食事と潜入
夕日に噴水が照らされキラキラと輝いている。
どこからともなく夕飯の食欲をそそる匂いや母が子を呼ぶ声が届く。
"月夜の盗賊団"のアジトである倉庫を出てから既に二刻…約4時間が過ぎている。
約束が半刻…約1時間後だった事を考えるとルナリエが現れることはもう無いのかもしれない。
何かトラブルがあったのかもしれないし、俺の依頼を受けるのは問題があると判断したのかもしれない。
とりあえず今日は貴族に買収されたメンバーの身柄を確保し、明日改めて交渉をするとしよう。
諦めて腰を下ろしていた石から立ち上がり…というところで、広場に駆け込んで来る人影が見えた。
昼に会った時のようなドレス姿ではなく、Tシャツに黒革のベストを羽織り、同じく黒革のショートパンツと膝上までのブーツ…ニーハイブーツという姿のルナリエだった。
向こうもこちらに気づいたのか、一直線にこちら駆け寄ってくる。
大いに待たされたが、ここは大人の対応を見せるべきだろう。軽く手を上げ声をかける。
「やあ、どうしたんだい?そんなに慌て「いいから!こっち!走って!」
上げていた手を捕まれ、引きずられるように駆け出す。
力強っ!足速っ!
じゃなかった、何だこの状況!?振り返ると背後から見覚えのある…"月夜の盗賊団"のメンバーが鬼のような形相で追いかけてきている。
目が合った瞬間怒気が増し、射殺さんばかりの視線が突き刺さる。
もう一度言おう。何だこの状況!?
「次、曲がったら、隠れるやつ、使って!」
俺の手を引きながら振り向かずに声をかけるルナリエに手を握り返す事で答える。
"月夜の盗賊団"のメンバーと比べて明らかに足の遅い俺を連れていたら追い付かれるのも時間の問題だろうからね。
飛び込んだ路地には店の人が置いたであろうゴミの入った木箱が所々に積み上げられていた。意識を集中して結界魔術を発動する。
「"隠蔽箱"」
俺とルナリエの周囲に透明な"隠蔽箱"が現れ、瞬時に姿が見えなくなる。その状態で木箱の陰に移動し、息を潜めて様子をうかがう。
数秒遅れで路地に入ってきた"月夜の盗賊団"のメンバーは俺達の姿が無いことに戸惑っているようだ。
「おい!姉御とガキはどこだ!?」
「知るかよ!だがこの路地に入ったのは間違いねぇ!」
「じゃあ何で袋小路になってるのに居ねえんだよ!?」
「だから知らねぇって!」
「お前らは黙ってろ!…どう思う?」
「足跡は間違いなくこの路地に向かっている。実際俺も入っていくのも見たしな。ただ路地に入った所で足跡は途切れている。他の足跡は残っているから消したんでもないだろう」
「となると…上か?」
「なくはない。ただ人を抱えて飛んだにしては足跡が薄い」
「ちっ…お前ら!俺と一緒に周囲を探すぞ!お前は手がかりが無いかこの路地を調べてから合流だ」
最初に騒いでいた男達と仕切っていた男が路地から離れ、足跡について述べていた男だけが残った。
「とりあえずこの状況について説明してくれるか?」
「ちょ、なんで普通に話しかけてるの!?見つかるでしょうが!?」
「小声で叫ぶとか器用だな…外からは見えないし聞こえないから大丈夫だ。それより説明してくれるか?なんで連中に追いかけられてたんだ?」
「ならいいけど…今夜一人で出かけるって言ったら猛反対されて部屋に閉じ込められた。見張りの気が逸れた隙に抜け出したはいいけど途中で見つかって、逃げ切る前に広場にたどり着いて…って感じ」
「なるほど」
裏切り者に話が漏れないように一人で動こうとした結果、他のメンバーに変な疑いをかけられてしまったようだ。となれば、さっきの射殺さんばかりの視線の意味もわかってくる。
それについて言及する気は無いけどね。
「事情はわかった。連中に見つかっても面倒だし貴族街に行ってしまうか?」
「ちょっと早いんじゃない?長丁場になるしどこかで食べてから行きましょう」
「そうだな…食べ物屋とかは知らないから任せていいか?」
「もちろん。お気に入りの所連れていってあげる」
