初心者狩りはいけないと思います
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
どうも、乃亜改めノアです。今ボクは必死に街路を走り抜けています。
え、何でかって? それは後ろを見ればわかると思うなぁ……。
「待ちなぁお嬢ちゃん。ちょぉっと腰の短剣についてお話をしたいだけなんだぁ……げへへ」
「そうそう、ぐへへ」
ボク、絶賛追い剝ぎに遭っています。ダレカタスケテ。
なんでこうなっちゃったかなぁ……。
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遡ること数分前。ボクは初めての世界、初めての街に気分を上げながらあちこちふらついていた。気分は外国旅行である。
「へええ。ほんとに現実みたい。でも少しアニメチック」
武具屋や雑貨屋を冷かしたり、NPC……この世界に住む一般人が送る生活営みを時に見かけながら、井戸屋石造りの街並みを観ながらふらついていた。ふと二人の男性に声をかけられた。
「へいそこの白髪のお嬢ちゃん、初心者かい? よかったらお兄さん達が色々教えてあげようか。げへへ」
「ぐへへ」
……なんというか、明らかに怪しい。声をかけた二人は確かにある程度このゲームをやりこんでいるようで、高そうな甲冑や防具に身を包んでいた。せっかくの申し出だけど、断ろう。
「いえ、大丈夫です。のんびり自分なりにやっていこうと思っているので」
「そうかい。じゃあせめて今後の為に安い雑貨屋を案内させてくれねぇか? げへ」
「ぐへへ」
「安い雑貨屋? あそこじゃなくてですか?」
さっき見かけた雑貨屋も安いには安かった。ボクは初心者ポーションが一個30Gで売っていたを思い返していたが、更に安いというのも気になる。嘘かもしれないが。
「そうそう。あっちの路地裏にあるからさぁ。案内だけさせてくれないかぁ? げへへ」
「ぐへへ」
「んんん……じゃあ、お願いします」
初めて会話したプレイヤーだし、せっかくだと思い、ボクは二人に先導されて歩き出した。
「こっちだぜお嬢ちゃん。げへ」
「ぐへ」
「結構裏路地にあるんですね」
「そうだぜ。知る人ぞ知る名店なんだ。げへへ」
「へえぇ」
段々と裏路地へ裏路地へと連れていかれることに不安を覚えつつ、二人と話す。
そうしてボクは一件の建物の前にたどり着いた。けどここ廃屋っぽいけど……。
「着いた、ここだぜお嬢ちゃん。げへ、開けてみな」
「ここ……って何もってわぁ!」
腰に衝撃を受け思わず後ろに飛び下がる。
「ちぇっ盗りそこなったぜぐへへ」
「何やってんだよ、げへへ」
「な、何を……」
「いやぁ、お嬢ちゃんが腰に差してる白色の短剣が気になってね。げへへ」
「そうそう、ちょっとお借りしようかなぁなんて。ぐへへ」
思わず腰の短剣を確認する。しっかり括り付けたので盗られはしなかったが、不相応な装備を腰に佩いていたのは不用心だったかな……?
「……っ!」
とりあえず人通りの多いところに行かないと……!
「あっ逃げたぞ! げへ!」
「ぐへへ! 追え追え~!」
ボクはその場からダッシュで逃げ出した。来た道を辿って走るが、ここで一つ大きな問題がある。
ボクは……方向音痴なのだ。
そして冒頭に戻る。
必死に駆け抜けたが、全然大通りに出ることが出来ない。道がさっぱりわからない。どうしよううううう……。
「あっ……」
行き止まりへと逃げ込んでしまった……これはまずいやばい。
「げへへ、追いついたぜぇお嬢ちゃん」
「ぐへへ。さあ、その腰の短剣を貰おうかぁ」
「もう隠す気もないじゃんかぁ……渡さないよ……!」
借りるじゃなくはっきりと貰うと言ってのけたことにツッコミを入れつつ。腰の初心者装備の短剣を抜き構える。こうなったら隙を見てもっかい逃げだすしかない……!
