とある世界の片隅で~そして羽は散った~
感想で頂いた意見を参考にした後日談……というか、裏話? です。
ヒロイン()のアイラ・ブラウン視点。
書いててゴリゴリと精神が削れました……。
げふっ!_:(´ཀ`」∠):_
周囲を見渡す限り、自分と同じような女生徒ばかり。
あたしは、自分のありふれた色が嫌いだった。その他大勢の中に、簡単に埋没してしまうから。
だから、あたしは特別になりたかった。
その他大勢じゃない。あたしだけが特別に……。
その日は学園の入学式だった。短い学園生活。
ここを出てしまえば、その後は国に仕えるか、トーチク国へ行くかしかなくなる。稀に国に仕えた後ですぐにトーチク国へ行く者もいるらしいけど……。
みんな未来は殆ど同じ。変わらない。選択肢は2つだけ。
それでも短い学園生活を楽しみにしている者は多いようで、ザワザワとざわめく周囲を尻目にあたしは溜め息を吐いていた。
(つまらない)
国に仕えれば確かに安定はするだろう。その代わり、毎日毎日、同じ事の繰り返し。
そんなのは嫌だった。出来ればもっと華やかに、のびのびと……。
そんな事を考えている内に入学式は進み、祝辞を述べるところまで来たようだ。思っていたより、長く考え込んでいたみたい。
どうせ、面白くも無い事を言われるのだろう、と覚悟して顔を上げたところで……
あたしは、彼に出会った。
壇上に立つ彼の姿は、誰から見ても『特別』なものに見えた。その髪色も相まって、どこか神聖なものに思えて……あたしは彼を『欲しい』と思った。
後で聞いた話では、彼はクドゥル国の第三王子なのだそうだ。名前はレグホーン・ブラン・クドゥル。完璧だ。見た目も、立場も、完璧な存在。
彼を手に入れられれば、あたしは『特別』になれる……!
そう考えたけど、すぐにそれは不可能だと知った。なぜなら、彼には既に婚約者が存在していたから。
エメラルディア・マウヤール・シベリアン。
漆黒のドレス。瞳は宝石のエメラルド。艶のある黒くて長い髪を風に靡かせながら、王子の横に立つ姿は白と黒で相反する色であるが故に、お似合いだった。
婚約者もまた『特別』な存在なのだと思い知らされた。
レグホーン王子様との仲も良くて、並んで立っているのを見ると途端に自分がみすぼらしく思えた……。
ありふれた茶色の髪。黒と茶の制服。どこを見ても同じ色彩ばかり。
幼い頃の髪はもっと明るい色をしていたけど、いつの間にかどこにでもいるような色に変わってしまった。それに、エメラルディアの宝石の瞳とは違う、つまらない色の瞳。
壇上を見上げれば、並び立つ美しい白と黒。黒はいらない。あたしは、白が欲しい。
そう思ったあたしはすぐに行動を始めた。
エメラルディアとレグホーン王子様との会話、行動を物陰から密かに見続ける。学園内では生徒達の自主行動に任されていたが故に、それは難しい事では無かった。
行動を見ていた事が幸いして、レグホーン王子様が良く行く場所とかが分かったし、エメラルディアも常に傍にいる訳ではないという事も分かった。そこまで分かればこっちのもの。
偶然を装ってレグホーン王子様の前に現れ、それを数回繰り返せば思っていたよりも簡単に彼の気を惹く事が出来た。後は、あたしをもっと印象付ければ良い。
エメラルディアは完璧だった。完璧過ぎて、重い女。動きは優雅で、言葉遣いもお嬢様ぶってて、王子様を束縛する嫌な女……!
エメラルディアとは違う、明るく健気で無邪気な少女。それがあたし。
無邪気さを前面に押し出してレグホーン王子様に近付いた。さり気無く体に触れて、王子様達を持ち上げて煽てて、時々泣き付いて弱いところも見せて……。
段々と王子様はあたしに夢中になっていった。親密さは日を押して増して行き、遂に名前で呼ぶ許可も与えられた。
思いがけず、王子様の乳兄弟達もあたしに愛を囁くようになったけど、仕方ないよね?