ルナリエと共に路地を出る。当然"隠蔽箱"は解除していないので路地を調べている男は気づくことができない。
他の"月夜の盗賊団"のメンバーも置き去りにし、俺達は食べ物屋目指して歩き出すのだった。
歩き始めて30分。通行人とぶつかるのを避けるため人通りの少ない路地を進んでたどり着いた場所は"ザ・大衆食堂"とでもいうべき所だった。
裏路地で周囲に人が居ないことを確認し、"隠蔽箱"を解除して中に入ると行商人や冒険者などで賑わっていた。
「ここは宿屋も兼ねてるからね。食事だけの客も少なくはないけど、大多数は泊まり客なんだよ」
「へぇ…」
「さ、食堂はこっちだ」
ルナリエに案内されて入った先にも沢山の人が居た。一人で食事をする者、複数人でワイワイ騒ぐ者、食事そっちのけで何かの計算をしている者等々…思い思いに過ごしている。
空いている二人掛けの席に座ると、恰幅のいい四十台と思われる女性が水を持ってやって来た。
「あら、ルナリエちゃんいらっしゃい」
「おばちゃん、相変わらず盛況だね」
「おかげさまでね。あら?そっちの子は?見たこと無いけど…もしかして、ルナリエちゃんのイイ人?」
「そんなんじゃないよ。…ウチの客だよ」
「…そうかい。ならサービスしなくちゃだね。肉、魚、野菜どれがいい?」
一瞬空気が重くなった気がしたが、二人ともすぐに切り替えて会話を続ける。
「肉か魚か…メインは?」
「肉はファングボアのステーキ、魚はゼリーフィッシュの煮付けだよ」
「ならウチは肉かな」
「ルナリエちゃんは肉ね。お隣さんは?」
ゼリーフィッシュってクラゲだったよな?それの煮付けってのは想像できないな…
ここは無難に肉にしよう。
「じゃあ俺も肉で」
「はい、二人とも肉ね。ちょっと待っててね」
注文を取り終わった女性は軽く頭を下げてから厨房に下がっていった。
去り際に一瞬向けられた目が気になったので聞いてみる。
「…あの人は?」
「この宿屋兼食堂の女主人だよ。旦那さんを亡くした時にタチの悪い商人に騙されて店を奪われそうになって…で、ウチの客になったの」
「…なるほど」
ルナリエは俺のことも"客"と呼んでいた…つまりあの女性も"月夜の盗賊団"に悪徳商人の兼で何か依頼をしたってことか。
「商人の家を調べてみたら出るわ出るわ…いろんな人を騙してたみたいだから衛兵に証拠と一緒に突き出してやったわ。
保釈金を払えば出られただろうけど家はもぬけの殻。結局犯罪奴隷としてどこかに売り飛ばされたらしいわ。
最後にほとぼりが覚めた頃に商人の家から奪っておいた財産を被害者に配って、めでたしめでたし」
「なるほどな」
「それ以来ちょくちょく食べに来てるの。安いし美味しいし量多いし」
つまり"月夜の盗賊団"の義賊的な活動に助けられた人か。
そして俺も同じように何かトラブルに巻き込まれて"月夜の盗賊団"を頼ったと思ったのか。
向けられた目の意味もわかってスッキリした後は適当な雑談をして時間を潰す。少しして料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。こちら、ゼリーフィッシュの煮付けです」
「…俺達が頼んだのは肉料理だけど?」
「ふぇ!?」
「おーい!こっちだこっち!」
「し、失礼しました!」
慌てて少年が呼ばれたテーブルへ料理を運んで行く。
ぺこぺこと頭を下げる少年に「気にするな」と言い頭を撫で、チップとして銅貨を一枚握らせていた。
お礼を言い笑顔で厨房に戻る少年をほっこりした気持ちで見ているとルナリエと目が合った。彼女が優しい笑顔を浮かべているのを見て、自分も同じような表情になっているのに気づく。
「ここは貧民街に近いから子供達が店に働きに来てるの。賄い料理やチップはそういう子達の生きる糧よ」
「…そんな場所をルナリエは守ったんだな」
「え?いやいや、そんな大げさな事じゃないよ。…ウチらは困ってる人のために出来る事をしているだけさ」
