出した私は顔を顰める。まずその匂いだ。油や上げたポテトのような香ばしい香りはしない。それどころか、甘い果物の香りが漂ってきた。折りたたまれた口を開くと、そこには黒いケースとラムの瓶が入っていた。


「――アンタ、運び屋だったのか?」

「いいや、そんなモン車に入れておけるわけがないだろ。一瞬で通報だよ」


銃を向けられているというのに、男は随分と砕けた調子だった。明けてみればわかるさ、という言葉を信じ、黒いケースを開いた。


「これは、また。ずいぶんと立派な葉巻だ」

「キューバなんだろ? ならケネディだ」


ここにもアレックスみたいな奴がいたことにうんざりする。こっちは亡霊にまで悩まされているというのに、これだ。私にはケネディという名前にピンとくる心当たりは無いように思えた。けれども実際に誰なのか、アレックスに似たこの男に聞くのは非常に癪だった。

取り出した葉巻を手で弄びながらどう切り返した者かと思案する。


「アンタアメリカンだろ。なんで知らないんだ」


思わず目頭を揉んだ。どうやら顔に張り付いていたらしい。未知という魅力を最近まで知らなかったのが不思議に思えるほど知的好奇心が私の中に眠っていたようだ。


「ジョン・F・ケネディだよ。本当に知らないのか? キューバにアメリカ人で葉巻と言ったらこの男以外いない!」

「誰なんだ」


知識をひけらかす男が鬱陶しくなり、思わず強い語調で返した。それが失敗だったと気づいたのは、男が含みのある笑みを浮かべてからだった。


「アメリカの35代大統領だよ」

「今の大統領が何代目か知ってるか? 七〇だぞ?」

「六八だよ」


私は思わず黙らされた。自国の歴史にさして思い入れがあるわけでもない。軍務についてから今に至るまでアメリカの外で暮らしている期間の方が長いこともその一助となった。


「ケネディは偉大だ。なんてったってキューバ危機を止めたんだからな」


その言葉で私の記憶の奥底からケネディという人物の名前が掘り起こされた。ゲバラ、キューバ、葉巻。全てが繋がったような気がした。

かつてソヴィエト社会主義共和国連邦という国家があった。アメリカと核を突きつけあい、お互いに牽制し続けていた。冷戦の主役ともいえる二国には世界を終わらせる力を持っていた。それが行使されかけたのがキューバ危機だ。ソ連がアメリカの目と鼻の先にミサイル基地を建設し、ミサイルの配備を行おうとしたのだ。アメリカはそれ見過ごさず、海上封鎖まで行い二国間の緊張が極限まで高まった。文字通り世界は破滅の危機に陥った。それを止めたのが、ニキータ・フルシチョフとジョン・F・ケネディだ。


「そのケネディが好きだった葉巻がこれだよ」


予想が外れた。キューバ危機だから葉巻と掛けたのかと思いきや、そもそも葉巻を愛用していたという事らしい。煙草もそんなに吸う方ではない私は葉巻を咥えることすら初めてだった。とりあえず吸い口を咥えて――そこまで来てライターを常備していないことを思い出す。催促しようと思ったが、これだけでも葉の豊かな香りが楽しめた。結局、それを吸うことなく胸ポケットに納めた。


「貰っとくよ。また今度吸う」

「ならケースにでも入れとけよ。湿気るぞ」

「湿気るまで生きちゃいないから気にしなくていい」


私はラムの瓶の蓋がキャップであったことに幸運を感じた。コルクなどではこの後保存がきかない。大人しく瓶に口を付け、窪めた舌に乗る分だけの粘性の高い液体を下に乗せた。瓶から口を離し、舌を巻くようにして味わいながら飲み下す。アルコールで上気する体と甘い香り。それだけで乾いた喉が満たされることはないが、悪くない気分だった。舌で唇を湿らせてから瓶い蓋をしてそのまま懐に納める。


