火事と迷宮都市の冒険者
視点変更あり。
◇モブ兵士視点。
◆主人公視点。
◇
私の名前はモブ。モブ=デアール。
栄誉ある近衛騎士団に身を置く、デアール子爵家の嫡子だ。
要人の警護と監視を宰相殿より仰せつかり、かれこれ二時間近く貴賓室の前で周囲と中に居る少年を警戒しているが別段変化は無い。
そもそも、あの少年は何者だろう?体つきを見るに武に秀でている訳ではなさそうだし、魔術師特有の雰囲気も纏っていない。強いて言うなら黒髪黒眼というのはこの国では珍しいけれど、それも東の諸島国家出身者にはよく見られる特徴である以上、このような扱いを受けるというのは考えにくい。
ふと扉を挟んで隣に居る同僚と目が合う。彼はノマール=バニラエル。私と同じ子爵家の嫡子で年齢も一つしか変わらず、親同士も同じ派閥に属していて懇意にしていることもあって兄弟のように育ってきた友人だ。
彼も私と同じく少年の警護と監視を言い渡されたのだが、大あくびをして目尻に涙を貯めているタイミングで私と目が合ったのを誤魔化すように咳払いをしてから話しかけてきた。
「しっかし暇ですねー。何が悲しくて城の中でどこの馬の骨とも知れないガキの見張りなんてしなきゃならないんでしょ?
これなら城下街の見回りでもしてるほうがマシってもんですよ」
「これも任務だ。というかお前は見回りに出たら酒場なりでサボるだろうが。毎回フォローしてる俺の身にもなれよ」
「いやいや、あれはサボりじゃなくて情報収集ですよ?酔えば普段話さないような事もポロッと漏らすかもしれないじゃないですか」
「それで逆に酔わされて騎士団の愚痴をぶちまけたのを忘れたとは言わせないぞ」
「あははは、それを言われると弱いですね。それはそうと…中の少年、何だと思います?」
先ほどまでのふざけた雰囲気から一変、真剣な顔つきでそう聞いてきた。
俺も表情を引き締めて真面目に答える。
「漠然とした質問だな…東の諸島国家出身者に見られる外見だが…」
「武技も魔術も素人、貴族でも使者でもなさそう、けれど宰相様が直々に案内をしていた…皆目見当もつきませんよ」
「そうだな…もし武技や魔術に特別秀でているなら討伐隊のメンバーとして呼ばれた可能性もあったが…」
「討伐隊?」
「ん?聞いていないのか?近々討伐軍を編成して魔界に進攻する予定になっているだろう?それに先立って迷宮都市の冒険者を雇って討伐隊として送り込むんだよ」
「あー…なら運搬人とか?"贈り物"で貯蔵を引き当てたなら戦力にならなくても連れていく価値はあるかも」
「さっき見た姿では成人しているか微妙なところだが…それに貯蔵鞄を貸し出すなり持参させる方が足手まといを連れていくよりいいんじゃないか?」
「成人しないと"贈り物"は宿らないですからねー。それに迷宮都市の冒険者ならレアアイテムだとしてもパーティーの誰かが貯蔵鞄を持っていても不思議は無い…やっぱりよくわからないですね」
「だな」
二人で考えても中に居る少年が何者なのかはわからなかった。
会話が途切れて廊下に静寂が戻る。しかし、それはすぐに破られることになった。
「なんか…焦げ臭くないですか?」
「たしかに…ゴミの焼却日は明後日だったよな?」
「そのはずですけど…っ!な、中から煙が!」
「何っ!?」
俺達が警護している貴賓室の扉から、いつの間にか黒い煙が漏れ出ていた。
慌てて中に居る少年に呼び掛ける。
「おい!大丈夫か!?中で何が起きている!?」
返事は無い。意識を失っている可能性が高いと判断して室部屋の扉を開く。
「なんだ…これは…」
目に飛び込んで来たのは一面の"赤"だった。
家具や床、壁などあちらこちらから火の手が上がり、部屋の全てを赤に染めていたのだ。
炎の熱に思わず廊下の窓際まで後ずさる。
とにかく、この炎をどうにかしなければ…
「ノマール!お前は水術師を呼んでこい!俺は宰相様にこの事を!」
「任せろ!」
「よし、"疾風脚"!」
短くお互いの役割を確認した後、それぞれ逆の方向に走り出す。
その時、二人共が剣技Lv6で習得できる移動速度に上昇補正の掛かる"疾風脚"を使用したおかげで、あっという間に燃え盛る貴賓室から離れて行く。
ただ一人、姿の見えない少年を残して。
◆
周囲に誰も居ないことを確認し、燃え盛る貴賓室から廊下へと歩を進める。
もっとも、誰かがその場に居たとしても姿を見られる心配は無いのだが。
炎で耐久値の減った"隠蔽箱"を新しいものにしてその場を離れる。
ここまでは作戦通りにいっている。
扉の周囲を"壁"で塞ぎ"点火"で部屋中に火を放つ。"微風"を使いある程度火が燃え広がったところで"隠蔽箱"で自分を囲って扉の"壁"を解除する。
あとは外の兵士が煙に気づいて扉を開ければその隙に逃げ出せる。という作戦だったのだが、二人共その場を離れたのは尚更好都合だった。
