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POTECHI  作者: ぷぷ。
炎と魅了のプロローグ
3/5

Combat start

 高層ビルの屋上に着地する。女を勢い良く放ると、ゴロゴロと転がりながら呻いた。


「ゲホッ、ゲホッ。あなた……よっぽど性格悪いわね。か弱い女の子の腹部を思い切り殴るなんて。男尊女卑の典型みたい」


「うるせえ。俺は男だとか女とか関係なく人間が嫌いなんだ。俺尊人卑だ」


 緋崎の怒りは加速し、体から目に見えるほどの炎が燃え上がった。彼の能力はパイロキネシス。簡単に言えば発火能力だ。

 怒りをエネルギーに脂肪を燃焼、体から自在に発火させる。普段から脂質を蓄えておくことで彼は自身の能力を向上させていた。


「さあ、無駄口叩いてないで、始めようぜ」


「……それが、あなたの能力ってわけね」


 息も絶え絶えに、足を震わせながら女は立ち上がった。緋崎は割と本気で殴ったのだが。能力者は身体能力が一般人とはかけ離れていることを再認識させられた。


 女がナイフを取り出し、その鈍く光る刃を自分の左腕に伸ばした。そして何の躊躇いもなく切り裂いた。

 すると、先ほどの赤い腕を上塗りするように血があふれ出す。表情は髪に隠れてしまって見えないが、様子としては恍惚としているのが窺えた。


「また自傷行為。容姿だけじゃなく趣味も最悪だな」


 俺の挑発に女は乗らず、無言で腕を振るった。貧血で思考がおかしくなってしまったのかとも思ったが、どうやら血液を飛ばすことに意味があるようだ。無数の飛沫がまるで散弾のように迫り、避ける場所などない。


「虜になりなさい」


 女の声は小さくともよく通った。耳にはっきりと聞こえ、緋崎の中の苛立ちを増長させる美声だ。眼前に迫った血飛沫を忘れ、思わず昂ぶる感情を女にぶつけてやりたくなった。

 そもそも、血を避けるなどという面倒極まりない行動をするつもりはないが。


「……ちょっと、それは卑怯じゃないかしら」


「高校生の貴重な登校時間を奪ったやつが言えた立場じゃあねえよなあ?」


 熱量を上げ体に触れる前に血液を蒸発させていると、女は呆れたように言った。しかし表情から察するに、この程度の状況は想定内のようだ。


「まだ何かあるみたいだな」


「どうかしらね」


 含みのある笑みを浮かべ、拳を前に構える。そして人差し指を立て、誘うように動かした。

 いつでも掛かって来いということだ。炎を操る能力者に接近戦を挑むほど自信があるのか。


「……いや、関係ねえか。あんたが何企んでるか知らないが、次で終わる」


 ――全身を炎上させ、手足に意識を集中させた。火力を高め、緋崎は女に向かって高速で突撃する。


 身構えた女の直前。空中で身体を捻り、勢いのまま全力の回し蹴りを放つ。人間の反応速度を完全に超えた、不可避の一撃。


「……は?」


 緋崎は咄嗟に理解ができなかった。どうなっている。一度も見切られたことのない渾身の回し蹴りが、返された?


 緋崎の視界が反転したと認識した次の瞬間には、地面に組み伏せられていた。

 燃え上がった体にメンヘラ女が皮膚を犠牲に触れられるとは思えない。だが、しっかりと関節が決まっていて抜けることができなかった。


「あっつー。まったく……この特殊グローブ、改良しないと燃えるわ。あのポンコツメカニック」


 女の喋りに、違和感を覚えた。先ほどまでの歪みのあるものではなく、口調は荒っぽいが張りのある落ち着いた声。いつの間にか呼吸も整っている。一撃目で与えたダメージが回復したのは分かるが、人格が変わったように感じるのは何故なのか。


「思考能力、およびに反応速度の低下」


 緋崎の背中に重みが掛かったかと思うと、女は耳元で諭すように囁いた。背筋に悪寒が走る。


「なんのことだよ。それと耳元に近づくな気持ちわりい」


 首を回して女がどんな表情をしているのか確認したいと身じろぎするが、緋崎の体はしっかり押さえつけられてしまっていた。


「あなたの抱えている弱点」


「弱点?」


 緋崎が続きを求め促してみても、女はそれ以上続けようとはしなかった。

 考えてみれば、自覚のない敵の弱点をわざわざ教える必要もないのは当たり前だ。


「……なんでもいいが。さっさと殺さないのか?」


「はっ。あんた何を……」


 妙な質問に一瞬だが女の意識が逸れた。体を押さえつけていた力がわずかに緩んだのを感じ取る。

 緋崎は瞬時に右手を反転させ、女のほうに向けた。そして、発火させた。


「――ッ!!」


 呻くような声が発せられ、女は飛び退いた。

 体が自由に動くのを確認し、緋崎は立ち上がる。


 女を追いかけようとしたが、右手の指先から痛みと痺れを感じて立ち止まった。

 どうやら飛び退く際に指を二本折られたようだ。抜け目がない。


「おいおい。その特殊グローブとやら、溶けちまったみたいだな。あんたのお仲間は大したことないようだ」


 指先から伝わる鈍い痛みから意識を逸らしつつ、相手の手元を見て緋崎は勝利を確信する。

 女が身に着けていた黒いグローブはドロドロと溶け、手の甲に張り付いてその色白な皮膚を蝕んでいた。


「いい火力ね。どう、手を組まない? あなたみたいな才能を潰すのはもったいないと思うの」


「これはこれは、お目が高いことで。俺様なんぞの能力を買ってくださってありがとう。死ね」


「火力馬鹿の単細胞なの忘れてたわ……」


 もう一度飛び掛ろうとすると、視界が揺らいだ。首もとに強い衝撃を受け、受身もろくに取れないまま地面に倒れこむ。


(俺としたことが、周囲に仲間が潜んでいる可能性を考慮できなかったのか)


 緋崎の顔に悔しさが滲んだ。


「二人なんて聞いてねえぞ……」


「言ったでしょ、それがあなたの弱点よ。酸欠。相手が組織に属している可能性がある場合、普通は伏兵の可能性を考慮する。周囲から孤立しているビルへ私を運ぶまでは頭にあったみたいだけど、発火能力によって体内の酸素を使いすぎ酸素欠乏症を引き起こした。燃費効率自体はいいみたいだから、結果的に思考能力と判断力の低下に留まった。けれど今回は、それが敗因に直結したわね」


 つまり。緋崎が発火能力を所持していて、普段は注意深く、怒りっぽいことを考慮してこの女はあんなキャラを演じた、と。研究し尽くした上で勝負を挑んだとでも言うのだろうか?


「それじゃあ……。ま、お休み」


「くっ、てめっ――!」


 緋崎が言い知れぬ恐怖を感じているところに、再び首もとへの強い衝撃。


 急速に意識は暗くなり、現れた第二の敵を確認する間もなく緋崎の視界は暗転した。

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