ボクが覚悟を決めて戦闘に入ろうとした、その時――――二人組の後ろから銀色の光が瞬いた。
「成敗!」
「げへっ!?」
「ぐぅへっ!!」
「わ、わわわ……!」
急に二人がボクに向かって倒れ込んできたので飛び退き避ける。
「な、なんでこんなところにけんせ……いが……げへぇ」
「つ、ついてねぇ……ぐへぇ」
地面に伏した二人は何かを言い遺し、身体が発光したと思ったらぱりんと小気味良い小さな音を立てて複数の小さな結晶体になった。そして空気中に漂ったと思ったらそれらも消えていった。
「な、何が……」
「大丈夫かい、ビギナーちゃん」
結晶のカーテンの向こうから、長剣を肩に担ぎ、全身に銀色の甲冑を身にまとった騎士の様な姿をした人が立っていた。
「だ、大丈夫……です、ありがとうございます、助かりました」
「そうか、それは良かった。大通りまで案内するよ」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「おうよ」
剣を鞘に納めたのを見て、ボクも短剣を納める。そして先導してくれる騎士さんの後を追う。
道中騎士さんがボクに笑いながら話かけた。
「にしたって、初心者狩りに遭うとは災難だったな」
「……えっと、ちなみに初心者狩りって?」
さっきの二人の様な人のことだろうか。
「ああ、ほんとにビギナーちゃんだったか。初心者狩りっていうのは、さっきの二人組みたいにビギナーちゃんの様な始めたての初心者、所謂ビギナーだな。その人らに美味い話を持ち掛けて事前登録報酬の金やビギナーちゃんが持ってるその短剣みたいに価値のある物を奪うやつらのことだ」
「そんな人らがいるんですね……全然知らなかったです」
そこら辺も調べてから始めたらよかったかな……。
表情に出ていたのか、次いで騎士さんが口を開いた。
「まああんま気にしなさんな、ビギナーちゃんに落ち度はねぇよ。サービス開始して暫くたったし、運営も対応してるからそんな輩は大分減ったがたまに現れるんだ。いやぁ見回っていてよかったぜ」
「おお……そう、なんですねぇ……見回り? 」
やはり騎士団の様なものに所属しているのだろうか。
「あぁ。俺は治安維持ギルド『方舟の守護者』に所属しているんだ。それで持ち回りを決めて、数人でここ、アインスの街で妙な輩がいないかを見回っている。結構強いんだぜ、俺」
「『方舟の守護者』……」
ギルドがあるんだ。ギルドっていう存在は知っていたけど、このゲームにもあるんだ。せっかく聞いた名前だし、忘れないようにとオウム返しをする。
「そ。ノアの箱舟って知ってるか? その方舟を守る~みたいな意気込みでギルド長が名前をつけたらしいぜ」
「ノア……あ、ボクの名前もノアっていうんですよ」
「え? そうなのか? それはまた偶然な。あ、俺の名前はアラトだ。よろしくな」
「アラトさん、ですね。よろしくお願いします」
ここに来て騎士さんの名前を教えてもらえた。聞くタイミングを逃していたんだよなぁ。よかった。
人通りが近づいてきたらしく、喧騒が聞こえるようになってきた。
「もうちょっとだからな」
「はいっ」
やはりもう少しらしく、アラトさんが教えてくれた。少しそのまま歩き、ふとアラトさんが兜の上から頭を掻く仕草をしてボクに顔を向けた。
「あ、えっとところで、よかったらでいいんだがお願いしたいことがあってな、いいか?」
「はい。助けて頂きましたし、ボクに出来る範囲なら何でも」
「そうか、ありがとう。あ、でも嫌だったらほんといいからな」
「は、はい?」
そこまで言うとは……何をお願いされるのか少しドギマギしてしまう。
ボクが了承すると、アラトさんは少し歩く速度を緩め、葛藤の末に意を決したように声を絞り出した。
「えっと、その短剣、安全なとこに着いてから出良いから、視させてもらえないか?」
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アラトさんに大通りへと送り届けられたボクは、アラトさんの行きつけだというご飯屋さんにいた。
プレイヤーが店主をしているらしく、知る人ぞ知る名店? らしい。人が少なく個室も設けられており何かと便利だとのことだ。
内装は落ち着いたbarの様な雰囲気で、カウンターに店主さんらしき人がグラスを磨きながら座っていた。髭を蓄えたナイスミドルで、入店したボクらにぺこりと一礼をした後、グラス磨きに戻った。個室借りるぜ、とアラトさんが言うと一瞥した後、頷かれた。いいのか。
個室に入ると一列2人がテーブルを挟んで対面で座れる個室だった。席に着くといつの間にか来ていた店主さんがお水とメニューを渡してくれた。アラトさんに何でも頼んでいいぞと言われたけど、メニュー名を見ても見当がつかなかった。
