街と迷宮
ヘイズの迷宮は、炎と水の迷宮。
全86階層から成る迷宮で、45階層までは魔物も比較的強くは無いので、この45階層までは上層と呼ばれ、駆け出しの冒険者から多少、腕の立つ冒険者まで、様々な冒険者達が狩場として活用している。
しかし、46階層から先の、下層と呼ばれる場所は、別世界と言って、過言では無い。
上層は迷宮の構造も大した事はない。しかし、下層からは構造も複雑化する。魔物の強さも、駆け出しや多少腕に覚えのある程度の冒険者では、太刀打ち出来る物ではなくなる。
それだけではない。
報告されているだけでも、火炎が吹き付けてくる罠や煮立った水が降り注ぐ部屋、致死性のガスまで発生しているエリアもある。
恐らく、未発見の罠や現象も多々あるだろう。
「まぁ、ゴブさんとスーちゃんなら、大丈夫だろうけどね。」
随分長い事読み耽っていたようだ。
いつの間にかコボちゃんも帰ってきていて、歴史書を読んでいる。
「炎と水の迷宮ね・・・街には、火の魔石位しか、流通していないみたいだけど。」
「かつては、良質な水の魔石の産出地として、有名だったそうですよ。ただ、近年は水の魔石の産出量が加速度的に減っているようです。」
「それで、魔導機械を開発、導入して、迷宮の周りを掘ってるんでしょ?」
「ええ、同時に、地脈にも干渉して、迷宮の大氾濫を封じ込めているようですね。」
人族は良くそんな事を考えつく。
個々の力はとても弱いのに、集まって集団が形成されると、様々な文化や習慣、発明や兵器すら作り上げる。それが、人族達の強さの1つだ。
「ここの迷宮も難儀ね。もう100年位は経っているんでしょう?」
「そうですね。正しくは106年前に出現したそうです。ついでに、魔導機械の導入は55年前の事ですね。」
「それで、成長も抑えられてるのね。」
「大氾濫を防ぐには、迷宮を成長させないのが、1番手っ取り早いですからね。」
人族の領域には、迷宮が幾つもある。
しかし、迷宮は人族に害を与えるだけではなく、恩恵ももたらした。それが、魔石である。
人族は魔石を求め、迷宮に集まる。そして、魔石による莫大な富を得て、やがて、そこに街を作り上げるのだ。
ただし、迷宮を放置しては、いつしか迷宮は魔物で溢れ、行き場を無くした魔物が地上を目指し、街を襲う。これが、大氾濫と呼ばれる現象だ。
この大氾濫を抑える為に、人族は迷宮に冒険者を送り込む。
しかし、ここ100年程の研究で、迷宮が成長しなければ、大氾濫が起こらない事が分かった。
迷宮が成長するには、周囲の地脈から魔力を吸収する必要がある。その過程で更に迷宮を広げ、より効率良く魔力を吸収するのだ。
成長した迷宮は様々な魔物を産み出す。それこそ雑魚と呼べる魔物から、天災と呼ばれる魔物まで、多種多様な魔物を産み出すのだ。
そうして、人族の手に負えない魔物が産み出された時に、大氾濫が起こるのだ。
しかし、それは成長した迷宮だから出来ること。
成長出来ない迷宮は、ある程度の魔物までしか産み出せない。
ある程度の魔物しかいないから、冒険者達が迷宮の魔物を間引いていてくれる限りは、大氾濫は起こらないのだ。
物思いに耽っていると、本を閉じたコボちゃんが、じっとこちらを見ていた。
「可哀想だと、お思いですか?」
「不憫だとは思うけど、それだけだね。」
私は、私以外の迷宮に思う所など無い。
「あぁ、でも、会ってはみようかな。」
折角、近く来たのだから、挨拶位はしても良いだろう。
「手土産は、何が良いかなぁ?」
読み終わった本を元の棚に片付ける。迷宮の中は、退屈だからなぁ。
「もしかすると、彼らの方が、先にお邪魔しているかもしれませんよ?」
「それならそれで、道案内してもらうから、丁度いいよ。」
さて、今、2人はどの辺にいるのかな?