「それでもアタシらみたいに助けられてる人が居るのも事実だ。もっと胸を張りな」
声のした方を見れば、両手に大皿を二枚づつ持った女主人とお盆にスープの入った器を乗せた少女が俺達の席に来ていた。
「おばちゃん…」
「まあ大手を振って…とはいかないけど、感謝してるやつは沢山居る。そんなやつらのためにも、これでも食って頑張りな」
そう言って女主人が手に持っていた皿を俺達の前に並べる。
皿から溢れんばかりの巨大なステーキ、付け合わせの新鮮な野菜、白く柔らかなパン。
「…どうぞ」
続いて少女がスープを並べる。数種類の野菜と何かの肉が煮込まれた、匂いだけでも食欲をそそるスープだ。
ルナリエの方に視線を送ると小さく頷いたので、ポーチの財布から銅貨を取り出し少女に手渡す。
「…ありがと」
女主人の陰に隠れながら小さくお礼を言う少女。
そんな少女の頭を撫でながら「この子は人見知りでね…」と言う女主人と少女の姿を見て穏やかな気持ちになる。
「…おばちゃん、これサービスしすぎじゃない?肉は大きいし、スープにも肉入ってるし、黒パンじゃなくて白パンだし」
「いいのいいの。若いんだから遠慮しないでいっぱい食べな」
「うーん…じゃあ遠慮なく」
ルナリエが食べ始めたのを見て俺も食事を始める。
スープを一口飲むと塩味のシンプルな味付けながら野菜や肉から出た旨みが口の中に広がる。具の葉野菜のしゃきしゃきとした歯応えや肉から噛む度に溢れてくる肉汁が、より食欲を刺激する。
続いて白パンを一口サイズにちぎって口に運ぶ。
ふわふわとした食感と鼻に抜ける小麦の香りが凄く美味しい。
次にメインであるファングボアのステーキに手を伸ばす。
ナイフを使い一口サイズに切り分けていくと、中から肉汁が溢れ出しソースと共に鉄板を焦がす。
噛む度に多くの肉汁が溢れ出し、ファングボア特有の野性的な味が口の中に広がる。
「ファングボアは好き嫌いの分かれる味だけど…口に合ったみたいでよかったよ」
「ああ、別にお上品な貴族様って訳じゃないからな。」
時々ルナリエと言葉を交わしながら食事をする事30分、白パンの最後の一欠片を口に放り込みテーブルの上には空になった食器だけが残されていた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさん。いやあ、美味かった」
「そうだな。言ってた通りに味も量も大満足だった」
食後の余韻に浸っていると、どこか遠くから鐘の音が聞こえてきた。日の入り…だいたい午後6時を知らせる鐘だ。
「…っと、もう日の入りか。そろそろ行く?夜になれば警備も厳しくなるし」
「そこら辺は問題ないっちゃ問題ないけど…まあ、行くとするか」
席から立ち上がり会計用のカウンターに向かう。
呼び鈴を鳴らすと厨房から女主人が出てきた。
「おばちゃん、今日も美味しかったよ」
「そいつはよかった。全部で銅貨12枚だよ」
安っ!?あの味と量で一人銅貨6枚って…
財布を取り出そうとしているルナリエを手で制して自分の財布を取り出す。
「ここは俺が払うよ」
「え?いやいや、ウチが連れてきたんだからウチが払うよ」
「こんな良い店を教えてくれたんだから、飯代くらい払わせてくれ」
「ルナリエちゃん、こういう時は男に奢らせてやりなよ」
「おばちゃん?」
「男の顔を立てるのもいい女の条件さ」
「うーん…じゃあお願い」
「はいよ。…これで」
「銀貨1枚と銅貨2枚だね。丁度受け取ったよ」
「それじゃあおばちゃん、また来るよ」
「ああ、いつでもおいで。そっちの子もね」
「ああ」
女主人と別れ店を出る。日が落ちて辺りが暗くなり始めたからか、人通りも少なくなっているようだ。
「とりあえず"隠蔽箱"で姿を隠しながら貴族街に行ける門のところまで行こう」
「わかった。案内は任せて」
店の裏の路地で"隠蔽箱"を使い、人通りの少なくなった道を二人は貴族街目指して進んでいくのだった。
食事をした店から歩くこと40分、二人は貴族街に入るための門の前に立っていた。