俺は歩きながら『メニュー』から『マップ』を開く。
どうやら『マップ』は一度自分が通った道を自動で書き込んでくれる便利な機能があるようだ。
と言っても今は召喚された部屋(石造りの地下室)から火を放った貴賓室、そして今現在歩いている廊下しか記録されていないが。
その後、いかにも魔術師という格好をした男性を引き連れた兵士とすれ違ったり、仕事に勤しむメイドさん達の近くを通りすぎたりしたけれど誰にも気づかれること無く城の外に出ることができた。
そのまま庭を抜け、行商人の馬車の荷台に忍び込むことで城からの脱出に成功するのだった。
◇
俺が宰相様を連れて戻った時には既に部屋の火は消されていて、水浸しになったその部屋の前でノマールと魔術師の男が待機していた。
「…何があったのか説明せよ」
「はっ、自分とノマールが部屋の警護をしていたところ、突然周囲に煙と物が焼ける匂いが漂い始め、それが貴賓室から発生していると判断したため扉を開けて中を確認しました。
部屋の内部は一面火の海で、自分達では対処できないと判断したためノマールは魔術師を、自分は宰相様を呼びにこの場を離れました」
「ふむ…相違無いな?」
「はい。私と魔術師が貴賓室に戻った時、火の手が廊下まで至りそうでしたので独断で消火を行わせました」
「ふむ、そなた達の迅速な行動のおかげで延焼せずにすんだようだな。よい判断だった。して、中に居た者は?」
「はっ、調べてみなければ確実なことは言えませんが、部屋の内部がこの有り様では跡形もなく燃え尽きたかと…」
「それはどうかしら?」
突然ノマールの言葉を遮るようにして声がかけられた。
その声の主は俺と宰相様の後ろからチラリと部屋の方を見ただけで異を唱え、そのまま数歩歩み出る。
背丈は170cmくらいで、ローブのフードをすっぽりと被っているため顔は見えないが、声からして女性であるというのがわかる。
「何者だ!?宮廷魔術師である私の見解に異を唱えるのは!」
ローブ姿の女性が前に出て来たのに合わせるようにして、ノマールの隣に居た魔術師も前に出る。
先の発言からして、この魔術師が生存者無しの判断をノマールに伝えていたようだ。それを一蹴されてプライドの高い宮廷魔術師として黙っていられなかったというところか。
「名乗る程の者ではありません。それより、この部屋の中に居た者が焼死した。とするのは早計だと私は言っているのです」
「何だと!?」
女性の発言に青筋を浮かべながら詰め寄る魔術師。
すぐに二人の間に割って入ったのだが、宰相様に手で動きを制されたので窓際まで下がる。宰相様の表情は両者を値踏みするように観察している。
「では何か?この部屋全体を焼き尽くすような炎の中で非力な少年が無事だったと?」
「そうですね、本当に非力な少年ならば無事では済まないでしよう。ですが微かではありますが扉と部屋のあちらこちらに魔力の残滓が見てとれます」
「戯れ言を…この部屋は私の水魔術で消火されたのだぞ?そんな場所で魔力の残滓なぞ感じ取れるはずが無い」
「そうですね。確かに、あなたの無駄に垂れ流した魔力のせいで薄まってしまって細かい判別は出来なくなっています」
「むっ!?言わせておけば!」
煽りともとれる発言に魔術師が激怒し、女性の胸ぐらを掴む。と言っても背は女性の方が高いので格好がつかないが。
ただ衝撃で女性の被っていたフードが取れてその顔が露になった時、俺は思わず息を飲んでしまった。
背の中程まである淡い金色の髪、琥珀と翡翠のような左右で色の違う宝石のような瞳、城に飾られている絵画すら霞むような美貌、そして特徴的な先の尖った耳。
それら全てが調和して、まるで一つの芸術作品のようであった。
魔術師もその美しさに心を奪われたように固まっていたのだが、女性が手を払いのけフードを被り直したことで正気に戻ったのか再び声を荒げる。
「え、森人族だから何だと言うのだ!?汚らわしい亜人ふがっ!?」
気がついた時には魔術師の顔に思い切り右の拳を叩き込んでいた。
魔術師はそのまま数m吹き飛び、焼け残った残骸と消火に使った水でひどい有り様になっている貴賓室の床を転がっていった。
細やかな刺繍が施された、身につける者の魔力を強化する効果のある宮廷魔術師に支給されるローブも、見るも無残なボロ雑巾のような状態になっていた。
そんな魔術師にトドメを指すために腰の剣に手をかけ…というタイミングで後ろからノマールに羽交い締めにされた。
「お、おい!?どうしたんだ!?落ち着けって!」
「離せ!アイツを殺せないだろうが!」
「いきなりどうしたんだよ!?」
「それはアイツが!…?」
反論しようとして言葉に詰まる。
たしかに魔術師は女性の胸ぐらを掴み種族的な差別用語で罵ろうとした。人として誉められたものではないけれど、殺される程でも無い。
そんな相手を殺そうとした?