あたしは『特別』なんだから……!
もちろん、そんなあたしを良く思わない女生徒もいた。けど、そんな時は王子様に泣き付くの。だけど、決して彼女達を悪くは言わない。
あくまでもあたしは『レグホーン様が素敵だから、他の方々も……あたしが傍にいては……ご迷惑ですよね?』と瞳を潤ませて言うだけ。さり気無く体を押し付けながら。
あたしが他の女生徒達よりも小柄だった事が幸いした。どうやっても上目遣いになるんだから。男は女の上目遣いに弱いって聞くけど、本当なのね?
あたしの言葉を聞いたレグホーン様はすぐさま動いて、あたしの事を悪く言う女生徒は誰もいなくなった。
ただし、エメラルディアを除いては。
あの女、自分がレグホーン様の婚約者だという事を利用して、あたしとレグホーン様を無理矢理引き離そうとした……!
何度も何度も『自分の立場を考えろ』って脅して来て、本当にむかつく! 他にも沢山酷い事を言われた。『レグ様に近付くな』とか、『男を侍らすな』とか、他にも色々! あたしが侍らせてるんじゃないわ! みんなが、あたしを愛して傍にいてくれているのよ!!
だから、あたしはレグホーン様達に教えてあげたの! あの女の本性を!!
以前調べた事を利用して、エメラルディアが庭園にいる時を狙った。エメラルディアの近くを歩く時、わざとあの女の気を惹くように歩く。
そうすれば……ほら! アッサリと本性を見せた!!
歩いていただけの私に突然襲い掛かり、私は地面に倒されて制服も引き裂かれた。ピリッと痛む頬には微かに血が滲んでいて……それを見た私はすかさず悲鳴を上げる。
エメラルディアは自分の行動を今さら自覚したのか、途端に慌て始めた。だけど、予め近くに呼び出しておいたレグホーン様がすぐに私を助けに来てくれて、エメラルディアはレグホーン様に睨まれてうろたえていたわ。良い気味。
それからしばらくして、エメラルディアから先日の詫びだと届けられたものがあった。だけど、それは嫌がらせ以外の何物でも無くて、すぐにあたしはレグホーン様に訴えた。
あたしの訴えにレグホーン様は憤り、あたしに何度も謝っていたわ。あんな婚約者がいるせいで、あたしに迷惑を掛けた事を何度も、何度も。
襲われたあたしはレグホーン様と常に行動するようになり、他のみんなも挙ってあたしを心配してくれた。そうする内に、あたしはレグホーン様を『レグ』と愛称で呼ぶ事を許され、他のみんなも自分を愛称で呼んで欲しい! とあたしに訴える。
みんなから一斉に言われて困ったけれど、それだけあたしが魅力的って事よね? あたしが特別って事よね!?
レグ様達と話しながらエメラルディアの横を通り過ぎたけど、レグ様達はもうエメラルディアには見向きもしなかった。……見捨てられちゃったのね? ご愁傷さま。
レグ様は、もうあなたみたいな婚約者はいらないんだって! 婚約を破棄して、あたしと結婚したいって言ってくれたの!! 他のみんなは不満そうだったけど、あたしが幸せなら応援するって言ってくれた。
だから、あたしはみんなにアドバイスをしたの。
エメラルディアとの婚約が間違いだったって、みんなに知らせないといけないって。誰にも分かるように、エメラルディアのした事を公開するの! そうすれば、逃げる事なんて出来ないでしょう? って。
それにはレグ様も大喜びで賛同してくれた。どうせなら、一番大勢が集まる日……学園の卒業式に『断罪劇』を行おうって。
それまではもうしばらくだけ我慢しなきゃ。まだ、レグ様はあたしのモノになりきっていないけど、もう少しだけだから……。
……あら? そういえば、レグ様って第三王子なのよね? 他のお兄様方って、何処にいるのかしら? ん~……まぁ、良いわ。
あたしとレグ様が結婚したらご挨拶する機会もあるでしょうし、今は気にする事じゃないわね。
そんな事より、卒業式が本当に楽しみ!!