「お、おすすめを……」
「おお、いいねぇ。俺はいつもので」
店主さんはぺこりと一礼をした。一旦カウンターに戻ったかと思えば直ぐに注文したものを持ってきた。
アラトさんにはカップに入ったコーヒー? だろうか、黒い飲み物を。ボクにはオレンジ色のジュースを持ってきてくれた。
「ありがとよマスター」
マスターさんだった。
「ありがとうございます」
アラトさんが口を着けたのを見てボクも一口頂く。オレンジなような、キウイなような……変わった味がした。けど、美味しい。
「じゃあ、ノアちゃんよ、いいかい……?」
「あ、はい。どうぞ」
アラトさんが恐る恐る口を開いた。ボクは腰から外しインベントリに仕舞った『シフォスア・ポクシヲボルカ』を取り出し、手渡した。
アラトさんはまるで勲章でも授与されるかのような手つきでボクから受け取った。
「おおお……これが……ポクシヲボルカシリーズの一つ……名前は……『シフォスア・ポクシヲボルカ』か」
「えっと、有名なんですか?」
「ああ、有名も有名……といっても一部の武器マニアの間でだけだけどな。武器のどこかに共通してこの紋章があるんだ。これがついた武器をポクシヲボルカシリーズと言う。このシリーズをコレクターと呼ばれる人たちが喉から手が出るほど欲しがっているんだ」
「紋章って、これですか?」
紋章……鞘に刻まれたあれか。
「ああ、これだな。鳥と枝に見えるこの紋章がシリーズの一つである証明だ」
「まあ、な。でも強いっちゃ強いぞ。ただ第一線では見劣りする。この短剣の装備可能になるレベルが20からだから、初心者から中級者になる頃にはメイン武器として使えそうだな」
「ほええ」
「マニアの間で有名な理由はな、サーバーに一本ずつしかポクシヲボルカシリーズは存在しないからだ」
ボクはそれを聞き驚いた。サーバーに一本しか存在しない。それはコレクターが喉から手が出るほど欲しがるわけだ。
「サーバーに、一本ずつ」
「ああ、それも入手方法がバラバラなんだ。ダンジョンで見つけたやつもいれば造れたなんて言ってるやつもいる。真偽は不明だが……っとごめん。興味ないよな」
「いえ……とっても面白いです」
素直な感想を口にする。
「そうか、そう言ってもらえると助かる。けどあんま借りててもあれだな。もう十分だ、ありがとう。お返しする」
「あ、はい」
返してもらった『シフォスア・ポクシヲボルカ』をインベントリに戻した。それを見届けたアラトさんは嬉しい申し出をしてくれた。
「……有名とは言っても一部のマニア間でだけだから、それを狙う輩はそんないないとは思うが、気をつけてな。よかったら今から脱初心者装備できるくらいまでは手伝おうか?」
「んん、いえ、インベントリに閉まっておきます。アラトさん見回りもあるでしょうし、大丈夫です。ありがとうございます」
路地裏で助けてもらってから大分時間が経ってしまっている。これ以上お時間を貰うのは忍びない。
「ん、そっか。じゃあせめてフレンドになっとこうぜ。これも何かの縁だ。何かあったらコールしてくれ」
そう言いアラトさんは慣れた手つきでコマンド操作を行い、ボクの前にウィンドウがポップした。
【pn.アラトからフレンド申請が来ています。承認しますか? YES/NO】
ボクはYESを押すと、アラトとフレンドになりました、というメッセージが現れた後、ウィンドウが閉じた。
「ありがとうございます」
「おうこちらこそ。じゃあ、行くかぁ」
マスターにお礼を言い、アラトさんにもお礼を言った後、ボクはアラトさんと別れた。アラトさんはまだ見回りが残っているそうで、路地裏へと消えていった。
tips.アラトについて。
アラトはギルド『方舟の守護者』の一員です。身長180程の肉体を銀色の甲冑に包んでいます。得意とする武器は長剣で、レベルは38です。
ちなみにレベルは10毎に必要経験値が倍近く増加していきます。目安として初心者が1~10。中級者が11~20。上級者が21~30です。大体の目安なので参考程度に。
話がそれましたね。アラトは週に一度アインスの街を見回っています。そこで初心者狩りや妙なことをしている輩を取り締まっているのですが、街中で戦闘行為をしても良いのか疑問に思った方もいると思います。結論から言うと、特に規制はされていません、その為一時期治安が非常に荒れに荒れ、それを取り締まろうと思い立った『方舟の守護者』を立ち上げたギルド長が立案したのが自警団の様な見回りです。
またここら辺も描けたらと思います。ではここまでお読みいただきありがとうございました。よろしければ次回もよろしくお願いします。