自分で自分の行動に戸惑っていると、ローブの女性が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ごめんなさい。あなたが今のような行動に出たのは私のせいです」
「あなたの?」
「はい。詳しい説明は省かせてもらいますが私の目は"魔眼"でして…そのうち右の目は"魅了眼"という見た者を魅了し僕にしてしまうものなのです。一分程で効果は切れるので今は正気に戻っているはずですが」
女性の言葉を聞いて納得する。魔眼の力だけではないだろうが、女性に心奪われていたのは間違いない。それ故、言葉の暴力から女性を守ろうとして行動を起こしたということか。
「なるほど、では魔術師がその魅了にかからなかったのは?」
「敵愾心などの感情を抱いている場合は効果が薄くなるようです」
「今こうして話していても平気なのは?」
「このローブには魔眼のを押さえる効果があるんです。フードを取ると無効になってしまいますが」
「そろそろよいか?」
その声は女性の後ろから聞こえてきた。今までの流れを興味深そうに見ていた宰相様だ。
俺は慌てて跪く。
「さ、宰相様!申し訳ございません!」
「よい、魔眼の効果を確認できたからな。ただあやつに怪我をさせてしまった以上、なんらかの罰はあると覚悟せよ」
「はっ」
宮廷魔術師をぶん殴って怪我をさせたのだから相応の処分…近衛騎士団からの解任は覚悟しなければならないだろう。
「さっきも言ったけど彼の行動は私の魔眼が原因。無罪は無理でも寛大な配慮をお願いします」
「ふむ、そなたの願いであれば無下にはせん。事情を考慮した罰にすると約束しよう」
「ありがとうございます」
「うむ。さて、とりあえずあやつを治癒術師の所に連れていかねばならないか」
「それならば私が」
「うむ、そなたに任せる」
ノマールが魔術師を担いでその場を離れる。
俺は宰相様に促されて立ち上がり、二人の後ろに控えるように移動する。
「さて、中にいた者が生きているという話だったか」
「はい。おそらく部屋に点在している魔力の残滓は火を放った時のもの、扉周辺の魔力の残滓はその火から自らを守るためのものかと」
「では兵達が扉を開けた時、あの者はまだ部屋の中に潜んでいたと?」
「推測ですが。窓から飛び降りた可能性もありますが、その場合庭に居る者が気づくはずです」
「なるほど。だがあの者は魔術の類いを使えないはずなのだがな」
「なら魔術道具は?」
「それも無いな。あの者の持ち物にも部屋の中にも魔術道具は無かった」
「そうなると何者かの手引きがあったとしか考えられませんね。その場合かなり高レベルの空間魔術か認識阻害魔術の使い手が居るということになるので追跡は困難ですが」
「それは困るな。空の神輿とはいえ担がなければ始まらぬ…」
そう言うと宰相様は顎に手を当てて考え込む。
少しして何か思い付いたのか意味ありげな視線を俺に送ってきたが、すぐに女性に視線を移す。
「ふむ、この場でできることはもう無いようだな。私はやることができたので失礼する。案内はその者がする故、応接室で他の者と合流せよ。後で人を送る」
「宰相様、案内を終えた後私はどちらに?」
「そなたも応接室にて待て」
矢継ぎ早に指示を出すと宰相様は振り返ることもなくその場を去ってしまった。
「と、いうことですので応接室にご案内します。ええと…」
「そういえばお互い自己紹介もしていなかったわね」
「そうでしたね。私はモブ=デアール。デアール子爵家の嫡子で近衛騎士団に所属しています」
「私のは長いからフィーネでいい。迷宮都市の冒険者で、今日は魔界の討伐隊として呼ばれて来た。よろしく」
差し出された手に握手で答える。
どうやら彼女はノマールとの話題に上がっていた討伐隊の一員だったらしい。
俺は少しだけ速くなっている鼓動を悟られないように応接室への案内を開始する。
宰相様に向けられた視線の意味も考えること無く。