あぁ……レグ様……早く、早くあたしを、本当の『特別』にして……!!
おっと、いけない。今後は『あたし』じゃなくて、普段からも『私』って言うようにしなきゃ! レグ様と結婚すれば、私はクドゥル国の王妃様なんだから……。
話す時は『私』って言うようにしてるんだけど、今度からは一人の時も『私』って言うようにしないとね。レグ様に相応しくないって思われたくないもの。
***
そう。今日から私は『特別』になる、筈だった。
打ち合わせ通りに、レグ様が卒業式の場で婚約破棄を高らかに叫んで、エメラルディアの悪行を公にして、私はレグ様と結ばれてハッピーエンド。
そうなる筈だったのに……どうしてこんな事になっているの?
レグ様が婚約破棄をして、エメラルディアが反論して……なかなか進まない事にイライラし始めた頃、新たに現れた『白』。
レグ様と良く似た髪、瞳、そして、頭に抱く赤い宝玉……!
レグ様が『姉上』と呼んだ事からも明らかだ。クドゥル国の第一王女!
ザッ、と周りが一斉に膝を折ったけど、あたしはどうして良いのか分からなかった。ただ、レグ様に抱き寄せられるままに、レグ様に身を寄せる。
王女の目が、あたし達を冷たく睨む。
……どうして? あたしとレグ様は愛し合っているのに! あたしは……私は、王女の『義妹』になるのに!!
そして王女が語る言葉。
自然と震えてくる体をレグ様に寄せる。レグ様も私をきつく抱き寄せてくれるけど、レグ様自身の体も震えているのが分かった。
……どうして? レグ様は王子様なんでしょう? 王女よりも、レグ様の方が偉いんでしょう? 私は『特別』な存在なんでしょう!?
必死にレグ様が王女に食い下がるが、王女がレグ様へ向ける目は変わらず冷たい。
思わず我慢しきれずに前に出た。レグ様も、みんなも、私を止めようとするけれど……どうして止めるの? 悪いのは、間違っているのはエメラルディアなのよ!?
「も、申し訳ありません! レグ様は悪くないんです! レグ様の優しさに甘えてしまった私が「私は貴女の発言を許したかしら?」……え?」
レグ様を庇うあたしを、王女の冷たいセリフが遮った。……何で?
「私はこの国の王女でしてよ? その私に対して、庶民である貴女は許しも得ずに話し掛けようと言うのかしら? しかも、婚約者でもない貴女がレグホーンを愛称で呼ぶのはどうして?」
「あ、え……でも、あの、学校では……皆平等、なのだと、レグ様が、良いって、その……」
そう。だって、レグ様が言っていたもの。愛称で呼んで良いって。学園では平等だからって……。
私が必死にそう訴えるけど、王女は理解してくれるどころか、溜め息を吐いて蔑むように私を見てきた。
そのまま、冷たく私に告げる。『平等』など無い、と。血統が全てなのだと。私は庶民だから、レグ様と結ばれるなど以ての外だと……!