「こっちも貰っておく」

「お好きにどーぞ。ああ、そうだった。アンタに聞きたいことがあった。そのマットって言う男はどうして足を使わなかったんだ?」


質問の意図が理解できない。足が使えたから私とヴェーラはあそこまで苦戦を強いられた。だからこそ、男の質問が点で的外れのように感じたのだ。


「その場にいたわけじゃないから正確には分からないけど、マットは足を使った攻撃をしてないじゃないか。近くで戦って蹴りを使わなかったんだろ?」

「湿地で好んで安定を欠く片足になりたがる奴はいねぇよ」

「でも電筋義体って今の人工筋肉よりも安定感ではすぐれてるって。直感的に動かせないけどバランサーで自動的に調整してくれるものだったような?」


素直に感心した。


「人工筋肉を動かすのは人間の電気信号だからな。思い通りに動かせる。ただ、本人の予期しない動きには人間の足と同様に弱い。電筋義体は演算によって強制的に安定した位置に調整される。ただ直感から乖離した動きになるから兵士からの評価は低いんだ」


ただし、頑丈で手入れのしやすさも人工筋肉で作られた義体よりも手軽だった。それこそ、戦闘においてもアドバンテージを得られるほどに優れていると言っても過言ではない。だからこそ、男の疑問はもっともだ。私にもマットがなぜ足を使わなかったのか理解できない。それこそけりでも使って私の腰骨を砕いてしまえば簡単に勝てたはずだし、それを行うタイミングもなかったわけではない。


「ダメだ。考えるほどマットの動きが不自然に思えてくる」

「そうかい? 僕には何だかマットのことが分かる気がする」


私は男と出会ってから初めて驚いた。名前も知らない白人の男は長く一緒に過ごした私でさえ理解できないことを、人伝に聞いただけで理解したらしい。


「戦場で死にたかったんだ。でも、簡単に殺されるわけには行かなくて、たぶんそのゲバラを託せる人間が来るまで待ってたんじゃないのかな」

「…………………………」


私が睨み付けると男は肩を竦めた。どうやら気分を害した意味を本人は理解しているらしい。それでも緊張感が抜けたこの男に氷柱を刺して、気を引き締めてやらなければならないと感じた私は口を開いた。


「お前、何も理解していないな?」

「悪かったよ。話の続きにそそられたんだ。なんかあったんだろ?」


懲りていない。ゲバラには確かに何かあった。書かれてはいなかったが挟まれていた。それを好奇心旺盛な男に伝えようとして、私の直感がそれを遮った。


「後ろの車。二度曲がった、撒けるか?」


男は首を傾げてバックミラーを覗いた。そこには黒の2WDが。車に詳しくない私には射手までは見えないが、時代に逆行して排気ガスを大量に吐きだしてそうな黒い煙を車両後部から垂れ流していた。


「アメリカ製か。また物好きな」


旧式のデザインを見て、どこのモノか見分けは付く。同時に、あれはこの国の覆面ポリスカーであることを直感で悟った。どうやら私の蛮行にようやく気づいたようだった。カーナビから響くビープ音は近隣の道に検問が引かれ渋滞に注意するようにという警告だ。

思わずため息が零れる。それから私は自分の首を触った。二度三度マイクの調子を確かめるように声を吐き出す。


「『こちらディラン・ウィリアムズ少将。作戦名《二〇〇一年宇宙の旅》よりエリアQへの爆撃要請を確認した。作戦地域に待機している機体は直ちに爆撃を開始せよ』」


私が私ではない声で言い切ってから二秒も猶予はなかった。検問や道路ごと吹き飛ばす破壊の光が降り注いだ。




破壊とその惨状。車は近くの建物に突っ込んだ。その状態で男がうめき声を上げて、生きていることを確認した。口で言うよりも遥かに鋭い釘を刺せただろう。


「まだ殺されないと思っているなら、その考えを改めるべきだ。早急にな」

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