迷宮入口のイザコザ
遠くから走って来るギルド職員のお兄さんを横目に、隠匿の魔術を行使する。
チラと見れば、3人も何食わぬ顔で、隠匿の魔術を行使したようだ。
「これは何事ですか!?」
周囲の惨状を見たギルド職員は声を荒らげる。
「ど、どうもこうもねぇよ・・・そこの魔物使いの従魔が、俺達を襲って、魔石を奪いやがったんだ!!」
ちっ、まだ息があったか。
先程蹴っ飛ばした冒険者が、今度はギルド職員の足下に縋り付いて主張する。
「えっ・・・この方の従魔が、ですか?」
今まで私が目に付かなかったのだろう、冒険者に言われ、私に気が付いたギルド職員の顔色が、見る見るうちに青白くなっていく。
「そうだ!その小娘のゴブリンが、俺達を襲ったんだ!!しかも、その小娘も、俺の事を足蹴にしやがったんだぜ!?」
我が意を得たりと、冒険者は顔を赤くして息巻く。しかし、それとは反対に、ギルド職員の顔色は蒼白いを通り越して、土気色に変化していく。
やがて、ギャーギャーと騒ぎ立てる冒険者の胸倉を掴み上げ、ギルド職員が地の底を這うような声色で喋り出した。
「・・・貴方がた、あのゴブリンに襲われたのですか?」
「お、おうよ。そこのゴブリンが俺達を襲ったんだ・・・それよりも放せよ!俺達は被害者だぜ!?ギルド職員が、こんな事して良いと思ってんのか!?」
「黙りなさい。」
ぴしゃりとギルド職員は言い捨て、冒険者を地面に放り投げる。うわ、痛そう。
「大変申し訳ありませんでした。」
見事としか言いようのない土下座とは、この事を言うのだろう。
ギルド職員のお兄さんは冒険者達になど、目もくれず、私達に謝罪し始めた。
「別に、ギルドが悪い訳でも、ましてや、貴方が悪い訳でもないじゃない。」
悪いのは、ゴブさんにちょっかい掛けた冒険者達だ。
「いえ、彼等はヘイズ所属の冒険者。であれば、責任はギルドにも及ぶ物。何卒、ご容赦願いますよう・・・」
「いや、別に取って食べる訳でも無いし、そんなに謝られる事でも無いんだけど・・・」
第一、ゴブさんには、なんの被害も無かったのだ。本人も大して気にしているようには見えない。
「な、なんで、そんな小娘なんかにペコペコしてんだよ!!被害者は俺達だぞ!?」
「黙れと言ってるでしょう!!貴方がたは死にたいんですか!?」
再び声を上げた冒険者にも、土下座させながら、ギルド職員は何度も頭を下げ続ける。
「そんなに私、危険人物に見えるのかなぁ?」
「どうせ、他のギルドから今までやらかした事の通知でも来てるんだろ?」
「ギルドに見付かってる事だけでも、相当数ありますからねぇ。」
ゴブさんとコボちゃんは遠い目しながら、土下座を続けるギルド職員を見やった。
「あのねぇ、別に怒ってる訳じゃないの。ただ、不当な扱いを受けたくないだけなのね?」
「はい、それはもう・・・」
「とりあえず、今回の事は、私達は何も知らない。倒れてる冒険者さん達は、迷宮で魔物に襲われたか何かして、ボロボロになってしまった。て、事で良いかな?」
「はい、それで大丈夫です。ご温情に感謝します。」
「はい、じゃあ、これで全部おしまい!!さぁ、野次馬も散って、散って!!」
まだ、冒険者は何か言いたそうにしてたけど、どうせ、自分は被害者だとしか言わないだろう。一応、釘は刺しておこう。
立ち上がるギルド職員を通り過ぎ、未だ立ち上がれない冒険者の耳元で囁く。
「今は、コレで許してあげる。でも、次に私達に手を出したら、こんなモノじゃ、済まないからね?」
言の葉に乗せるのは、幻夢の魔法。
魔法は、魔力を魔術式に当てはめ、世界の理を読み解き、現象を引き起こす魔術とは違い、正真正銘、己の魔力と引き換えに、奇跡を起こす。
私がにっこりと笑うと、冒険者は奇声を発し、体の穴という穴から、様々な体液を流し始めた。うん、汚い。
「ひっ、ひぃあぁぁぁぁ!!!!!」
今の彼は、目に映る物全てが恐ろしくてたまらないだろう。常に死の瀬戸際の状態で、ともすれば、いっそ、死んだ方がマシと思えるような、そんな状態のハズだ。
幻夢の魔法は、夢、幻をより、現実的に見せる魔法。
似たような魔術はあるけど、抵抗されやすく、冒険者と言えば、耐性は高い。
でも、逆に言えば、そうそうそんな状態になる事も無いから、1度幻夢の魔法掛かってしまえば、対処のしようがない。
「彼は、一体・・・?」
唐突に発狂しだした冒険者を前に、ギルド職員のお兄さんはまた、顔色を悪くさせる。
「ちょぉっと、悪い夢を視ているだけだよ?まぁ、起きられるかどうかは、分からないけど。」
「幻惑の魔術ですか?」
「さぁ?どうだろうねぇ?」
貴方も、試してみる?
そう言って笑えば、ギルド職員のお兄さんは、首が取れるんじゃないかというほど、目一杯、首を横に振るのだった。
発狂しっぱなしの冒険者と、先にゴブさんが叩きのめした冒険者達を応援に来た衛兵と、ギルド職員のお兄さんに任せ、私達はようやっと帰路に着いた。
「あ〜、あの程度で終わって良かったぁ。」
「もう少し、どこかの誰かさんが、上手く立ち回っていれば、騒動自体、無かったでしょうけどねぇ?」
「俺が悪いってか!?」
「わざわざ叩きのめしたりしないで、さっさと逃げれば良かったでしょう?」
「いや、だってよー・・・」
ゴブさんは、売られた喧嘩はもれなく買っちゃうからなぁ。
ゴブさんとコボちゃんの何時ものじゃれ合いを背後に聞きながら、いつの間にやら眠ってしまったスーちゃんを胸に抱き、すっかり暗くなった空を見上げる。
「この街の空には、星は見えないんだね。」
昼も夜も関係無しに動き続ける、巨大な鉄の塊。濛々と立ち上る煙が、街の空を覆い尽くしている。
今日も色んな事があった。
楽しい事ばかりでは無かったけれど、そんな日もあるだろう。
本当は、まだやりたい事もあったけど、それは、また明日でイイや。
「今日の夕飯は何かなぁ?」
今日はもう、ご飯を食べて、お風呂に入って、フカフカのお布団に包まれて、ぐっすり眠ろう。
明日はどんな素敵な事があるかなぁ?