5mほどの高さの塀には左右二ヶ所に出入り口が設けられており、片方は閉ざされ片方は馬車が列を作っている。
それぞれの門の前には数人の兵士が立っていて、身元確認や荷物の検査を行っているようだ。
「所属と用件を」
「はい、私はボッター商会のクリーです。カモ男爵家に食料品の納入に来ました。ギルドカードと注文書はこちらに」
「…確認した。おーい、荷物はどうだー?」
「怪しいものは無いぞー」
「わかったー。次からは日の入りの鐘に間に合うように来てくれ」
「そうしたいのは我々も同じですが、使いが来たのが一刻前ですからね…前もって知らせてくれれば助かるんですが…」
「貴族様の相手も大変だな…ほら、通行証だ。今日中に戻ってこいよ」
「はいよ」
御者が手綱で合図を送り馬車が動き出す。その後ろを着いていく二人に気がつく者は居ない。
「…わかってはいたけど、全く気づかれないわね」
「気づかれた方がよかったのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど…いつもウチ達が貴族街に入るのにしている苦労を考えるとね…あんた"月夜の盗賊団"に入らない?それなりの待遇で迎えるけど」
「遠慮しておくよ」
「残念。それじゃあ貴族の屋敷に行きましょうか。予定より早く裏切り者が来ないとも限らないし」
あっさりと貴族街に潜入できたことに微妙な表情を浮かべていたルナリエだったが、自分達がここへ来た目的を忘れるようなことはなく貴族の屋敷を目指して歩いて行く。
移動中に見回りの兵士とすれ違ったりもしたのだが見つかることは無く、20分程で目的の貴族の屋敷にたどり着いた。
「さて…とりあえず目的の屋敷には着いたけど…どうする?」
「そうね…外であんたの"隠蔽箱"に隠れながら裏切り者が来るのを待って、来たら後に続いて屋敷に侵入。貴族と通じている証拠を手に入れて脱出…って流れかしら」
「身柄を押さえなくていいのか?」
「偽の情報を掴ませたりできるから今は泳がせておくわ…全部終わったら国からのスパイと一緒に処分するけど」
「そうか…予定の時間まで一刻以上あるだろうし座って待つとするか"壁""壁""柔壁""柔壁"、"壁""壁""柔壁""柔壁"」
空中に"壁"と"柔壁"を使い、座面と背もたれだけの椅子を二つ作り出す。
宙に浮いている椅子に戸惑っていたルナリエだったが、俺が座ったのを見て恐る恐る腰かけた。
「どうだ?"壁"を"柔壁"で包んでいるから丁度いい座り心地だと思うけど」
「いや、確かにいい座り心地だけど…無駄に器用というかなんというか…」
「馬車で移動した時に尻が痛くなったからな。もっと早く気づけばよかったよ」
「あー、あれは確かに痛いわ。毛皮とか敷いてもそんなに変わらないしね。あ、そうそう、馬車って言えば…」
雑談で時間を潰しつつ裏切り者が現れるのを待つ。
最初こそ交互に話題を出していたが、安全な現代日本で薄っぺらい私生活を送っていた俺と異世界で盗賊団を率いているルナリエとでは持っているエピソードの量も質も大違いな訳で、気づけばルナリエが話し役、俺が聞き役という構図になっていた。
「…で、そこでウチは言ったのよ。『犯人はお前だ!』って」
「いや、そんな急に某探偵漫画のセリフを言われても…」
「まんが?たんてい?」
「ああ、えっと…漫画っていうのは物語を紙に絵と文字で表現したもので、探偵っていうのは今回の場合は犯人を証拠や動機から推理する人で…そんな探偵を主人公にした漫画に『犯人はお前だ!』ってセリフがあるんだよ」
「へぇ…東の文化は面白いな…紙はそこそこ高級品なのに娯楽に使うってのは国が豊かなのか、紙を作る技術が広まってるのか…」
「どうなんだろうな?そこら辺はよく分からない…っと、来たか」
言葉と共に俺の視線が自分の後ろに向けられたのを感じてルナリエもその方向を見つめる。
待つこと一刻半…約3時間、ついに裏切り者が姿を現した。