そんな冷たい王女の言葉に慌てて周囲を見回すが、私達を祝福する目は一つも無い。その場の全員が、私達を冷たい目で見ていて、あたしは思わず小さく悲鳴を上げていた。すぐにレグ様や、みんなが私を守ってくれる。
あぁ、やっぱり私は『特別』なんだ……と安心しかけて、王女の言葉に凍り付いた。
「今回の騒動を起こした最重要責任者として、第三王子のレグホーン・ブラン・クドゥルは王族籍を剥奪し、両陛下の意向としてトーチク国へ。並びに本来王子を諌めるはずだった役目を放棄したとして、学友の貴方達も貴族籍を剥奪して同様に。そして最後に……王子を堕落させた罪としてアイラ・ブラウンは平民籍を剥奪してコシール国へ。あとは通常通りのものとして、我が国への責はそれ以上は無いものとする。それが両陛下の下された決定ですわ。これは覆される事のない事実ですの「姉上!!」もう今さら遅いですわ」
え? ……え?? どうして……レグ様が王族じゃ無くなるの? それに、私も平民籍を剥奪……って……。
……っ! コシール国って、あのエメラルディアの生国じゃない! そんな所へ私を引き渡すと言うの!? どうして……! どうしてどうしてどうしてどうして!?
私の未来がガラガラと音を立てて崩れて行く。
レグ様と幸せになる筈だったのに……『特別』になる筈だったのに……!!
呆然とするレグ様達と、恐怖に身を震わせるあたしを無視して、あたしの目の前では茶番劇が続く。王女がエメラルディアに媚びを売り、エメラルディアがそれを許すという茶番劇。
あたしの未来を壊した女達を睨み付ける私の横を、レグ様達がトーチク国の人間に連れて行かれるのが見えた。レグ様が私に手を伸ばすが、あたしにはもう何も見えない。
ただひたすら、あたしの未来を壊した女達を睨み付ける。
いつの間にか、エメラルディアと良く似た男女が私を取り囲んでいる事に気付いた私は、必死にレグ様を探すけれど、レグ様の姿は何処にも無い。レグ様だけでなく、ティキ達みんなが。
私を守るって言ってくれたのに。肝心な時にいないなんて!
そう憤るが少しずつ近付いて来る包囲網からは抜け出す隙間も無く、なるべく身を屈めて小さく縮こまるしか無かった。
そんな私の視界に入ったのは私達の事など忘れたように、微笑み合う白と黒。そこは私の場所なのに! と思うが、良く見ればその白は私の『白』では無くて……。
私の白は、ついさっきトーチク国へと連れて行かれたのだと思い出したのは、エメラルディアの家族の刃が私の体に食い込んだその瞬間だった。
これにて『とある世界の片隅で』は終幕です。最後までお読み頂きありがとう御座いました。
『特別』にこだわるヒロインと、それに落とされた王子達。大勢の前で婚約破棄なんてするから、結果は絶望END。
素直にエメラルディアにレグホーンが相談していたら、もしかしたら幸せになれた……かもしれない。
~キャラ設定~
アイラ・ブラウン
茶色の髪、黒い瞳の持ち主。
自身の外見があまりにもありふれていて、周囲に埋没してしまう事に異常なまでの嫌悪感を抱き、自分が『特別』になる事にこだわる。
レグホーンとの出会いは学園の入学式。自分とはあまりにも違う『色』に特別感を見出し、レグホーンを手に入れれば自身も『特別』になれると思い込む。本当に愛情を持っていたかは不明。
レグホーンに異常な執着心を見せ、対となるエメラルディアには強い敵愾心を持っていた。
乳兄弟達はおまけ。レグホーンだけじゃなく、乳兄弟達にも愛される『私』って『特別』!!
自称は明るく健気で無邪気な少女。本心はドロドロしている。
物語後半では自我が曖昧になり、『あたし』と『私』と自称が混迷する。
自分が『特別』になる事にこだわりすぎて、それ以外が見えなくなる事がある。レグホーンを手に入れる為に手を尽くしていたのに、最後には無意識に見捨てていた。
最後の最後でレグホーンの事を思い出したが、あくまでも自分を助けて欲しいが為。
追記:レグホーンは第三王子。オスのヒヨコは本来は処分対象。故に、第一と第二は……と考えて頂くと……。
あえて貴族風に言うなら『病死』と言うところでしょうか。