異世界召喚と皇帝
「勇者よ、面を上げよ」
声に従って跪いた状態で顔を上げる。周囲には目や耳、鼻や口から血を流して息絶えた巫女服の少女達が倒れていた。
なんだこの状況…俺は家で一人で誕生日を祝っていたはずなのに、気がついたら少女の死体に囲まれて偉そうなオッサンの前で跪いているって…いや、この光景はどこかで見た気が…
「勇者よ、皇帝陛下の御言葉である。心して傾聴せよ」
偉そうなオッサンが懐から水晶を取り出し、何かの装置に設置して数歩下がって跪く。水晶が数度明滅した後、ホログラムのような半透明の立体映像で人が映し出された。その姿を見て思わず呟く。
「皇帝…陛下…」
「うむ、朕こそは神聖ノース皇国53代皇帝ギルガンド・ウル・ノースである。此度は勇者としての汝の活躍を期待している。必要な物はそこの宰相に用意させよ。では後の事は任せる」
「はっ!お任せください皇帝陛下!」
言うが早いか、皇帝の姿を映していた水晶は光を失い、部屋には俺と宰相と呼ばれたオッサンだけが残された。
少女の死体やオッサンを見て感じた既視感は先ほどの皇帝の姿と台詞で確信に変わる。ここは俺の漫画の中の世界、しかも路線変更前の勇者にとって地獄のような世界だ。
普通なら夢だと一蹴するのだが、部屋に充満する血の臭いや石造りの床に跪いているせいで痛くなってきた膝が夢ではないと告げている。
俺があまりに非常識な出来事に固まっていると、水晶を回収したオッサンがこちらに近づいてきた。
「勇者よ、汝の部屋に案内する。付いて参れ」
「ま、待ってください!この子達はどうするんです?」
俺は立ち上がりながら周囲の少女達をどうするつもりか聞いてみた。俺の話のままならおそらく…
「…汝には関係の無い事。この者達は自らの役目を全うした故、無下には扱わぬ。さあ行くぞ」
具体的な処遇には言明せず、オッサンは部屋を出ていってしまった。
役目というのは俺をこの世界に転移させるための魔力を注ぐ事を言っているのだろう。ただ異世界転移には膨大な魔力が必要で、不足した魔力は術者の命を使って補う設定になっている。つまり、この少女達は術式に命を奪われた…もっと言えば、そんな設定にした俺に殺されたようなものだ。
俺は静かに手を合わせて少女達に黙祷を捧げる。
これから無数に背負う事になる十字架の最初の一つとして君達の事は忘れない。そんな気持ちを込めて。
黙祷を終えた俺はオッサンに続いて部屋を出て行く。
それから一日、閉ざされた部屋の中では宰相が放ったスライムの魔物が少女達の亡骸を喰らう音が響いていた。